第113回:……ない政府(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 この原稿を書いている最中に「志村けんさん死去」という速報が入ってきた。悲しいなあ…。志村さんは多分、最高度の治療態勢の中にあったと思うけれど、それでも助からなかった。ぼくのほうが年上だ。他人事じゃない…。なんとなく遠いことのようだった「新型コロナウイルス」の恐怖が、一気に現実味を帯びてきた。

国民が信用しない政府

 新型コロナウイルスの脅威が世界を覆っている。志村さんのこともあって、日本も戦々恐々の毎日だ。「不要不急」の外出は避けるようにと、政府も東京都も繰り返すけれど、なぜか無視して出歩く人はけっこうな数にのぼっている。
 スーパーマーケットやドラッグストアなどは、予想もしなかった混雑ぶり。「そんなもの、いま必要?」と首をかしげたくなるような品物までが飛ぶように売れているという。肉がなくなった、日持ちする野菜が品不足だ、カップ麺や乾物類の棚はガラガラだ、挙句、米までが消えちゃった?
 冷静に考えれば、牛や豚にウイルスが蔓延しているわけじゃない。野菜がとれなくなったということもない。急にみんながカップ麺愛好家になったって話も聞かない。品不足に陥っているマスクとは違って、これらの食品は今までと同じ供給量はあるのだ。それでも人々は店に殺到する、買いだめに走る。なぜだろう?
 理由は簡単だ。人々が、政府の言うことを信用していないからだ。
 「だって政府って、いつも言ってることとやってることが違うじゃん?」ということだ。信用できないから自己防衛に走るのだ。
 ある日突然、「全国一律に学校休校を要請」と安倍首相が言い出して、もう学校も家庭も大慌て。どーすんだ、どーすりゃいいんだ!
 どうにもできずに、地方自治体も右往左往。すると間もなく「これは要請であり、各地方は実情に合わせて取り組んでほしい」と文科省が言い出して、混乱に拍車をかけた。
 休むべきか休まざるべきか、That is the Question、あたしゃハムレットか、と学校長は頭を抱えた。
 世界はパンデミック。東京都では3月25日、これまで妙に沈黙を守っていた小池百合子都知事がついにお出まし。
 「不要不急の外出は慎んでいただきたい。オーバーシュートが起これば、ロックダウンもあり得る」と得意の横文字で危機を訴えた。なぜ、感染爆発、都市封鎖と分かりやすく言わないのかという疑問はさておき、東京オリンピックが延期と決まった翌日の、突然の小池都知事の記者会見。その要請に従って、東京都市圏の映画館やデパートなどは28日、29日の土日は営業を“自粛”せざるを得なくなった。悪天候も重なって、都内は深閑…。
 それはいいとしよう。しかし、学校は4月の新学期を迎え、予定通り開校する方針だったのだという。ここがぼくには理解できなかった。
 一律休校⇒ 実情に合わせて柔軟に⇒ ともかく新学期は予定通り…。なんでそうなるの? 親たちだって戸惑うばかり。休めと言ったり、休みはそれぞれにと言ったり、次には新学期は予定通りって、~どーすりゃいいのさ思案橋~である。
 これじゃ、政府の言うことを信じろ、というほうが無理だ。案の定、土日は都内もガラガラだったが、30日の月曜日、街は日常に戻っていた。
 TVカメラに向かって「だって会社は普通に出社だもん、満員電車に乗らざるを得ないじゃない。なにが濃厚接触は避けろ、だよ」と吐き捨てた若いサラリーマンの不満はよく分かる。
 と、ここまで書いたとき、東京都が都立学校については休校を継続し、ゴールデンウィーク明け(5月7日)を新学期にする、との意向を公表した。政府も、同じようなスケジュールを4月1日に明らかにするとのこと。
 多くの人々の声によって、ようやく行政側が動いたわけだ。声は挙げ続けなければならない。

ワケが分からない政府

 自粛要請の土日。当然ながら、店はガラガラ、ライブハウスは営業できず、フリーランスの口は冷えっぱなし、商店街はシャッター街に早変わりし、中小企業の工場は停止状態。これらの人たちは、完全に収入の途を断たれた。
 政府は救済策を考える。困窮者には現金給付を、という案も出ているけれど、麻生財務相は「現金は貯金に回ってしまうから、消費拡大につながらない。だから商品券がいい」と言い出した。
 そこで出てきた、タメゴローもあっと驚くビックリ玉手箱。なんと「お肉券」だと。すかさず漁業者も困っているゾと「お魚券」も。なんだか、腹が立ちすぎて笑うしかない。これ、自民党の議員どもから真面目に出て来ているのだから恐れ入谷の鬼子母神。ぼくも、こんなバカな文章を書いて対抗するしかないバカ議員ども。
 生きるか死ぬかの瀬戸際に、まあお肉でもおひとつ。お魚のほうはいいの? はいはい、じゃあお魚券もね。あら、お野菜券は付けてくれないの? ったく、ふざけてんじゃねえよ。
 まるっきりアホとバカとマヌケとコンコンチキのごった煮だ。これをマジで議論しているというのだから、ワケが分からない。
 さすがにこの「お肉券」などは実現しなかったようだが、それは反省したからじゃない。あまりの批判の多さに、言い出したアホ議員たちがビビっただけだ。いずれ時機を見て、ゾンビ復活を狙っているだろう。

説明しない政府

 それでもなんとか「対策」をカッコだけでも説明しなければ、というわけで安倍首相が28日、3度目の記者会見。さすがに、前2回の会見があまりにひどすぎたと悪評フンプンだったので、今回は少しだけ時間を多めにとったようだ。しかし、やり方はまったく前と同じ。ひたすらプロンプター(カンニングペーパー)を読み上げるだけのパフォーマンス。
 読むのはいい。だけど、質問に移るととたんにボロが出る。記者の質問の数倍の時間を取って、カンペと同じことを延々と繰り返す。会見時間は少々延びたけれど、その延びた分は同じ答えの繰り返し時間。これでは内容のある会見になりっこない。
 問題なのは、同じ記者に再質問を許さない、という現在の会見の在り方なのだ。首相の答えに疑問があったら、記者は再質問で「それは違う」とか「聞いているのはその点ではない」などと追及するのは当然だろう。
 だが現実は、安倍首相の言いっぱなしで終わり。安倍答弁だけをNHKニュースなどは切り取ってオンエアするのだから「安倍さんはきちんと答え、記者は納得したのだな」という印象だけが刷り込まれる。
 NHKニュース視聴者は「安倍さんはよくやっている」ということになる。なんでこんな“慣例”が出来上がっているのだろう。
 安倍政府は、決して国民にきちんと説明してはいないのだ。

引き返さない政府

 説明しないだけではない。安倍政権の特徴のひとつは、一度決めたらもう引き返さないということ。
 例えば「沖縄辺野古米軍基地建設」が典型的な事例だ。
 辺野古の埋め立ては、始まってからすでに1年半近くが経過した。投入した土砂は、まだ必要量の3%に満たないと言われている。しかも、政府が当初は約3千億円と言っていた費用が、いつの間にか3倍の9千億円に膨らみ、5年間という工事期間もどんどん延びて、13年かかると訂正せざるを得なくなった。本気で事前調査していたとは思えないドンブリ勘定だ。
 この9千億円という費用も怪しい。実は、政府試算でも1兆円は超えていたが、なんとか9千億円台に抑えて少なく見せようという魂胆だという。スーパーのチラシの「キューキュッパ(998円)」ってのと同じだ。それだって、沖縄県の試算によれば、費用は2兆円超、工期もとても予定期間内では終わらないとされているのだ。
 その上、埋め立て海域にはマヨネーズ状の軟弱地盤が存在し、とても滑走路建設には適さないことも判明した。さらに、業者調査によれば、軟弱地盤は防衛省公表よりも深くまで存在していることも判明。すると政府は「業者が勝手に調査したもので信頼に値しない」と無視を決め込んだ。どこの世界に、頼まれてもいない深海調査を勝手にやる業者がいるんだっ?
 それでも安倍政権は、引き返そうとはしないし、再考の気配すら示さない。これまで何度も何度も繰り返し、沖縄では「辺野古新基地NO!」の県民の意志が、各種の選挙や県民投票で明確に示されてきた。それでも安倍政府は、住民を踏みにじったままだ。
 沖縄での訴訟では、ことごとく政府の言いなりの判決が続く。

調査しない政府

 森友学園問題でも同じことが起きている。「週刊文春」が、公文書改竄を押し付けられて悩み、ついには自殺してしまった官僚が残した手記を公表した。そこには、生々しく改竄を命令した人物や、唯々諾々とそれに従った者たちの実名が記されていた。
 事実が明らかになった以上、事件の再調査をするのが普通の感覚だが、安倍政権はそんなことは歯牙にもかけない。安倍自身の「もし私や妻や私の事務所が関係していたなら、私は総理だけではなく議員も辞めます」との発言が事の発端だと誰にでも分かるのだが、再調査は頑として拒む。こんな例は、安倍政権では枚挙にいとまがない。
 疚しいことがないのなら、率先して再調査に応じればいいものを、それを拒むからよけい疑惑が膨らむ。

謝らない政府

 それにしても謝罪しない安倍政府だなあ…と思う。
 自分が「花見などの、人が集まるようなことは自粛してほしい」と言いながら、安倍昭恵夫人の傍若無人な“花見宴会”について、安倍首相は「あれはレストランの庭であり、公園での花見などとは違う」と言い張った。
 とにかく自分にかかわることであれば、どんな失敗でも言い訳を繰り返すだけで、決して謝ろうとはしないのも、安倍首相の特徴だ。どう考えたって、アッキーの行為は常軌を逸している。
 こういうヤツ、小学校のクラスにもいたよなあ…。
 「申し訳ない。あれはやや軽率でありました。今後はこういうことにないように、妻に厳重に注意しておきます」と、安倍はなぜ言えないのか。そう謝罪しておけば、まあ仕方ないか…と、不承不承ながら多くの人は矛を収めざるを得なかったはずなのに。
 安倍が、例の「ご飯論法」(ご飯は食べたか? と聞かれて、ご飯は食べていない。パンは食べたが)さながらに、「花見はしていない。レストランの庭の花の下で写真は撮ったが」とアホな言い訳した挙句、ついには逆ギレして「レストランに行ってはいけないんですか」などとケツをまくる(汚語失礼)ものだから、その卑しい人格を露呈してしまう。
 とにかく謝らない、反省しない(安倍)政府なのである。

自分で決められない政府

 ついに「東京オリンピック」の延期が決まった。
 安倍政府が必死にしがみついていた大行事だったが、ここにきて、とうとう耐えきれなくなったのだ。
 カナダ五輪委員会は「選手団を送らない」と言明したし、アメリカ水泳連盟も同様の意思表示。ノルウェーもこれに続き、各選手個人からも「参加せず」の声明が相次いだ。もはや、外堀は完全に埋められていた。
 日本ほど“外圧”に弱い政府もない。本来なら、IOC(国際オリンピック委員会)へ自ら「五輪日程の再考」を申し出て、IOCと協議するのが普通だと思うのだが、例によって“粛々と”大会の準備を進める、としか言えない情けなさ。そして、外圧の高まりを待って「世界のみなさんが再考を、というので…」との理屈で延期を決めたというわけだ。
 自らの意思でものごとを決する、という気概がほんとうに見られない政府なのだ。
 来年、TOKYO“2021”の7月23日に開幕だという。むろんこれも、アメリカの都合に合わせたものでしかない。
 それほどアメリカさまに尽くしたのに、アメリカのメディアから「世界中が疫病と死と絶望に包まれているときに、なぜ日程を発表する必要があるのか。極めて無神経だ!」と酷評された。泣きっ面に蜂か? 自分でなに一つ決められないから、こんな醜態を晒すのだ。
 それに輪をかけてひどいのが、森喜朗東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長だ。言うに事欠いて「神頼みのところもあるが…」と漏らした。この人「日本は天皇を中心にした神の国」とか口走って大批判を浴びた過去を、すっかり忘れるくらいモーロクしちまったらしい。
 大丈夫か、こんな人にオリンピックを任せちゃって?

悪口しか言わない(安倍)政府

 安倍首相は口を開けば「民主党時代の悪夢」と言う。まあ、他人の悪口だけは達者な総理大臣である。国会審議の場での、聞くに耐えないほどのエゲツない野次の多さも有名だ。これが首相か?
 だけど、いまや「安倍政権の悪夢」のほうがキョーレツだ。
 繰り返しになるが、こんなに「ウソつき」と名指しで言われる首相が、これまでこの国にいただろうか。
 世界を見渡したって、独裁者とか強権政治家などと言われる宰相はいるけれど、「ウソつき」呼ばわりされるのはかなり珍しい。ぼくらは、そういう人をもう7年半近くも首相として戴いていることになる。

 そろそろ悪夢から醒めてもいい頃だと、ぼくは痛切に思う。

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。