第538回:アメリカ大統領選と、法廷でトランプ礼賛を続けた植松死刑囚。の巻(雨宮処凛)

 アメリカ大統領選が終わった。

 バイデン次期大統領の誕生が決まり、4年間にわたる分断と対立と憎悪と差別を煽るトランプ政治が終わることに今、ひとまず胸を撫で下ろしている。

 「私は分断ではなく結束を目指す大統領になると誓います」「対抗する人を敵扱いするのをやめましょう」「人種差別を根絶します」、そして「私に投票しなかった人のためにも働きます」。

 このような「マトモな」言葉を聞いて、この4年間、随分異常な言葉に慣らされてきたのだということに気づいた。そうして思い出したのは、相模原事件の植松死刑囚のことだ。

 この連載でも相模原事件の裁判に通ってきたことは書いてきた。7月には、傍聴記録をまとめた『相模原事件・裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』を出版もした。そんな横浜地裁の法廷で、植松はトランプ氏の名前を何度も口にした。

 例えば初めての被告人質問(1月24日)では、突然トランプ氏の礼賛を始めている。

 「とても立派な人。今も当時もそう思います」

 弁護士に「どこが?」と聞かれると、「勇気を持って真実を話しているところです。メキシコ国境に壁を作るとか」。「それはいいこと? 悪いこと?」と弁護士に問われると、「わかりませんが、メキシコマフィアが怖いのは事実です」。

 その後も植松は続けた。

 「トランプ大統領はカッコ良く生きてるな、生き方すべてがカッコいいと思いました」
 「見た目も内面もカッコいい」
 「カッコいいからお金持ちなんだと思いました」

 そんなトランプ大統領からの影響を聞かれた植松は、言った。

 「真実をこれからは言っていいんだと思いました。重度障害者を殺した方がいいと」

 トランプ氏は「障害者を殺せ」などと一言も言っていないのだが、植松はそう「受信」したのであろうか。

 また、事件前、植松は多くの友人たちに事件の計画について話しているのだが、その際、以下のように述べている。

 「知ってるか、世界でいくら無駄な税金が使われているか。世界に障害者が〇〇人いて、そのために〇〇円も税金が無駄になっている」「殺せば世界平和に繋がる。トランプ大統領は殺せば大絶賛する」「トランプを尊敬している。自分が障害者を殺せば、アメリカも同意するはず」

 なぜ、凄惨な事件を起こすことでトランプ氏が「評価」してくれると確信していたのか。

 事件を起こす5ヶ月前、植松は衆院議長に「障害者470人を殺せる」などと書いた手紙を出したことで措置入院となるのだが、退院数日後にも異様な行動をとっている。友人の結婚式の二次会に、植松は「トランプをイメージした」という服装で現れ、人目を気にせず大麻を吸い、「障害者はいらない」と話し続けて友人たちをドン引きさせたのだ。

 ちなみに「トランプをイメージした」格好とは、髪は金髪、黒いスーツに真っ赤なネクタイという姿。事件直前、植松はTwitterに同じような姿の自身の写真とともに「世界が平和になりますように beautiful Japan!!!!!!」と投稿しているが、あの姿はトランプ大統領のコスプレなのだ。

 また、事件が起きたのは2016年7月だが、植松は裁判で、アメリカの大統領選がその年の11月に行われたことに触れ、その後に自分が事件を起こすと「トランプみたいな人が大統領になったからこんな事件が起きたと言われるのでは」と思ったので、その前に事件を起こしたとも述べている。日本で起きた障害者殺傷事件を「トランプが大統領になったからだ」と考える人などいないと思うのだが、植松は、自らが事件を起こすことが「トランプに迷惑をかける」と思い込んでいた。見る人が見れば、「この事件の犯人はトランプの影響を受けたのだろう」と気づくと思っていたのである。

 あの事件がトランプ氏のせいで起きたなどと言うつもりは毛頭ない。しかし、トランプ氏の「剥き出しの、暴力的な本音」とも言える発言は、何かのタガを外したのは事実だと思う。「綺麗事や建前を言ってた奴らが何かしてくれたか?」と理想を語る人を陳腐化し、連帯ではなく分断の種をばらまき続けた4年間。

 友人や元カノの証言によると、植松は16年頃からトランプだけでなく、イスラム国やドゥテルテ・フィリピン大統領に関心を持つようになったという。イスラム国に関しては、「恐ろしい世界があるなと思いました」と否定的に見ている様子だ。一方、トランプやドゥテルテ大統領のことは高く評価している。ドゥテルテ大統領については、裁判で「覚せい剤を根絶するのは大変な仕事だと思いました」と話している(そのせいで、無実の人が大勢殺されているのだが)。

 両者に共通するのは、賛否が分かれながらも支持する人々は「誰も言えなかった、できなかったことをやった」と熱烈に支持する点だろう。排外主義で、「敵」を設定して憎悪を煽るやり方も似ている。

 そんなふうに事件前、世界情勢に興味を持ち始めていた植松は、ヤフーニュース等のコメント欄にたくさんの書き込みをしていたことは有名だ。「イイネしかできないSNSと比べてワルイネ(BAD)が新鮮」だったという(『開けられたパンドラの箱』より)。

 もう一点、注目すべきは事件前、植松は動画投稿サイトに自らの動画を投稿していたことだ。現在は全編を見ることはできないが、そのサイトでは彼の過激な発言が多くの賛同を得たようだ。ヤフコメの差別やヘイトに満ちたコメントや、自分の動画の過激な発言(おそらく「障害者を殺す」などだろう)に賛同する人々のコメントを見るうちに、「これくらいやってもいいんだ」「これがみんなの本心なんだ」「これこそが世論なんだ」と思っていった可能性は否定できない。

 おそらく免疫がなかったゆえに、彼はネット上の悪意を真に受け、また「イルミナティ」などの都市伝説に容易に感化された。そんな時、トランプ氏が大統領選に出馬し、過激な言動を繰り返す姿が連日テレビで報じられた。その姿に、「これからは真実を言っていいんだ」と雷に打たれるように閃いたのではないだろうか。

 そのような著しく歪んだ「受信」をしてしまったのは、彼の普通ではない精神状態ゆえだと思う。

 しかし、トランプの発言や振る舞い、分断を煽るやり方は、植松だけでなく、世界中の悪意に火をつけた。例えば4年前、トランプ大統領が誕生してからのニュースを思い出してほしい。それはアメリカでヘイトクライムが急増しているというものだった。また、18年のBBCニュースは、17年にアメリカで通報されたヘイトクライムは7157件で、前年比約17%増となったことを伝えている。それだけではない。トランプ氏は新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼び、欧米ではアジア人に対するヘイトクライムが急増した。

 さて、そんなふうに大統領選の結果が出る数時間前、私は興味深い体験をしていた。

 この日、渋谷のロフト9でよど号50年のイベントに出ていたのだ。よど号ハイジャックから半世紀というイベントには、北朝鮮からよど号グループの小西隆裕氏も電話出演。ゲストには森達也氏や孫崎享氏、元日本赤軍の足立正生氏や元連合赤軍の植垣康博氏も登壇したのだが、平壌から電話出演していた小西氏の話に私は密かに驚いていた。内容にではない。その、ゆっくりとした朴訥な話し方にだ。

 そのような話し方は、久々に耳にするものだった。噛みしめるようにゆっくり話す彼の言葉はわかりやすいものではなく、話はなかなか終わらない。会場の観客たちも途中から話の長さに失笑し始め、思わず「結論は?」「要約すると?」と突っ込んでしまいそうな衝動に駆られた。

 そんなふうに「話の長さ」に辟易している自分に気づいて、思った。

 小西氏は50年前に日本を離れ、ずっと北朝鮮で暮らしている。いわば彼の話し方は、50年前の日本人のものではないだろうか。それが今、私たちにはものすごく遅く、まどろっこしく聞こえてしまうのだ。申し訳ないけれど、苛立ちさえ感じるほどに。その背景には、私たちの社会の何もかもが50年前と比較して格段にスピードアップしたことや、140文字のTwitterに慣れたこと、長い記事の最初に「要約文」が表示されることに抵抗がなくなったことなんかがあるのだと思う。

 それだけではない。討論番組でもワイドショーでも、熟考などは求められず、とにかく条件反射のように「間髪入れず」「すかさず」相手を言い負かす人間が「勝ち」で、発言内容なんか問われないというテレビ的な「言い切り」に慣れてしまったこともあるだろう。そんな中、ゆっくりと議論することは「時間の無駄」とされ、最初に結論を言わずダラダラ話を続ける人間は「ダメなやつ」の烙印を押されるようになった。そんな時代に「デキる人間」としてもてはやされるのは、即断即決、時短の人間だ。とにかく何かを瞬時に判断し、断言することで相手を黙らせた人間が勝ちになる。そんなコミュニケーションの行き着いた果てが、私には植松のようにも思えるのだ。

 なぜなら彼は、あまりにも思考をショートカットしすぎたからである。

 障害者施設で働いた当初は、障害者を「かわいい」と言っていたものの、2年目からは「かわいそう」と言うようになる。かわいそうだと思うのならば、待遇を改善するよう職場で提案したり、上の人間と掛け合ったり、場合によっては内部告発やメディアに訴えるなんて手もある。しかし、彼はそれらすべてをすっ飛ばして、何段階もショートカットして、突然「殺す」に飛躍した。その振る舞いの影にちらつくのは、やはりトランプ政治的なものが作り出したある種の「空気」だ。熟考や「葛藤」を放棄させ、正しさや公正さに重きを置かず、過激なこと言ったもん勝ち、やったもん勝ちという作法は、どこかで確実に植松に影響を与えたのだと思う

 さて、とりあえずトランプ政治は終わる。かといって、バイデン大統領の誕生で薔薇色なんて思うほど楽観もしていない。この4年間で荒廃してきたものを修復していくには、長い時間がかかるだろう。アメリカの影響を大きく受ける日本社会にも負の遺産が山ほど残っている。ここからどうやって公正さや連帯を取り戻していくか、排外主義や分断を乗り越えていくかが大きな課題だ。

 トランプの敗北を、植松は獄中でどう思っているのだろう。聞いてみたくても、死刑の確定した彼とは以前のように面会することはできない。

 ※植松の裁判での発言をもっと知りたいという方はぜひ。

『相模原事件・裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』(雨宮処凛/太田出版)

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。