第142回:「空気」が重い、息苦しい(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 頭の上からじわじわと降ってくる「空気」が、妙にねっとりと重い。「きっと跳ね返すから、今に見ていろ!」とは思うのだが、ぼくの生きているうちに、この「空気」を取っ払うことができるかどうか……? ちょっと自信がなくなっている。
 普通だと思われることが、どうもうまく通じない。えっ、なんで? という感じのことばかりが重い「空気」になって、ぼくらをジワジワと締め付けてくるような気がする。なんか普通じゃないんだよな。

自殺者の急増と、酷薄な首相

 自殺者がとても増えているという。この10月は、昨年比で30%もの増加だそうだ。むろん、コロナ禍での不安感や鬱的気分が大いに影響しているのだろう。けれど、それだけとはとても思えないんだ。
 1日3度の食事にも事欠くような人たちが増えているという。子どもを道連れにした無理心中の報道も後を絶たない。ホームレスの人が増えたというデータもある。だが、そういう人たちに救いの手を差し伸べるべき行政のトップが「自助・共助・公助」などと言いだすのだからまったく救いがないんだ。
 「空気」が重たい。息苦しい。
 日本学術会議の6名の拒否。その理由を、菅首相はなぜかまったく明かそうとしない。NHKの番組では、アナウンサーの問いかけに「説明できることと説明できないことがある」と、菅首相はキレかかった形相で反論していた。「だから、なんで説明できないかを説明しろと言ってんだ」と、ぼくは思わずTV画面に向かって怒鳴っていた。
 あんなものは反論とは言わない、単なる権力者の恫喝だ。しかも番組直後には、山田真貴子内閣報道官から「総理はお怒りですよ」と、番組プロデューサーに脅しとしか受け取れない電話がかかってきたという。脅しゃどうにでもなる、と高を括っているところが恐ろしい。それを臆面もなく伝える官僚どもの心情のいやらしさ。

“小役人”的発想の蔓延

 息苦しい。
 このところ、地方の多くの自治体で、「政治的な主張のある講演会や展覧会に公共の施設は貸せない」という理由での使用不許可が続いている。だがその「政治的内容」とは、核兵器反対だったり、戦争反対や平和講座や憲法講演会だったりする。とても「政治的偏向」と括れるようなものじゃない。戦争に反対するのが偏向なのか?
 それでも、ほんの少しの抗議電話やメールに脅えて、不許可の措置をとってしまう。
 公園などで、最近、不思議な区切りのついたベンチを見かけないだろうか。これは、ホームレスの人たちが、そこに寝そべったりできないようにするためだという。ベンチは休むためのものだ。だが、ホームレスには使わせない、というイヤらしい発想。
 どちらも、言葉は失礼だが“小役人”の発想だ。しかもそれは「反政府的な活動」は許さない、という菅自民党政権への忖度であるらしい。なにしろ「自助」がモットーの菅義偉首相なのだから、ホームレスなどは自己責任だと切り捨てる。
 菅首相の写真を見るたびに「小役人」という言葉が浮かんでくる。

ぼくにも直接の影響が

 学術会議なんかは、ぼくには直接の影響がないけれど、重い「空気」の影響は、いろんなところからぼくのような一般人にも影響を及ぼす。
 例えばマイナンバーカードだ。これを運転免許証と紐づける。ぼくなどもうじき免許返納の年齢だからいいけれど、これから免許更新の人たちは、むりやりマイナンバーカードを取得させられかねない。
 それだけでは足りず、次は健康保険証をなくしてマイナンバーカードに一元化するなどと言いだした。この元締めが菅首相肝入りのデジタル庁だ。つまりここに、国民のあらゆる情報を集約してしまおうということ。いずれ、銀行カードなどもここに紐づけして、国民は丸裸にされるだろう。やがて、図書館の貸し出しカードなどにも応用されるだろう。つまり、どんな本を読んでいるのか、どんな思想や考えを持つのか、あなたの心も政府に丸見えになるぞ。
 平井卓也デジタル担当大臣の険悪な顔が浮かぶ。この人、福島みずほさんに対して「黙れ、クソババア!」などと悪罵を投げつけたことでも有名な男だ。こんなヤツに、ぼくは自分の情報を握られたくはない。
 こうなれば、ぼくなんかでも「影響はない」などとは言ってはいられない。

「GoToキャンペーン」の陰の利権

 寒い冬に向けて新型コロナウイルスの蔓延はとどまるところを知らず、連日のように過去最高の感染者のニュースが流れる。その原因の一部が「GoToキャンペーン」であることは間違いないだろう。盛り場で感染が増えているのは「GoToイート」のせいもあるはずだ。
 だが菅首相は、キャンペーンの見直しについて「専門家も現時点では見直しの状況にはないという認識」だとして、見直しは行わないという。冗談じゃない。中川敏俊男日本医師会会長は「第3波と考えるべき。GoToトラベルについては柔軟に見直しを考えてほしい」と11日の記者会見で述べている。日本の医師の総本山の会長が言っているのだ。これが専門家を代表しての意見だろう。
 自民党二階幹事長は、旅行業界と密接な関係があると言われている。二階氏こそが菅首相実現の立役者だ。菅氏が二階氏に“忖度”して「GoTo見直し」ができないのはミエミエなのである。利権の癒着が人々の人命よりも優先されているのか。これは他人事じゃない。ぼくの命だってかかっているんだ。

コロナに打ち勝った証? ふざけんじゃない!

 バッハIOC会長が来日。まさに〈ユーは何しにニッポンへ〉だ。
 さっそく菅首相と会談し、「新型コロナウイルスに打ち勝った証としてのオリンピックの成功をということで意見が一致」したと言い、「観客を入れての開催に全力を尽くす」などと、もうすべてが終わって万々歳みたいなお気楽ぶり。何を言っているんだろう、コイツら!
 しかも、来日する外国選手団や観客には、2週間の隔離も公共交通機関の利用制限もないというのだからビックリの3乗だ。ワクチン開発はまだ途上。そんな中で、こんな無防備なお祭りを開催するなんて、おいおい、正気かよ。
 彼らは「東京発新型ウイルス」を世界中にばら撒こうというのだろうか?
 はっきり言うけれど、ぼくは「東京オリンピック」には、絶対反対だ。まだまだこれから五輪費用は増加するだろう。そんなカネをなんで今、使う必要があるのか。使うべきところがたくさんあるだろうに!

 女川原発(宮城県)の再稼働や、北海道寿都町や神恵内村の使用済み核燃料の処分場問題、そして沖縄の辺野古基地工事。どんどん「空気」は重苦しくなっていく。

 ぼくの知人や友人には、音楽や演劇関係者もいる。彼らは、コロナ禍でほんとうに手ひどい打撃を受けている。それでも必死に、なんとか頑張っている。しかし菅政権は、そういうところへカネを回すのではなく、いまだにアメリカ製兵器の購入に前向きだ。それを批判すると、学術会議の二の舞となる。

 重たい「空気」が、本気で息苦しいんだ。
 そして、菅義偉氏、挙句の果てに「自助努力せい!」だと。そういうのを、昔から「首吊りの足を引っ張る」という。冷酷なヤツの喩えだよ。
 
 
 

気分が落ち込む日は、近所の公園散歩。明るい陽射しに、イチョウがこんなにキレイ

小春日和の木漏れ日の道を歩く……。紅葉で心が少しだけ和らぎます

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。