第95回:戦争は終わる。あなたが望めば。(想田和弘)

 激動の2020年が終わろうとしている。

 毎年この時期になると、なぜかジョン・レノンとオノ・ヨーコの「Happy Xmas(War Is Over)」が聴きたくなる。「War is over. If you want it(戦争は終わる。あなたが望めば)」という歌詞には、あまりにもシンプルかつ動かしがたい真理が含まれていて、何度聴いても感動してしまう。

 そうなのだ。

 私たち一人ひとりが本当にそう望みさえすれば、戦争は起きない。

 勇ましい政治家がいくら他国に宣戦布告をしても、自国や相手国で誰一人として銃を取ろうとしないなら、戦争など起きようがない。逆に言うと、誰かが銃を取ってしまうからこそ、戦争は起きるのである。

 そんなことを考えながらニューヨーク・タイムズを読んでいたら、エリカ・ニューランドという法律家による寄稿が目に止まった。「トランプ政権の司法省の法律家として自分が手を染めた仕事に、恐れおののく」というタイトルである。

 それによれば、ニューランド氏はオバマ政権のときに司法省の「Office of Legal Counsel」に入った。大統領が出そうとしている政令が合法であるかどうかを精査したり、合法になるように政令に修正を加えたりする部署である。日本でいえば内閣法制局のような存在だろうか。

 氏は、トランプ政権が誕生した際、大統領の暴走を内側から止める歯止めになろうと考え、職にとどまったという。それはおそらく、多くの国家公務員が共有した善意であろう。

 しかし氏は今、その判断が誤っていたと断じ、後悔し、アメリカ国民に対して紙上で謝罪している。なぜなら彼女がした仕事は、結局はトランプによる民主制破壊を食い止めるどころか、むしろ手を貸す所業だったと考えているからである。

 たとえばニューランド氏は、トランプが発した「イスラム教の数カ国からの入国を禁ずる大統領令」に深く関わった。最初にトランプが突然出した大統領令は不備が多く、裁判所によって直ちに却下されたが、その後氏らは時間をかけて大統領令の範囲を狭め、法的な不備を改める作業を行なった。そのため、米国最高裁も承認せざるをえなくなった。

 氏はトランプの政策の弊害を少しでも緩和させたいと思いながら仕事をしたそうだが、結果的には、トランプの差別的な政策を進める共犯者になってしまったわけである。そのことを痛感した彼女は、2018年に職を辞している。

 ニューランド氏は問いかける。

 もし司法省の優秀な法律家たちが、トランプの破壊的な政策の法的なつじつま合わせに腐心する代わりに、集団で倫理的に協力を拒んでいたらどうなっていたか。トランプによる政策の数々は、法的な稚拙さゆえに裁判所に却下され、ことごとく失敗していたのではないか。

 僕は氏の推論は正しいと思う。

 そして、日本の優秀で善良な官僚たちにも思いを馳せている。

 彼らは首相を「上司」として考え、首相を守ることが自分の仕事だと心得て、森友問題でも、加計問題でも、桜を見る会問題でも、我が身を削りながら「上司」の辻褄合わせに奔走しているようにみえる。なかには自ら命を絶たざるをえないところまで、追い詰められてしまった人もいる。

 公務員の皆さんには、ニューランド氏の寄稿をぜひとも読んで欲しいと思う。

 そしてジョンとヨーコの歌声に耳を澄ませてほしい。

 戦争は終わる。あなたが望めば。

 ハッピー・クリスマス!

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ):映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。最新作『五香宮の猫』(2024年)まで11本の長編ドキュメンタリー作品を発表、国内外の映画賞を多数受賞してきた。2021年、27年間住んだ米国ニューヨークから岡山県瀬戸内市牛窓へ移住。『観察する男』(ミシマ社)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)など著書も多数。