第96回:為政者の無策のツケを払わされる、飲食店や映画館や劇場、そしてコロナ患者を受け入れている医療機関(想田和弘)

 1月8日、新型コロナウイルスの感染拡大により、1都3県に対して2度目の緊急事態宣言が出された。

 奇しくも翌9日から、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで拙作「精神0」のナント三大陸映画祭グランプリ記念上映が始まった。1回目の緊急事態宣言下、オンライン上の「仮設の映画館」で公開を余儀なくされた本作は、再上映も緊急事態宣言下になってしまった。つくづくコロナとは腐れ縁である。

 今回の緊急事態宣言を受けて、飲食店には20時で閉店する時間短縮が要請され、1日6万円までの「協力金」が出されることになった。同時に、映画館や劇場、スポーツクラブなどの施設に対しては、協力金を伴わない20時までの時短が“呼びかけ”られた。

 この処置には、いくつかの重大な疑問と問題がある。

 まず、飲食店には協力金が出されるのに、なぜそれ以外には出さないのか。その区別(差別)にはいかなる根拠があるのか。「映画館その他は補償なしでもどうせ従ってくれるだろうから、“呼びかけ”にとどめて協力金を節約しよう」などという魂胆だとしたら、ちょっと許しがたい。

 というのも、映画館を20時までに時短するのは、実はダメージがとても大きいことだからだ。政治家の人たちは「20時にスタッフがシャッター下ろせばいいんでしょ」くらいに軽く考えているのかもしれないが、コトはそんなに単純ではない。

 映画館の番組編成は、配給会社との交渉の末、通常数カ月前には確定させる。でなければ十分な告知期間が確保できないからである。

 それを突然、20時までに上映を終了させろと言われても、下手をすると1日の作品編成を一から組み直す必要も出てくる。最近のアートハウスでは、1日に4、5本の作品を1〜2回ずつ上映するような館も多いので、その交渉作業は煩雑であり地獄であろう。すでに配り終わった上映時間入りのチラシなども、刷り直さなくてはならないかもしれない。売ってしまったチケットは、払い戻さなければならないかもしれない。

 なのに何の補償もなし?

 百歩譲って、こうした時短対応が感染拡大を食い止めるのに有効であるなら、まだ救われる。しかし、そもそも感染リスクが低く、クラスターが発生した事例もない(少なくとも僕は聞いたことがない)映画館の営業を数時間短縮したからといって、いったいどんな効果があるというのか。

 9日の朝日新聞の記事「クラスター発生、医療・福祉施設で45% 12月分析」によれば、昨年12月に発生したクラスターの45%は、医療施設や福祉施設で起きていた。今回の緊急事態宣言のメインターゲットである飲食店での発生ですら、わずか20%である。映画館でのクラスターの発生は、報告されていないようだ。

 ならばなぜ、多大な犠牲を強いてまで、映画館にも時短を事実上強制しようとしているのか。

 その判断に科学的根拠があるならぜひとも聞いてみたいが、たぶんないのだろう。映画館その他の施設はおそらく、政治家たちの「やってる感」を演出するためのスケープゴートにされているだけなのである。しかもタダで。

 僕はそのことに、映画人の一人として強く抗議する。

 そもそも日本の感染者数は、欧米に比べて段違いに少ない。

 たとえば9日のアメリカの新規感染者数は、25万2142人である(ニューヨーク・タイムズ調べ)。同じ日の日本の新規感染者数は7773人(朝日新聞調べ)と、約32分の1に過ぎない。にもかかわらず、医療機関が崩壊の危機に瀕し、緊急事態宣言を出さざるをえなくなったのは、政治が医療体制の整備を怠ってきたからであろう。

 東京大学大学院法学政治学研究科教授で内科医の米村滋人氏によれば、日本は公立の医療機関よりも民間の医療機関が圧倒的に多い。

 しかしコロナ患者を受け入れると経営が圧迫されるので、受け入れようとしない民間の病院が多いのだそうだ。実際、東京都杉並区の田中良区長によれば、区内でコロナ患者を受け入れている病院長から「コロナ対応のために、12月だけで3億円の赤字が発生した」との報告を受けたという。これでは政府による手厚い助成金がなければ、民間の病院はコロナ患者を受け入れたくても受け入れられないだろう。

 その結果、日本全体の病床数は世界的にも多い方であるにもかかわらず、コロナ患者を受け入れられる病床数は限られているわけである。NHKによると、人口1400万人近い東京都ですら、4000床しか用意されていない。したがってコロナ患者を受け入れている数少ない病院は、ちょっと感染者数が増えるだけであっという間に逼迫してしまうのだという。実際、1日に2000人の新規感染者が生じて皆が入院すれば、2日で埋まってしまう計算だ。

 冬になればコロナの感染者数が増えることは、周知の事実であった。今の感染者数は当然予想されたことであり、驚くべきことではまったくない。問題は、それに対処するための法改正や体制整備、予算措置などが、十分になされていなかったということだ。

 この半年以上もの間、為政者たちはいったい何をやってきたのだろう。もしアメリカやヨーロッパ並みの感染爆発が起きたら、日本はいったいどうなってしまうのだろう。そして為政者の無策のツケを、どうして飲食店、映画館、そしてコロナ患者を受け入れている医療機関ばかりが払わされるのか。

 疑問ばかりが膨らんでいる。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ):映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。最新作『五香宮の猫』(2024年)まで11本の長編ドキュメンタリー作品を発表、国内外の映画賞を多数受賞してきた。2021年、27年間住んだ米国ニューヨークから岡山県瀬戸内市牛窓へ移住。『観察する男』(ミシマ社)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)など著書も多数。