第4回:神奈川区の水際~申請書持参の女性に「申請の意思なし」の衝撃~(小林美穂子)

 これほどまでに鮮やかな申請者追い返しを見たのは久しぶりだった。

 家を失い、所持金尽きた人たちが助けを求めて福祉事務所の窓口を訪ねる。コロナ禍で貧困が拡大したこの一年、私も参加する「新型コロナ災害緊急アクション」の支援者が同行するようになって福祉事務所の対応もかなり良くなってきた。でも、それはあくまで支援団体や区議など第三者の目がある場合に限られると私は思っている。なぜなら、単独で窓口を訪れた人たちから、「相手にもされなかった」という報告をこの間もずっと受けていたからだ。

 そこに来て、2月の終わり頃、若い女性Aさんが神奈川県横浜市神奈川区で申請を希望して、けんもほろろに追い返されたという連絡が入った。

 アルタ前で待ち合わせたAさんと、小籠包を食べながらこれまでの経緯を伺った。

 まさか申請書を持参したのに追い返す自治体が今どきまだあるとは! と半信半疑だったが、賢明なことに彼女は福祉事務所でのやり取りをスマホに録音していた。

 音声データに入っていた生々しいやり取りを、その夜、私は怒りで震えながら書き起こしをした。

 公務員が区民に嘘をつく。

 命と生活を守るために存在する福祉事務所が、大海で助けを求めてボートまで泳ぎ着いた人の手を振り払うような、そんな残酷なやりとりがデータには記録されていた。

 その詳細については、こちらの記事(「生活保護申請者に不適切対応、横浜市の非情すぎる発言 “録音テープ”の中身を公開」週刊女性PRIME 2021年3月17日)を読んでほしい。 

 数日後、その女性と別の自治体で生活保護申請をし、当然申請は受理され、ビジネスホテルでの滞在が認められた。ビジネスホテル滞在期間が切れる一カ月後にはアパート転居の運びとなり、生活再建の基礎が整う予定だ。

当事者たちと女性たちを代表して

 3月9日、横浜市神奈川区福祉事務所に対して、新型コロナ災害緊急アクション、つくろい東京ファンド等、6団体で緊急の抗議・申入れ、記者会見を行った。その様子は、朝日、読売、毎日、東京、赤旗、そのほかの地方紙にも掲載していただき、NHKのニュースでも報道された。

 要望書を渡すブルーのセーター姿の私が写真で各紙に掲載されると、ちょっと前にアパート転居を果たした相談者から「NHK見ました。全力で闘ってますね」とメールが届いた。
 
 この日、私は、当事者を代弁する一人として、また男性優位な支援団体にあって、女性である自分が後ろに引っ込まないという闘いもしていた。

 その日の日記である。


【3月9日(火)】
 横浜市神奈川区への申し入れ記者会見に向かうバスを待っていたら、イナバ(※つくろい東京ファンドの稲葉剛)が「あなたが要望書を渡す?」と聞いてきた。
 渡すだけかなと思ったので、「別にいいよ」と安請け合いしたら、「カメラが入る最初の撮影の時に読み上げてね」と要望書を渡される。
 「え?! あの読み上げをやるの?」
 「だって、このケースはあなたが一番関わっているんだから」
 まぁ、そうだが……マジか……と及び腰になる。
 しかし、これまで「支援団体は一般企業以上にホモソーシャルの楽園」と愚痴っていた手前、内心はビクつきながらも、バスと電車の中で二度ほど要望書を音読。やる、やったる!
 本番では、用紙を逆さに渡そうとするという失敗をしたが(支援の大先輩である田川さんが小さい声で「逆、逆!」と教えてくださって助かった)、まあいいでしょう。あとでイナバが、「そうだった、渡し方を教えるのを忘れていた」とテヘペロ顔で頭を掻いていた。
 そう、彼らが当たり前のようにやっている役目は女性にはそうそう回ってこないので、やり方を知らない。でも、もう覚えたぜ!
 おおよそ儀式と呼べるすべての儀式にぎこちない私だが、申し入れでも記者会見でも発言はさせてもらう。だって、私は被害者とずっと一緒にやってきたのだ。彼女の尊厳と安全を守る重い任務があるのですよ。
 ただ、登壇しているときは、彼女のガードをつくろいにボランティアに来てくださる番組ディレクターの女性に一任。おかげで神奈川区とのやり取りにも、記者会見にも集中できた。
 さて、神奈川区にはたくさんの発言や厳しいツッコミを入れることになった。
 ごまかしやすり替えにまったく騙されることなく、一貫して被害者側に立ち、この水際が組織的なものであったか、そしてそうさせてしまう原因を追求した井上さくら横浜市議の鋭さ・優秀さにも唸った。申し入れを段取りしてくださったのも井上市議だが、その後も横浜市の保護行政を継続して追い続け、議会質問などで対策を逐一確認してくださっている。
 Aさんをはじめとする女性の力に励まされた一日。


6団体による申し入れ記者会見の様子

申請者のせいにする言語道断、ハンパな謝罪について。

 私たちの記者会見のあと、横浜市も謝罪記者会見を開いた。

 とはいえ、神奈川区側の記者会見資料を見ると、「音声データの存在を知らずに準備したのかな」という内容であった。腹立たしいことに、追い返し理由をAさんの意思であるかのように書いてあるのである。

 そういえば、申し入れの際に神奈川区職員と行った問答でも同様で、文字起こし資料をお渡ししたにもかかわらず、「窓口職員は生活保護のしおりを見ながら、丁寧に制度の説明をしたが、本人がNPOに相談すると席を立たれ申請に至らなかった」ということを繰り返された。しかし、音声データにその「丁寧な制度の説明」は何も残っていないし、Aさんに席を立たせたのは、職員から何度も何度も繰り返された水際攻撃である。

 文字起こし資料の存在を知って尚、このような修正のきかない答弁をしてしまうのは組織独特のものなのか。私たちが日々、国会中継などでウンザリさせられている答弁を、国会とは遠い末端の公務員の口から聞かされていることに私はトホホな気分でいた。

 なぜ、ちゃんと謝れないのか。

 人間はどんな人でも過ちを犯す生き物でしょうに。そんな時は認めて、反省して、再発防止を心がければいいんじゃないですか? その本気度を見せる、それが謝罪というものだ。切腹とか秘密は墓場までとかは論外。

 それなのに、神奈川区の謝罪はこんな感じ。

 「言い訳できないことをした。(中略)結果として相談者Aさんに申し訳ないことをした」

 はあ? 結果として?

 それってまるで、「そんなつもりは毛頭なかったけど自分たちの意に反して望ましくない展開になってしまった、残念だ」って言ってるみたいで、首をかしげてしまう。言い訳できないことをしたと言いながら、言い訳してるんだけど。

 私は、被害者の尊厳を回復させるために登壇していて、会場にはいないが、被害者の後ろにはおそらく多くの「水際」された人たちがいる。区側には、真摯に組織の問題や自分たちが与えられた職務に向き合ってもらい、今後は水際(での追い返し)が起きないようにして欲しい。そうなって、初めて私達は謝罪を受け入れられるし、こんな慣れない行為に体力も精神力も使った甲斐があったと言える。

日本人は「謝まったら死ぬ病」なのか?

 ちまたでは「そんなふうに解釈されたのだとしたら申し訳ないことをした」とか「誤解を生むようなことをして申し訳なかった」など、「それ、謝ってねぇよな」とモヤモヤさせる謝罪が溢れている。謝罪という名のハリボテの中にびっしりと「俺は悪くない」「納得できねえ」と、ふてくされたその人が詰まっている。地位高めの人が好んで使う方法だ。

 つくづくこの国の人達は謝ることが苦手だ。というか、嫌いだ。しかも、そんな曖昧な謝罪をするが早いか「すでに謝罪したんだからもういいだろう!」と逆ギレするパターンもあるし、周囲が「もう謝ったんだからしつこく責めるな」と分別顔でクロージングを図ったりする場面も見受けられる。そんな光景を見るにつけ、草木を枯らすような溜め息が出てしまう。いや、被害者が「謝ってもらった」と感じた時にはじめて謝罪って成立するんじゃね?

福祉事務所はあなたに嘘をつくかもしれない。

 コロナ禍で生活困窮する層が拡大する中、このような福祉事務所の水際に対抗する知識を是非多くの方々(特に最も脆弱な立場にある女性)に持ってもらいたい、そういう思いで、神奈川区の問題対応の何がどう問題だったのか、その法的根拠などを分かりやすく検証した冒頭のリンク記事を「週刊女性PRIME」に寄稿した。芸能ニュースが人気のサイトにもかかわらず、社会ニュースであるこの寄稿は、その日の閲覧1位の座に居続け、瞬く間に拡散され、その日のツイッタートレンドに4つのキーワードがランクインするという事態になった。

 貧困は確実に広がっている。

 みんな必死だ。必死に頑張ったが、もうこれ以上どうにもならない! そうなった時に、民間から借金をしたり、社会福祉協議会の貸付制度を受け続けるのは考え直してほしい。今の政府主導の感染対策ではコロナはそう簡単には終息しない。そして、仕事は更に減るだろう。

 だから、返済の必要が生じる貸付や借金ではなく、生活保護で生活の基盤をまず安定させてほしいのだ。そうすれば、いつか環境が整いさえすれば、またいくらでも頑張れるのだから。

 だけど、助けを求めた先の福祉事務所で職員はあなたに嘘をつくかもしれない。これは神奈川区だけで見られる問題ではないから。悪いのは100%自分の任務を放棄して嘘をつく職員なのだが、そんな時、胸を張って闘って欲しい。自分の身を守り、闘うためのガイドとして、先ほどの記事から福祉事務所の水際手口をしっかり学んで欲しい。スマホでの録音も推奨する。

 家もなく、頼れる人もいなくて独りぼっちで闘ったAさんが、勇気を振り絞って音声データ公開に至ったのは、同じような思いをする人を作りたくないという強い気持ちからだった。

 横浜市はその後、過去の相談記録を遡り、検証作業を進め、改善のために動き出している。Aさんが福祉行政を動かしたのだ。

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小林美穂子
1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。