第563回:「困ってる人を追い返す意地悪な役所の人」をロールプレイで演じてみたら、自分の「ヤバさ」に気づいた。の巻(雨宮処凛)

 「ヤバい、これ、ちょっと癖になりそう……」

 そんな言葉が私の頭をよぎったのは、6月某日のことだ。

 この日、私はzoomの「オンライン研修」で、「模擬生活保護申請」をしていた。私が「役所の意地悪な職員」役となり、生活保護を申請したい人を妨害するというロールプレイである。

 なぜこのようなことをしたかと言えば、7月10日、11日に第二東京弁護士会と「女性による女性のための相談会」実行委員の共催で、「女性のための生活、仕事、子育て、なんでも相談会」が開催されるからである。

 相談会で生活保護申請が必要になった時のために、これまで申請に同行したことがない弁護士さんや支援者の人たちを対象として、「生活保護申請するとこんな感じ」というのを実演して見せたのだ。

 一部役所の窓口では、いまだに「若いから働ける」「もっと大変な人がいる」などの形で生活保護の相談に来た人を追い返す「水際作戦」がまかり通っている。この十数年間、数多くの水際作戦を経験し、役所の意地悪なやり口を散々見聞きしてきた経験を生かし、「なんとしてでも来た人を追い返したい職員」役を演じたのである。申請者役を演じるのは、支援者や弁護士さんなど。

 研修をやってみて(この日は二度目だった)、私の中に確かに芽生えた感覚があった。一言でいうと、「気持ち良さ」だ。

 申請者役を演じる人は、決まって弱々しく窓口に現れる。実際、生活保護申請の窓口に来る人で高圧的な人などほとんどいない。多くが「申し訳ない」と身を縮めるようにしてやって来る。そんな人に対して、「意地悪な職員」役の私は追い返す気満々で専門用語を連発する。家賃が払えないという人には「住居確保給付金を使えばいい」と言い放ち、残金がない人には「社会福祉協議会の特例貸付がある」など「借金」を勧める。

 それも使い果たしたという人には、特例貸付を上限まで使い切った人への給付金の話をする。それでも食い下がる人に対しては、「他法他施策の活用」など、耳で聞いただけでは意味不明な用語を次々と駆使し、また若い世代には「若いから働ける」とハローワークに行くことを勧める。そうして時に「あなたより大変な人はたくさんいる」「家賃を滞納してても立ち退き訴訟を起こされてないなら大丈夫」などと適当なことを言いまくる。そうして相手が黙り込んだところで「じゃあ、これで」と席を立とうとする。困り果てた様子で取り残される申請者役。

 圧倒的に力の差がある相手を黙らせ、追い返す役をやってみて、不思議な「万能感」に包まれた。しかも、相手が生活保護を申請すればこちらの仕事が増えるわけだが、帰してしまえばその日の仕事は増えず、その福祉事務所全体で抱える件数も増えないわけである。記録には「相談に来たが帰った」と書けばいいので問題も特にない。だから誰にも責められない。しかも、「自分は甘えている人間にもっと頑張れと励ましたのだ」などの正当化をいくらでもできてしまう。

 そんなロールプレイを経験し、ちょっと気持ち良さや万能感まで感じて、「これは、危険だ」と震える思いがした。同時に初めて、窓口の職員の気持ちが少し、わかった気がした。何しろ、申請を受け付けても追い返しても給料は変わらないのだ。だとしたら、仕事は少ない方がいい。面倒なことを抱え込みたくない。そんな気持ちは誰にだってあるものだ。

 しかし、追い返された相手はどうなるだろう? 生活保護の窓口に来る人は、「そこで追い返されたら死ぬ確率がもっとも高い人」でもある。絶望した果てに自ら命を絶ってしまうかもしれないし、餓死状態で遺体で発見されるかもしれないのだ。

 模擬申請を通じて疑問を感じたのは、それでも平気で「追い返せてしまう」今のシステムのあり方だ。

 問題はざっくり言ってふたつある。

 ここまで読んで「職員はひどい」と憤慨した人も多いと思う。しかし、なぜ彼らは窓口に来た人を追い返したいのか、そこに目を向けてみるとまた違った光景が見えてくる。それは、彼ら彼女らの多くがすでにオーバーワークの状態にあることだ。

 例えば一人あたりのケースワーカーの担当数は80世帯ほどが標準だが、自治体によっては一人で120世帯も担当している状態だ。そんな状態でも人手は増やされないところにコロナ禍である。このような場合、役所の職員に「人命を救うために頑張れ」などと精神論で励ましても意味がない。まずは人手を増やし、オーバーワークを解決すること。そのために国に対して予算と人手を増やすよう、もう十数年にわたって求め続けているが、その声はまったく届いていない。

 もう一点、指摘したいのは研修などの徹底だ。

 生活保護は、すでに所持金が尽きていて活用できる資産がなく、仕事を探しているのに見つからないなどの状態であれば、家がなくても若くても、もっと大変な人が山ほどいても、そして働いていたとしても、受けられる。ただ単に、生活保護を利用する条件に該当するかどうかだけで判断すればいいのだ。「若いから働ける」「もっと大変な人がいる」というような、ふわっとした言葉など決して使ってほしくないのだ。

 そういう意味では、私は「優しさ」なんかより、プロとしての正確な仕事が重要だと思う。正確に仕事をすれば救われる人が大勢いるというだけの話なのである。同時に、生活保護の窓口に来る人は、「そこで追い返されたら死ぬ確率がもっとも高い人」であることを、毎日でも確認し合ってほしい。

 さて、「意地悪な人役」をやってみて、「これは癖になる」と思ったわけだが、もうひとつ、強く思ったことがある。

 それは、このロールプレイ、生活保護行政に関わるすべての職員にこそやってみてほしいということだ。演じるのは、生活保護の申請に来た人の役。自分があらゆるものを失い、窓口の反対側に座った時、どれほど心細く、どれほど職員の一言一言に心をえぐられるか、どれほど力の差があるか、身をもって感じてほしいのだ。

 以前、学校でいじめについてのロールプレイをし、誰もが「いじめられっ子」役を演じた結果、いじめが減ったという話を読んだことがある。自分がつらい思いをして初めて、気づくこと、見えてくるものがある。いじめだけじゃない。学校の先生が生徒役を演じ、上司が部下役を演じるロールプレイをすれば、暴言やパワハラは確実に少なくなるだろう。

 人間はいくらでも自分を正当化できてしまう生き物だからこそ、そんな形で「自らの仕事」「自らのあり方」を振り返る機会が大切なのではないだろうか。

 ロールプレイ、意地悪役で呼んでくれたら行きたいので、福祉事務所はぜひ検討してみてほしい。

 7月10日、11日開催「女性のための生活、仕事、子育て、なんでも相談会」の詳細はこちら。
 私も相談員をする予定です。今は困っていなくてもこの先が不安、自分ではなく家族、友人のことを相談したい方もぜひ気軽にお越しください。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。