第189回:「芳野友子連合会長」への疑問(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 「連合」という組織は労働組合のナショナルセンターである。つまり、労働者の組織なのである。では、その連合の会長である芳野友子氏は、労働者の代表なのだろうか。そこがよく分からない。このところの芳野会長の発言では、なぜか労働問題よりも「共産党排除」が突出している。なぜそんなに共産党を嫌うのだろうか。

 「連合」は正式名称を「日本労働組合総連合会」という。かつて存在していた労働4団体のうち、1987年に「全日本労働総同盟(同盟)」「中立労働組合連絡会議(中立労連)」「新産別」がそれぞれ参加、「全日本民間労働組合連合会」として結成された。そこへ、1989年に当時の最大組織であった「日本労働組合総評議会(総評)」が参加して現在の「連合」という組織が正式に発足した。
 この結成に対し、右翼的な統合再編であるとして批判的な組合は「全国労働組合総連合(全労連)」を結成した。連合の中心になった「同盟」が、やや右派的な当時の民社党との連携関係にあったからだった。この辺りの事情は、当時の社会党、民社党、共産党などの在り方と密接に関連しているが、複雑なのでここでは割愛する。
 なお、この両者のどちらにも与しない労働者たちが、同じく1989年に「全国労働組合連絡協議会(全労協)」を結成。現在、労働組合のナショナルセンターとしては、この3者が並立する状態が続いている。
 しかし、加盟組合員数には圧倒的な開きがあり、連合が約700万人、全労連が約70万人、全労協が約11万人だという。なお、政治的な色分けとしては、全労連が共産党系、全労協は社民党系と言われている。
 これらの成り立ちを考えれば、連合の現在の立ち位置も理解できる気がする。ことに、連合の有力加盟組合である電機連合などが原発推進の立場であり、原発反対をとなえる全労連などとは絶対に相いれない。
 民間大企業の正社員組合が主流を占める連合には、非正規労働者への目配りが足りないという批判もあり、正社員の互助会組織と揶揄されることも多かった。そこへ芳野友子氏が連合「初の女性会長」として登場したのだ(なお、労働組合ナショナルセンターの女性代表としては、全労連小畑雅子議長の就任のほうが早い)。
 しかも芳野氏は巨大企業出身ではなく、「ものづくり産業労働組合(JAM)」という中小の労組出身だったから、これまでの大企業労組中心の連合の改革を担う会長としておおいに期待された。
 だが、その芳野会長は、実は一般労働者としての経験がほとんどなかった。ミシンメーカーJUKIに入社後、間もなく組合の専従となり、会社の仕事ではなく労組活動に専念してきたという経歴である。30年以上にも及ぶ労組活動の中で、次第に労組内の地位の階段を上り、ついには連合会長という最高位に辿り着いた。その中で、芳野氏は何を考え、何を身につけてきたのだろう。
 そんな芳野氏への疑問は、ぼくには多々ある。

1. 野党は共闘なしで勝てるのか?

 芳野友子氏は今回の衆院選において、立憲民主党に対し「共産党との共闘には反対」という姿勢を一貫して取ってきた。しかし、もし今回の選挙で野党共闘が成立しなかったなら、いったいどんな結果になっていたと考えているのか?
 小選挙区289議席中の当選者数は、与党=198(自民=189,公明=9)、野党統一候補(立憲、共産、国民、れいわ、社民)=65であった。
 もし、野党5党がバラバラに候補を立てて闘ったなら、このうちの3分の1は負けていただろうと言われている。すると、野党側はほぼ40議席前後となる。これが冷徹な現実なのだ。すなわち、与党側はさらに20議席以上も積み増し、国会はほとんど「一強体制=翼賛国会」となっていたはずだ。

2. 連合は「自民党政治」存続を望むのか?

 (1)で触れたように、野党共闘(主に立憲民主党と共産党との共闘)を拒否するということは、圧倒的に自民党有利ということだ。すなわち自民党政治がこれ以降も続くことを意味する。
 芳野連合会長は、言ってみれば「自民党政治の存続」を、言葉には出さなくとも具体的に支持しているということになる。連合会長として芳野氏は、本気でそれを望んでいたのだろうか? ぜひ、答えをいただきたい。

3. 連合の掲げる「社会的な問題」とは何か?

 連合のホームページの冒頭には、こんなことが書かれている。

職場的な課題から
社会的な問題まで解決する。
それが労働組合です。
労働組合は、労働条件、職場環境の維持改善といった職場レベルでの課題はもちろん、労働法制、社会保障制度、経済改革など、様々な社会的問題も解決しています。常に働く人や生活者に寄りそう、それが労働組合なのです。

 これらの社会的問題に、連合は真正面から向き合っているか? 自民党政権が真剣にこれらの問題を解決しようとしていると見ているのか?
 自民党主体の政権が続く中で、「社会的問題」はないがしろにされてきた。「労働条件」「職場環境」「労働法制」「社会保障制度」も悪化しているように、ぼくには見える。その中でも象徴的なのが非正規労働者の激増だ。
 1990年には全労働者に占める非正規雇用者の割合は約20%だったのに、2020年には約40%とほぼ倍増している。ことに、女性では非正規雇用者の割合は、2020年には約55%に達する。これでは労働環境の改善どころか悪化というしかない。これが自公連立内閣の下で起きた現実だ。
 芳野連合会長が事あるごとに「共産党排除」を言い立てて野党共闘に異をとなえることは、事実として、自民党政治の存続に手を貸し、労働環境の悪化をそのまま認めるということになる。

4. 共産党排除は「組織防衛」のためか?

 前述したように、連合と全労連、全労協は対立関係にある。
 芳野連合会長の度重なる「野党共闘からの共産党排除」発言は、実はこの対立関係が背景にある。連合という組織を守るためには、全労連や全労協などの組織を切り崩し、弱体化させなければならない。
 全労連の背後にいるとみられる共産党を否定するのは、すなわち全労連否定なのだ。組織防衛のためには、自民党と手を組むのもやぶさかではない。それが芳野会長の本音なのではないか。つまり、日本の労働組合のすべてを「連合」に統合するという野望が、共産党排除の背後に潜んでいるのではないか。

5. 芳野会長は、岸田氏の「新しい資本主義」に与するのか?

 芳野会長は、岸田首相が旗印に掲げた「新しい資本主義」なるものを、どう捉えているのだろう。「新しい資本主義実現会議」が岸田首相のもとに設置された。そのHPには「新しい資本主義実現に向けた論点」として、以下のように書かれている

  • これまでの政府の取組により、経済面での成果が生み出される一方、いまだ低い潜在成長率や、コロナ禍で顕在化したデジタル対応の遅れ、非正規・女性の困窮などの課題、更には気候変動などの経済社会の持続可能性の確保、テクノロジーを巡る国際競争の激化といった新たな構造的課題を踏まえ、我が国が目指していく資本主義の姿は如何にあるべきか。
     
  • 成長と分配の好循環について、分配の原資を稼ぎ出す「成長」と次の成長につながる「分配」を同時に進めることが、新しい資本主義を実現するためのカギ。諸課題の解決に向けて、「政府」、「企業(経営者、働き手、取引先)」、「イノベーション基盤(大学等)」といった各主体が果たすべき役割、「国民・生活者」の参画の在り方、官民それぞれが役割を果たす中での協力の在り方とは何か。

 美辞麗句の羅列であるが、この後段の「成長と分配の好循環について…」なる文章にその基本が置かれているのは確かだろう。「同時に進める」とは謳っているが、「分配の原資を稼ぎ出す成長」というからには、企業の成長があってやっと分配に至る、としか読めない。「企業(経営者、働き手、取引先)」という順番も、まさにそれに沿っているではないか。
 「新しい資本主義実現会議」のメンバーは15人、ふたりの学者とシンクタンク代表らしき人ひとり、他は財界代表と大企業経営者。そして残るひとりが芳野連合会長という構成である。
 むろん、会議のメンバー就任を引き受けたのだから、この「成長と分配」論を芳野氏は了承してのことだろう。すなわち、安倍元首相がとなえた「企業が儲かればそのオコボレが労働者に滴り落ちてくる=トリクルダウン」とのリクツと変わりない。個々の分野では違いはあろうけれど、基本の思想は同じなのである。それを労働者の代表であるはずの芳野友子氏は了承したということなのか?
 では、「連合」が目指すものとはいったい何なのか?
 ぼくにはそこがいちばんの疑問なのだ。

 こんなコラムを、お忙しい芳野会長がお読みになるはずもないだろう。
 けれど、これらの疑問は多分、ぼくだけのものではないはずだ。
 答えてくれないものかなあ……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。