第586回:ロシアによるウクライナ侵攻 声を上げることしかできないけれど。の巻(雨宮処凛)

 「皆さんに、何が起こっているか知ってほしいです。戦争です。この21世紀のヨーロッパのど真ん中で、毎日毎日人が殺されています。殺人者はプーチンとプーチンの政権です。皆さん、ロシアを止めてくれないと、私たちの力だけでは足りません。今の21世紀では、武器や兵器だけでは戦争を止められません。日本政府に訴えて、強い経済制裁を願いたいです」

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって2日目となる2月26日、ウクライナ人の女性はマイクを握ってそう言った。渋谷で開催された、ロシアによるウクライナ侵攻に抗議するデモだ。在日ウクライナ人の呼びかけで開催されたこのデモには、ウクライナ人をはじめ様々な国籍の在日外国人、そして多くの日本人が集まった。その数、約2000人。

 青と黄色のウクライナの国旗がはためく中、渋谷の駅前に「STOP WAR」「STOPプーチン」「ウクライナを助けよう」「ウクライナに平和を」「戦争やめよう」とコールが響きわたる。

 「戦わずにやめるわけにはいかない」というタイトル(内容?)のウクライナのバンドの曲が流され、ウクライナ国歌が合唱され、そうしてウクライナ人たちがマイクを握り、英語と日本語で交互にスピーチする。

 この日、彼らが何度か読み上げ、プラカードにも掲げられていた、世界と日本政府への要求は以下のようなものだ。

  • ロシアをSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除
  • プーチン個人に対しての経済制裁
  • ロシアとの外交関係停止
  • 石油ガスの禁輸を含む、ロシアから全輸入の禁止
  • ロシアへの多目的商品、ハイテク機器の輸出の停止
  • ロシア政府関係者の全資産の凍結
  • ロシア軍からのミサイルを迎撃するためにウクライナ空域の封鎖
  • 国連安全保障理事会からロシア排除
  • ウクライナで国連平和維持活動開始

 2月24日、世界を驚かせた、ロシアによるウクライナ侵攻。

 多くの人と同じく、私もただただ驚愕した一人だ。

 翌日には、前日深夜に呼びかけられたロシア大使館への抗議に参加した。しかし、大使館への道は警察によって封鎖されていて、大使館前まで行くことすらできなかった。が、集まった50人ほどは「ロシアはウクライナ侵攻をやめろ!」と叫んだ。

 さて、ここから状況がどうなるのか、私にはまったくわからない。そしていろいろな情報を集め、詳しい人に話を聞けば聞くほど、ロシア、ウクライナ周辺の歴史は複雑で、膨大な知識が必要とされることを痛感する。

 ただひとつだけ言えるのは、今、突然日常を奪われ、命を奪われる悲劇が起きているということだ。

 そして戦争は、もっとも弱い人を犠牲にする。

 戦争と聞いてすぐ頭に浮かぶのは、1999年に行ったイラクでの光景だ。湾岸戦争で劣化ウラン弾が降り注いでから8年後のイラクで私が目にしたのは、白血病や先天性異常に苦しみ、命を落としていく子どもたちだった。

 経済制裁の中、薬もない病院で、ただただ死を待つ痩せこけた子どもたち。その姿が目に焼き付いて離れなかったから、2003年、イラク戦争が始まりそうな時には「ここに再び爆弾を落とすな」と訴えるためイラク入りした。当時のイラクには世界中から反戦活動家たちが「人間の盾」となるために集まっていて、連日デモや集会が開催されていた。

 しかし、当のイラク・バグダッドは拍子抜けするほどのどかで、これから戦争が始まる地にはとても思えなかった。街中ではいつも結婚式が挙げられていて、みんなが踊ってはしゃいでいた。

 帰国してから、イラクでは戦争を前にして「駆け込み結婚ラッシュ」だったと知った。私が「これから戦争かもしれないのに呑気だなー」なんて見ていた光景は、「これから戦争だからこそ結婚」という切実なものだったのだ。

 そうしてすぐに、開戦。一見のどかに見えた風景は、庶民はここに爆弾が落ちるかもしれないと思っていても、そもそもどこにも行けないという現実だった。相当のお金持ちだったら、なんとかなるかもしれないけれど。

 それからは、世界のことに黙らないで声を上げようと思った。だけど私は何をしてきただろう。

 26日、渋谷のデモでウクライナの女性は言った。

 「2014年にプーチンが一方的にクリミアを獲った時、世界は黙っていました」

 そしてそれからも、多くの血が流されていたのだという。ウクライナ東部出身という女性は、「ふるさとの思い出も子どもの思い出も数々の友人と家族も失いました」と話した。

 「その戦争が8年も続いていて、今、ウクライナ全土に広がりました。その戦争を広げようとしているのはプーチン、独裁者です」

 先週、ウクライナ侵攻が始まるまで、私はこの地のことに積極的に関心なんか持ってこなかった。クリミア併合の時だってそうだ。難しくてわからないと早々に匙を投げただけだった。

 だけどもう、無関心ではいられない。

 経済制裁などの影響を受け、これから世界の経済には多くの影響が出るだろう。戦争は、その地から遠く離れた庶民の生活にも大きな打撃を与える。特に貧しい人々へ。ロシアに暮らす人々の生活も大きな打撃を受けるだろう。一方で、このようなことがあるから憲法9条には意味がない、それより核が必要だという声が一部で高まってもいて、そのことも大きな不安だ。

 その上、ウクライナには、原発が15基もある。

 もう本当にいろんなことが不安で仕方ないけれど、ロシアでも、そして世界中でも戦争に反対する声が上がっている。日本でも、多くの人が声を上げている。私も、声を上げていこうと思う。

2月26日、渋谷駅前で開催された、ロシアによるウクライナ侵攻に抗議するデモにて

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。