ロシアによるウクライナ侵攻が始まってもう2週間。
連日届けられる映像に、胸が潰れそうな思いでいる。おそらく、多くの人が同じだと思う。
世界中でロシアを非難する声がさらに高まっているが、そんな中、侵攻前に配信されていたある報道を最近、知った。
それは「ロシア『暗殺リストを作成』ウクライナ侵攻後、反体制派やLGBTなど標的に」というニューズウィークの記事。
それによると、ロシアは侵攻後に拘束・暗殺の標的にするリストを作っており、その中は政敵やジャーナリスト、反腐敗活動家だけでなく、宗教的・民族的少数派やLGBTも含まれていると指摘されている。
突然そんなことを書いたのは、ウクライナ侵攻とほぼ時を同じくして公開が始まった映画『チェチェンへようこそーゲイの粛清ー』を観たからだ。
ロシア支配下のチェチェン共和国で、国家主導で行われている「ゲイ狩り」の実態と、迫害されるLGBTQの人を支援する「ロシアLGBTネットワーク」を追ったドキュメンタリーだ。
ここで基本的なことをおさえておくと、チェチェンはロシアの支配下にあり、イスラム教徒が多い。独立紛争の末、親露派でプーチン大統領に忠誠を誓うカディロフ親子が実権を握り、現在は息子が首長をつとめる。
そんなチェチェンでは同性愛は「恥辱」と捉えられており、特に2017年から凄まじい迫害と弾圧に晒されているというのだ。同性愛者たちが次々と拘束され、電気ショックや殴打などの拷問を受け、それによって多くの死傷者や行方不明者が出ているという。
映画にも、突然暴力に晒される人々の動画が多く登場する。ある人は殴られ、ある人は髪を切られる。女性が親族から殺害された瞬間を捉えたと思われる映像もある。LGBTQという理由だけで、21世紀にこんな恐ろしいことが起きていたなんて……。映画を観ながら、ただただ驚愕していた。
しかし、そんな状況にチェチェン首長のカディロフ氏はあまりにも冷淡だ。
インタビューに対して、「チェチェンに同性愛者は存在しない」「民族浄化のためにもこの国には必要ないやつらだ」と言い放つ。
一方、ロシア政府はチェチェンの同性愛者迫害については「根拠がない」と放置。ロシアでは2013年、「同性愛宣伝禁止法」(通称)という法律が成立していることを、私は映画を観たあとに初めて知った。未成年者に対して同性愛など「伝統的家族観に反する情報」を宣伝・普及することを禁じるものだ。また、20年の憲法改正によって、ロシアでは同性愛者同士の結婚が明確に禁じられたのだという。
なんという、時代に逆行した姿勢。
映画の中、支援者たちは命がけで当事者をシェルターに匿い、他国に脱出させる。また、拷問を受けた男性は、自ら顔を晒して証言することを決意する。そんな中、ある人が権力者についてつぶやく言葉が印象的だ。
「同性愛嫌悪と伝統的価値観を権力強化のツールとしてしか考えていない」
日本では、同性愛という理由だけで拘束されたり拷問を受けたりすることはない。しかし、振り返ればこの国でも同性婚は認められておらず、それどころか選択的夫婦別姓すら成立していない。
この映画の撮影が終わる頃までに、LGBTQ支援パイプラインを通じて151人が避難したという。が、いまだ4万人が助けを求めながら身を隠して暮らしているそうだ。
151人が避難したということは、それだけの受け入れ先があったということだ。
映画では、本人のみならず、家族ごとの移住を余儀なくされる人々もいる。それを見ながら、「もし、日本だったらLGBTQのチェチェン難民を受け入れるだろうか」と思った。映画には、亡命についての聞き取りのシーンもあるが、日本の難民認定率は1%以下。私の知人の中にも、韓国の徴兵を拒否して日本への亡命を考えた人がいるが、日本の認定率の低さに一瞬で諦め、無事にフランスに亡命が認められた。このような徴兵拒否での亡命にはLGBTQの人が少なくないわけだが、彼らも日本の認定率を見れば亡命先には選ばないだろう。
さて、3月2日、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、岸田首相はウクライナ難民の受け入れを発表した。
「まずは親族や知人が日本にいる方を想定しているが、それにとどまらず、人道的な観点から対応する」ということだ。
が、ウクライナの人たちが、日本の入管施設の状況―ウィシュマさんが命を落とすなど劣悪な状況に置かれた外国人が多くいること―や、難民認定率がごくごくわずかであることを知ったらどう思うだろう。
ロシア、チェチェンの状況から、改めて日本に欠けているものについて突きつけられた思いである。
映画は公開中だ。ぜひ観て欲しい。
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『チェチェンへようこそーゲイの粛清―』公式サイト