第588回:戦争と障害者〜「戦えない人」は戦時にどう扱われてきたか。の巻(雨宮処凛)

 連日、ロシアによるウクライナ侵攻の報道を見ていると、ただただ心がえぐられる。

 増え続けていく死者。壊れてゆく街。突然破壊された日常のすべての取り返しのつかなさに、ため息をつくことしかできない自分がもどかしい。

 一方、3月15日には、ロシアのテレビ番組で反戦を訴えた女性が一時拘束される一幕もあった。14時間の尋問後に解放されたようだが、ロシア国内で反戦の声を上げ、拘束されている人は1万5000人にものぼるという。この人たちは一体、どんな状況に置かれているのだろう。

 ロシアによるウクライナ侵攻からあと少しで一ヶ月。今思うのは、「戦争は、終わらせるのが難しい」という事実だ。

 イラク戦争を思い出してほしい。

 2003年3月に始まり、5月には「戦闘終結」宣言。しかし、それからどうなったか。イラク国内は泥沼状態に突入し、死者は増え続け、そうしてそんな泥沼が長期化すればするほど、世界の人々の関心は薄れていった。

 例えばイラク戦争から10年後の13年末、イラクは「最悪」の状況にあったことをどれほどの人が知っているだろう。病院までもが空爆され、翌年には1日で30万人もがクルド自治区に逃げ、気温50度の炎天下、山に避難した人には人道支援も届かず山で次々と命を落とし、国連の発表では180万人もの避難民が生み出されていた。

 が、日本でそのことを知る人はほとんどいなかった。報道も、まったくといっていいほどされなかった。そんな中、人々がイラク戦争のことを10年以上ぶりに思い出したのは、ISの台頭によってではないだろうか。そのことによって、かの地の混乱がずっと続いていたことを初めて知った人も多かったかもしれない。

 さて、ウクライナへの攻撃が続く中、3月13日に「深掘床屋政談」というイベントに出演した。『人新世の「資本論」』の斎藤幸平さんや宮台真司さん、白井聡さん、ジョー横溝さんやダースレイダーさんとご一緒したのだが、そこでロシアに対する経済制裁の話になった。経済制裁以外の方法はないのかという話題だ。前々回も書いたが、私が経済制裁下のイラクで見たのは、制裁によって病院に薬がなく、次々と命を落としていく子どもたちの姿だった。

 経済制裁について、詳しいことは私にはわからない。ただ、ロシアに対する制裁の必要性が叫ばれる中、「経済制裁」という言葉を聞いて真っ先に私の頭に浮かぶのはやはりイラクの子どもたちで、もっとも無力な存在が犠牲になる構図にずっとやるせなさを感じてきた。だからこそ「経済制裁」が声高に叫ばれる今、「それしか道はないのだろうか」という疑問を抱いている。

 いつの時代も戦争は、立場の弱い者を犠牲にする。

 報道を見れば、多くの人が犬や猫を抱いて避難している。しかし、取り残されたペットもいる。物言えぬ者たちも犠牲になるのが戦争だ。

 そんなふうに世界が戦争に注目する中、「ウクライナの愛国心」をことさらに賛美する空気もある。祖国を守る、国土を守るために勇敢に戦う人々の姿に感動する、という情緒的な声だ。

 だけど、そんな言葉を見聞きするたびにモヤモヤする。そのモヤモヤは、3月18日に配信されたニューズウィーク日本版の記事によってさらに大きくなった。

 記事によると、多くの避難民が押し寄せる国境地帯では、ウクライナ軍の兵士たちが、若い男性が出国しないようチェックしているのだという。記事には、その様子を見たアメリカ人のフリー・ジャーナリストの言葉が紹介されている。

 「ある男性が、妻と一緒にいたいと主張する場面に遭遇した。すると兵士は群衆のほうを向いて『この臆病者を見ろ。彼はウクライナのために戦おうとしていない』と叫んだ。群衆の間からは男性に対して非難のブーイングが起き、男性は結局、兵士に付いていった」

 ウクライナが侵攻されてすぐ、ゼレンスキー大統領は総動員令に署名し、18〜60歳までの男性の出国が禁止された。その報道を目にした時、まず感じたのは恐怖だ。「ウクライナのために戦う」以外の選択肢が認められない成人男性たち。

 同時に頭に浮かんだのは、成人男性でありながら、病気や障害がある人はどうするのかということだった。例えばALSの舩後議員みたいに、24時間介助が必要な人はどうするのか? 出国が許されるとして、安全に避難できるのだろうか? ウクライナの人々が、川に板切れを渡しただけのような橋を通って避難している映像を見た時、「これじゃ電動車椅子は無理だな」と思った。

 戦争という非常時、「戦えない人」は、そして戦えないだけでなく、人手を必要とする人は、いったいどういう扱いを受けるのだろう?

 そんなことを書いたのは、荒井裕樹さんの『まとまらない言葉を生きる』(柏書房)に書いてあったことを思い出したからだ。

 戦争と障害者についてのエピソードが多く出てくる本書には、アジア太平洋戦争時、ただでさえ肩身の狭い障害者たちが、兵力や労働力になれないという理由から「人間」として扱われなくなっていく様子が詳しく書かれている。

 例えば当時、障害児教育に人生を掲げた教育者(障害児のために開設された光明学校の松本校長)は、「非国民」となじられるようになったそうだ。以下、本書からの引用だ。

 「学校の先生が障害時に誠心誠意向き合う。そのこと自体が『非国民』扱いされる。そうした空気の中、当の障害児はどんな目で見られていたか。まさに推して知るべしという感じだろう。

 光明学校の子どもたちは戦争末期、長野県の上山田温泉に疎開している。この疎開先では、軍部から青酸カリが渡されたという話が伝わっている。もちろん、何か起きたときのための『処置用』だ」

 「『鬼畜米英』『撃ちてし止まん』といった荒々しい掛け声に混じって、障害者たちは『米食い虫』『非国民』と罵られていた。敵を罵る社会は、身内に対しても残酷になる。松本校長をなじった教育者たちのように『役に立たない人』を吊るし上げることが『愛国表現』だと勘違いするような人たちが出てくるのだ。
 このエピソードを思い返すたびに、最も安易でたちの悪い『愛国表現』は、その場の空気に乗じて反撃できない弱者を罵ることだと痛感する」

 本書で、荒井さんは自身が見聞きしたエピソードとして、戦時中、「こんな情けない病気になって申し訳ない」と割腹自殺をしたハンセン病患者についても書いている。

 そうして、別のハンセン病患者の書いた詩を紹介する。詩が書かれたのは戦争真っ只中の1943年。私はこれを読んで、「戦争」の別の側面を見た気がした。

 「鉄砲 鉄砲! /機関銃 機関銃! /ひとつみんなで血書の/嘆願書をださうぢやないか! /とんできた米鬼には/支那のヘロヘロ飛行機さんには/日本のどこへきても/日本人のゐるところなら/たとへ癩病院の上空までが/かたく守られてゐるといふことを/思ひ知らせてやるために一一一/ダ ダダ ダツ ダダダ/鉄砲を下さい! /機関銃をおさげねがひたい! /鉄砲と機関銃をおねがひします! /どうか どうか/おねがひします鉄砲を!」(三井平吉『おねがひします鉄砲を』)

 この詩について、荒井さんは以下のように書いている。

 「迫害されている人は、これ以上迫害されないように、世間の空気を必死に感じ取ろうとする。どういった言動をとればいじめられずに済むか、自分をムチ打つ手をゆるめてもらえるかを必死になって考える。
 だから、戦時中の障害者の文学作品には、実は熱烈に戦争を賛美するものが多い。『戦争の役に立たない』からこそ、逆に『私はこんなにも戦争のことを考えています』といった表現をしなければ、ますますいじめられてしまうからだ」

 翻って、現在。

 常に「自分は役に立つ」「利益を生み出す」ということを360度に向かってプレゼンし続けなければ生きることが許されないような状況がこの国では数十年続いている。そんなふうに生産性で命が序列づけられるような時代に、戦争が始まった。

 しかも、コロナ禍3年目。誰に優先して呼吸器をつけ、誰に呼吸器をつけないかという命の序列付けが「喫緊の課題」として語られる時代でもある。実際、コロナ禍が始まってすぐの20年4月には、アメリカ・アラバマ州で「重度の認知症や知的障害者には呼吸器をつけない可能性がある」というガイドラインが発表されている。幸い、抗議を受けてすぐに撤回されたのだが。

 そんな中、ロシアによるウクライナ侵攻2日前には、大阪地裁で画期的な判決が下された。

 旧優生保護法のもと、強制不妊手術をされた3人が国を訴えた裁判で、国に対して初めて賠償命令が出されたのだ。

 「優生上の見地から、不良な子孫の出生を防止する」

 そう明記された旧優生保護法のもと、障害者が子どもを持てぬように行われてきた不妊手術。厚労省によると、不妊手術を受けたのは約2万5000人に上るという。

 3月には、東京高裁でも国に賠償を求める判決が出た。ふたつの逆転勝訴は嬉しいものだが、不妊手術を進めてきた旧優生保護法が、96年までこの国に存在した事実は重い。わずか26年前までだ。そんな国に住む人間の一人として、戦争や戦う人が賛美される時、戦えない、戦わない人の目線から世界を見たいと改めて思っている。

 最後に。

 戦争は障害者を抑圧するだけでなく、障害者を多く生み出すものでもある。身体の障害はもちろん、メンタルにも大きなダメージを与える。

 『帰還兵はなぜ自殺するのか』(デイヴィッド・フィンケル著/古屋美登里翻訳)の帯には、「イラク・アフガン戦争から生還した兵士200万人のうち、50万人が精神的な傷害を負い、毎年250人が自殺する」とある。

 この事実を、今こそ心に刻みたい。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。