第590回:コロナ禍、3年目 困窮者支援の現場の声。の巻(雨宮処凛)

 4月9日、耳を疑うニュースが飛び込んできた。

 2020年11月、渋谷のバス停にいた女性に暴行して死亡させた48歳の男性が、遺体で発見されたというのだ。

 男性は自宅近くの路上で発見され、飛び降り自殺とみられているという。

 保釈中だったという男性が、なぜ……。しばし言葉を失った。裁判は5月17日から始まる予定だったという。これで真相が解明される機会は永遠に失われてしまったと思うと、ただただ無念さに襲われる。

 そんなニュースを知った翌日の4月10日、「反貧困ネットワーク」(私は同団体の世話人)の全国集会が開催された。

 今年のテーマは「コロナ禍、3年目 生きさせろ」。

 反貧困ネットワークが呼びかけて2020年3月に結成された「新型コロナ災害緊急アクション」には、この2年間、連日「所持金ゼロ円」「何日も食べてない」「アパートを追い出されてホームレスになった」などのSOSが届き続けている。

 この日、最初に報告したのは反貧困ネットワーク事務局長の瀬戸大作さん。2年間、連日駆けつけ支援とその後の生活保護申請などに奔走している瀬戸さんによると、これまでのべ2900人に対し、緊急宿泊費などとして8000万円以上を給付してきたという。住まいがない人が多いので、とにかくその晩の宿代や食費だ。多くの人が後日、生活保護申請をする。この給付の原資は「緊急ささえあい基金」に寄せられたカンパ。これまで約1億6000万円が集まり、多くの命を支えてきた。

 SOSを求める人たちについてのデータも紹介された。2年間の相談メールを分析すると、60%以上が10〜30代。83%はすでに住まいを失っていて、50%が野宿。33%がネットカフェ。携帯が止まっている人の比率は50%。そんな中、コンビニなどのフリーWiFiが命綱となっているのだが、この年度末にはセブンイレブンの無料WiFiサービスが終了したそうだ。

 一方、最近では女性からのSOSが増えているという。

 コロナ禍から2年以上経っても状況がちっとも改善しない中、「行政に相談しても追い返された」という相談も変わらず多い。追い返すだけでなく、生活保護を申請しても、決定まで時間がかかりすぎるケースも散見される。瀬戸さんは、昨年クリスマスに寄せられた悲鳴のようなSOSを紹介した。

 「2人の子どもがいる母子家庭です。8円しかなくてもう何もできず、もう生活できません。灯油がなくなってしまいます…トイレットペーパーも買えません。…電話が止められてしまいます。…ちゃんと身分証を見せますので、どうか現金を貸していただけませんでしょうか」

 この女性は12月初旬に生活保護を申請していたものの、福祉事務所は「保護決定まで1ヶ月かかるかもしれない」と答えていたそうだ。本来であれば、生活保護は申請から2週間以内に決定されることになっている。が、彼女はそれを知らず(ほとんどの人が知らない)、じっと耐えて待っていたのだろう。しかし、そのうちにも残金はどんどん減っていく。そのまま役所の返事を待ち続けていたら、親子ともども年を越せたかもわからない。

 そんな生活保護を利用する人は、コロナ禍だというのにそれほど増えてはいない。例えば2020年の申請件数は前年比2.3%増。21年の申請件数は前年比5.1%増にまでなったが、それでも、国の特例貸付を借りる人が何十倍にも増えていることを思えば微増である。

 ではなぜ増えないのかと言えば、忌避感を持つ人が多い一方で、役所に行っても「若いから働ける」と追い返された、「決定まで1ヶ月かかる」などと言われて申請を諦めさせられた、なんて話もよく耳にする。このような水際作戦が未だに横行しているからこそ、新規申請件数が伸びないのだろう。本当は、コロナ前の2倍3倍になっていてもおかしくないくらいなのに。

 さて、コロナ禍で困窮を極めている層として忘れてはいけないのが外国人だ。

 先ほど、これまでに寄付金から8000万円以上を給付していることに触れたが、その7割を占めるのが外国人。特に仮放免の人たちが厳しい。

 仮放免の状態だと、入管の収容施設の外で生活できるものの、日本での在留資格が認められていない。よって働くことができず、健康保険にも入れず、また都道府県を超えた移動をするには「旅行許可」が必要となるという状態だ。

 この日は、北関東医療相談会の長澤正隆さんが登壇。仮放免者の生活実態を調査した結果を報告してくれた。

 そこから見えてくるのは、とても生きていけないような実態だ。

 例えば生活状況。「苦しい」「とても苦しい」を合わせると89%。また、16%の人が1日1食の生活をしており、40%が家賃滞納あり。35%がガス光熱水費の滞納あり。経済的理由によって医療機関を受診できない人は84%にものぼり、実に70%が「年収ゼロ円」だ。

 しかし、それでも日本の福祉の対象にはならず、生活保護を利用することもできない。

 そんな実態が紹介されたあと、現在、まさに仮放免の状態にある男性が登壇した。

 名前はミョーチョーチョーさん。85年生まれの彼は、「世界でもっとも迫害された民族」と言われるロヒンギャ。2006年にミャンマーから来日し、これまで3度、難民申請してきたもののいまだ認められておらず、9年間にわたって仮放免の状態だ。

 働けず、よって収入を得られず、保険証もなく、住んでいる埼玉から出る時にはいちいち旅行許可をとらなければならない。定期的に入管に行き、そのたびに「今日収容されるのでは」という恐怖に怯える。

 ミャンマーに戻ることは、命の危険を意味する。しかし、日本政府は難民と認めない。

 そんな彼は、嗚咽まじりに言った。

 「平和な国で、平和でない人生になっています。本当に人生が、将来が見えないです」

 彼の父親は今年2月、亡くなったという。

 「ショックでした。こんなにいい国にいるのに、何もできない。働けたらお父さんの治療費を送れたのに、仮放免だからできない」

 そうして彼は、日本政府のウクライナ避難民受け入れについても触れた。

 「ウクライナの避難民だけでなく、日本にすでにいる同じ状況の人への在留資格も認めてほしい。平和な国で、頑張って生きていきたい。まじめに仕事をし、税金をおさめてこの国に役に立つ人になりたい」

 彼が望むのは、シンプルだ。そして本当に最低限のことだ。働きたい。医療を受けたい。人間らしい生活がしたい。

 それなのに、ずっと人権ゼロのような状況に置かれている。

 コロナ以前、外国人の間では、同郷の人々のコミュニティでの助け合いがあったという。在留資格があって働ける人が働けない人々を支えるという構図だ。しかし、コロナでそれも厳しくなった。

 コロナ禍、3年目。

 止まないどころか深刻度を増すSOSの声。そんな中、始まった戦争。ウクライナでもロシアでも、戦争によって膨大に貧困層が生み出されるという予想がある。一方、値上がりラッシュに加えての戦争で、私たちの生活への影響もどんどん大きくなっていくだろう。

 そんな集会直前、知人から、犬連れの人が住まいを失いそう、なんとかしてほしいという相談が寄せられた。

 国の対策の大元がザルだから、こうして常にSOSがあちこちから上がる。働く人が守られていないからすぐに切られ、そうなった時に迅速に機能するはずのセーフティネットが機能不全だから、次から次にホームレス化に晒される人が生み出されてしまう。先ほど、8000万円以上給付していることを書いたが、この異常さを、為政者たちに本気で受け止めてほしい。

 まさか2年以上も「野戦病院」のような状態が続くなんて、一体誰が予想しただろう。

 当事者も支援者も疲弊している。私自身、政治の無策に腹を立てることにも疲れ始めている。

 このまま民間が支援をやめてしまったら、いったいどんなことになるのだろう? 最近、そんなことをふと考える。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。