第595回:侮辱罪厳罰化〜「餌食」にされた立場から。の巻(雨宮処凛)

 侮辱罪厳罰化法案が参議院で審議入りした。

 その名の通り、侮辱罪を厳罰化するというもので、現在の「拘留(30日未満)または科料(一万円未満)」を「1年以下の懲役もしくは禁錮、30万円以下の罰金、または拘留もしくは科料」に引き上げるというものだ。厳罰化のきっかけは、SNSでの中傷に晒され木村花さんが死に追い詰められたこと。

 が、この侮辱罪厳罰化に関しては、「政治家を批判したら逮捕されるのでは」「これではおちおち権力批判もできない」「萎縮につながる」などの懸念の声が上がっている。私自身もこのような懸念を持つ一人だ。

 一方で思うのは、「人を死に至らしめるほどの誹謗中傷や攻撃が繰り広げられている今のネットの状況」を、一刻も早く、より安全なものにする制度づくりも急がれているということだ。

 SNS上の中傷で命を落とした人は、一人ではない。私が知る限りでも、数人がSNSの誹謗中傷が原因の自殺ではないかと囁かれている。また、誹謗中傷も自殺のひとつの原因だったのではと疑われているケースもある。

 一方で、ネット上には他の危険も潜んでいる。「リベンジポルノ」などで自らの過去のプライベートな動画が拡散されることもあれば、いじめによって性的な動画が拡散されてしまうこともある。現在、そのようなものが出回ってしまったら完全な回収はほぼ不可能と言われ、それが被害者を追い詰めるわけだが、そのようなシステムにより踏み込んだ対策はできないのだろうか。そう思うのは私だけではないだろう。

 私自身も、誹謗中傷では何度も追い詰めれられてきた。

 その中には数千人から一斉に罵倒されるような炎上的なものもあり、本気で死を考えたこともある。

 その時に痛感したのは、一人が数千人から罵倒されることが可能になっているシステムを、今すぐ変えてほしいということだ。

 例えばTwitterだと、特定の一人に攻撃のリプライが集中することを、ある程度の数の時点で止めるなどはできないのだろうか(引用リツイートも含めて)。

 本人はもう、スマホを触ることもできない状態である。ある程度の数で自動的に攻撃が止まってくれたら、どれほど楽になるだろう。私自身、SNSの各種機能に全然詳しくないのだが、そういった機能があるだけで、防げる自殺は確実にある。経験者として、そう思う。

 なぜなら、それは「集団リンチ」だからだ。数人にSNS上で罵倒されてもそれほどダメージはないが、それが短時間に数百人、数千人となるとあっという間に追い詰められる。場合によっては、わずか数時間で命が奪われてしまうだろう。「これ、自分が10代の頃だったら確実に死んでたな」。そう思ったことは何度もある。そして亡くなっている人の中には、若い世代が多い。

 このようなネットの中傷被害については、匿名の加害者を特定しやすくする改正プロバイダ責任制限法が昨年4月に成立している。

 それによって裁判手続きが簡略化されるなどするようだが、それでSNSが安全になったかと言えば、答えは当然NOである。今も被害者が証拠を集め、弁護士にお願いし、時間とお金をかけてさまざまな手続きをしなければならない。

 例えば自分が拡散してほしくない動画が拡散されている10代だとしたら、すぐに拡散を止め、画像を削除してもらいたいわけだが、とにかく今は「加害したモン勝ち」になってしまっている。このようなことを、一刻も早く根本的になんとかできないものなのだろうか。親に相談できない子どももちゃんと救済されるような仕組みがなければ、今のままでは被害者は量産され続けてしまう。

 さて、私自身、どのような攻撃を受けてきたのかここに書きたいが、書けない。加害者に、何に効果があったか知れてしまうことはまた攻撃を激化させるからだ。法的措置に関することもあるのでわざわざ情報を与えたくない。ただ、被害者は膨大にいて、そのほとんどが泣き寝入りしているのが今だ。裁かれるべき人は多くいるのに、なんの罪にも問われずに、人の命を奪いかねないことを面白半分でやっている。

 今回の厳罰化、「権力批判を萎縮する効果だけはあって、ネットの安全には少しも寄与しませんでした」なんてことにならないよう、注目していきたい。そして本当に人の命が守られるための対策が、一刻も早く整備されてほしい。

 そのために、そもそも加害が生まれないシステム作りについても、各界で模索されてほしいと思っている。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。