第596回:生活保護引き下げ違憲訴訟の勝訴、そして「科研費」裁判と『教育と愛国』。の巻(雨宮処凛)

 報道を見た瞬間、大きな声で叫びそうになった。

 その報道とは、5月25日の熊本地裁判決。この日出たのは、生活保護基準引き下げ違憲訴訟、通称「いのちのとりで裁判」。それが勝訴となったのだ。

 第二次安倍政権で強行された生活保護引き下げが憲法違反だとして、引き下げ処分の取り消しを求めて全国29都道府県で生活保護利用者1000人以上(最大時)が原告となって始まった裁判。これまで9地裁で判決が出ており、昨年2月、大阪地裁で引き下げの処分取り消しが命じられ、勝訴。しかし、それ以外は原告の請求棄却が続いていた。

 それが10件目の熊本地裁で勝訴となったのだ。

 2013年からの保護費引き下げは、もっとも厳しい生活を強いられる層を大いに苦しめてきた。平均6.5%、最大10%の生活扶助基準の引き下げが3回にわたって実行されたのだ。総額は史上最大の670億円。

 これによって、生活保護利用者に何が起きたか。

 食事の回数を減らした、家族や親戚のお見舞いや葬式にも行けない、どんなに暑くても電気代が怖くてエアコンなんてつけられない――。そんな悲鳴があちこちから上がった。もっとも耳にしたのは「生きていてはいけないと言われている気がする」という言葉だ。

 社会参加を阻まれ、孤立を強いられるという声もあった。

 例えば大阪の原告の一人は、保護費の引き下げによって、施設に入院する母親に会いに行く回数を減らさざるを得なくなったという。施設までの交通費は片道1700円。引き下げ以前は月に4回程度行っていたそうだが、引き下げ後は月に1、2回しか行けなくなった。事情がわからない母親に「なんで来てくれへんのや」と言われるのがもっともつらかったそうだが、そんな母親はもう亡くなった。最後はコロナの影響もあって面会できず、寂しい思いをさせたことを悔やんでいるという。

 「生活保護基準引き下げ」の現実は、人と人との関係、家族の絆を断ち切るものだったのだ。

 それを裏づけるデータもある。毎年生活保護利用者にアンケートをとっている大阪の支援団体によると、引き下げ後に顕著なのは、「交際費を減らした」という声。19年で83%にものぼっているという。70代の女性は、友人らと月に一度行くカラオケを楽しみにしていたものの、引き下げによってその700円がどうしても捻出できなくなり、付き合いを継続できなくなったという。

 また、食費を減らした人は19年で87.6%。衣類購入を節約した人は93%にものぼるという。

 そんな引き下げに対して、「もう我慢できない」と生活保護利用者たちが立ち上がったのが今回の裁判だったのだ。そうして熊本県内に住む36人が起こした裁判で、裁判長は、厚労省による引き下げの過程や手続きは「裁量権の逸脱または乱用で、生活保護法に違反し違法だ」として処分を取り消したのである。

 一連の裁判が始まって、6年。全国の原告の中には高齢者が多いことから、すでに亡くなった人もいる。昨年2月、大阪で勝訴した際には、当初は51人いた原告は42人にまで減っていた。「いのちのとりで裁判」は、すでにこの世にいない人たちの思いも背負っている。

 このところの物価高で、多くの人が悲鳴を上げている。値上げしていないものを探すのが難しいほど、あらゆるものが値上がりしている。低所得世帯でなくともこの値上がりには悲鳴を上げているというのに、生活保護世帯であればどれほど厳しい状況だろう。そんな中、生活者の実態に照準が当たったような判決に、胸を撫で下ろしたのだった。

 この日はもうひとつ、嬉しい判決があった。

 それは映画監督の想田和弘さんたちが原告となった裁判。海外在住の日本人が最高裁裁判官の国民審査に投票できないのは違憲として起こした裁判だ。それが最高裁にて、裁判官15人全員一致で「違憲」と判断されたのだ。

 喜ばしい気持ちでいっぱいになったが、この日、がっくりと肩を落とすような判決もあった。

 それは大阪大学名誉教授の牟田和恵さんらが原告となった、「科研費」を巡る裁判。訴えられているのは、自民党の杉田水脈議員。牟田さんらの研究を「反日」や「捏造」とし、科研費が不正に使用されているような内容を拡散した杉田氏を名誉毀損等で提訴した裁判だったのだが、京都地裁は原告の請求を棄却。これにはあちこちから落胆の声が上がった。

 私も肩を落とした一人だが、同時に背筋が寒くなる思いもした。なぜならこの判決の数日前、映画『教育と愛国』を観ていたからだ。

 映画についてはもう語りつくせないが、劇中、ゾッとしたシーンがある。それは杉田氏がこの「科研費」について国会で質問している場面。18年の衆議院予算委員会で、杉田氏は科研費で研究している人が、「韓国と手を組んでいる」などと発言。また、櫻井よしこ氏とネット番組でこの問題に触れ、自身のTwitterでは「我々の税金を反日活動に使われることに納得いかない」と書く。

 なぜ、ここまで標的にされるのか。それは、ジェンダー論を専門とする牟田氏の研究対象に「慰安婦」が含まれていたからだろう。

 映画にはもう一人、「慰安婦」を巡って大きなバッシングに晒される人が登場する。それは大阪府の公立中の教師の平井美津子さん。彼女の授業は実践的と注目され、18年、共同通信に取材され記事となるのだが、これに対して現大阪府知事の吉村氏がTwitterで、記事中に「従軍慰安婦」という表現があったことを根拠として、この授業は「史実に反する軍による強制連行」を教えていると批判。平井さんは「従軍慰安婦」という言葉を授業で使っていないのだが、フォロワー100万人以上の吉村氏のTweetは平井さんを窮地に追い詰めていく。学校には抗議の電話が相次ぎ、文書訓告を受ける。

 この映画には、このように、政権に都合の悪い史実に関わる人々が、どんどん窮地に陥る様が描かれている。

 中学の歴史教科書では圧倒的なシェアを誇ったものの、戦争加害の記述を増やしたことで採択が激減し、会社が倒産した日本書籍もそのひとつだ。

 このようなことがあると、業界の中では「加害の記述を増やすとヤバい」という空気が一気に広がるだろう。一方、右派が良く思わない教科書を採択した学校には、大量の抗議のハガキが届く。

 こういうことが続くと、どうなるか。みんなが空気を読み、先回りして「忖度」するようになる。

 特定の政治家が声高に何かを主張し、煽ったり誘導したりするわけではない。

 しかし時々、「見せしめ」的に誰かが「反日」と執拗に抗議され、教科書会社が倒産し、学校の先生が大炎上して学校に抗議が相次ぐ。そのようなことが知られるだけで効果は抜群だ。人々は確実に萎縮する。

 思えばこの10年ほど、ずーっとそんなことの繰り返しではないだろうか。その間に、一部の人たちによる、「SNSで誰かの人生をめちゃくちゃにさせる技術」は格段に向上してしまった。

 『教育と愛国』で描かれることの多くは「新しい歴史教科書をつくる会」の台頭など、90年代から始まっている。しかし、今やその時に始まったうねりはネットを駆使し、政治家が「バッシングしていい誰か」を名指し、特定の人を「公開処刑」的な炎上に晒すことで、より力を得ている気がしてならないのだ。

 誰だって、訴えられたくないし、SNS上で「公開処刑」されたくない。

 そうしてみんなが萎縮した先には、何があるのだろう?

 そんなことを思って、またしても暗澹たる気持ちが込み上げてきた。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。格差・貧困問題、脱原発運動にも取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『ロスジェネのすべて』(あけび書房)、『相模原事件裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』(太田出版)。「反貧困ネットワーク」世話人、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合組合員。