第597回:ニュース女子、ウトロ放火事件、そして6年前の相模原事件に潜んでいた「予兆」。の巻(雨宮処凛)

 「『ニュース女子』問題、二審もDHCテレビに賠償命令 辛淑玉さんに対する『名誉毀損』」

 その報道を知った瞬間、「よかった……」と全身から力が抜けるような思いがした。

 ご存知の通り、2017年1月、TOKYO MXの「ニュース女子」という番組で、辛淑玉さんに関する誤った情報が放送された件だ。これを制作したのがDHCテレビジョン。

 番組では、沖縄の米軍ヘリパッド建設抗議運動に関して、「反対の人たちはお金をもらっている」「反対を扇動する黒幕の正体は?」などのテロップが出されるという演出がなされた。辛淑玉さんを貶め、その印象をおどろおどろしいものにするような内容だった。

 この問題が起きた時、とても他人事とは思えなかった。私だって、私の関わっている運動などを快く思わない人から、こういうことをされる可能性がゼロとは言えない。テレビ番組を使って「こいつは怪しい奴」という印象をばらまかれ、それによって多方面から攻撃されてしまうかもしれない。

 「もし自分だったら」と思うだけで、吐き気がこみ上げてくるほどの恐怖に襲われた。番組そのものが、辛淑玉さんという一人の女性を「公開処刑」にしているかのようで、こんなことが許されていること自体、信じられなかった。もし自分がこんなことをされたら、日本にいられないかもしれない……。その後、辛淑玉さんがドイツに渡ったと聞いて、集団リンチのようなことが許されてしまう状況に心から憤った。

 だからこそ、二審でも勝訴となり、番組の重要な部分の真実性が証明されているとは認め難いとして、名誉毀損が成立するとされたことは嬉しい。

 しかし、一方で思うのは、この番組が放送された17年と比較して、状況はさらに悪くなっているのではないかということだ。

 例えば判決には、「在日朝鮮人である原告の出自に着目した誹謗中傷を招きかねない構成になっているということ」という一文も加えられたという。冒頭記事によると、辛さんの弁護士は、「人種差別であることを認めてくれた」と評価したそうだ。が、この件に限らず、ネット上の見るに耐えないヘイトは「ニュース女子」以前から多くの在日コリアンの人々に牙をむいてきた。

 それが「ネットだけで済まなくなった」のはいつからだろう。もちろん、在特会のデモなどは00年代からあるが、在日コリアンの問題に限らず、「ネット上の悪意が現実を侵食し、人の命を危険に晒す」ような事件はエスカレートしている気がして仕方ないのだ。少なくとも、10年前にはなかったタイプの事件が起きている。

 直近だと、3月に辻元清美・前衆院議員の事務所の窓ガラスが割られ、荒らされるという事件があった。5月に29歳の男が逮捕されたが、男は「本人に危害を加えようと考えていた」と供述。辻元氏のTwitterによると、防犯カメラに映った男はハンマーを持っていたという。深夜だから誰もいなかったものの、もし、辻元さんやスタッフがいたらどうなっていたのだろうか……。

 そうして21年8月には、在日コリアンが多く暮らす京都のウトロ地区で火災が発生。この年の12月、非現住建造物等放火の罪で逮捕されたのは、奈良在住の22歳の男性だった。

 「韓国が嫌いだった」という男は、ウトロ地区に放火する前月、在日本大韓民国民団の愛知県本部の壁に火をつけたとして愛知県警に逮捕されていた。それだけでなく、奈良の民団支部でも同様の犯行をしていたという。

 様々な報道を見ると、男は在日コリアンへの差別意識と、被害者意識に近いような憎しみを抱いていたことが伝わってくる。

 例えば男はBuzzFeedNewsの取材を受けているのだが、その記事で以下のように語っている。

 「コロナ禍で自分を含めて経済的に貧困状態にいる、保護を受けたくても受けられない人が多数いるような状況のなかでも、彼らは特別待遇を受けている」

 特別待遇ってどんな??  と思わず首を傾げたくなるが、記事を書いた籏智氏が指摘するように、これはネット上の「古典的なデマ」である。このようなデマを挙げることからもわかるように、男を動かした背景には、確実に「ネットの声」がある。知識がないまま、虚実ないまぜの情報を自分の都合のいい部分のみ鵜呑みにして起きた事件。

 そんな男の情報入手先は「ヤフーニュースのコメント欄です」とのこと。あの悪名高き「ヤフコメ」で知識を得ていたことに言葉を失うのは私だけではないだろう。また、動機についてはこう語っている。

 「対人被害に最大限注意したうえで、(在日コリアンが)日本にいることに恐怖を感じるほどの事件を起こすのが効果的だったのです」

 確信犯である。ちなみにこの放火で怪我人や死者が出なかったのは、たまたま子どもたちが留守にしていたからだというからゾッとする。

 駄目押しのように、男はこうも語っている。
 「日本のヤフコメ民にヒートアップした言動をとらせることで、問題をより深く浮き彫りにさせる目的もありました」

 ネット上に氾濫する差別が事件を呼び起こし、実際に人々が暮らす生活の場に火が放たれる。これを引き起こしたものを「たかがネットの悪ふざけ」などと放置していいのだろうか。「悪ふざけ」で済まされるレベルをとっくに超えている。

 一方、「ヤフコメ」というキーワードで思い出すのは、相模原事件を起こした植松聖だ。事件が起きたのは今から6年前の16年だが、あの事件こそ、「ネットの悪意を真に受ける」ことが引き金のひとつとなった事件ではなかっただろうか。

 障害者施設で45人を殺傷、19人が死亡するという事件の重大性、逮捕されたのが元職員だったこと、本人の特異なキャラクターや逮捕後も拘置所から発信が繰り返されたこともあり、忘れられ、薄まっている部分もあるが、彼もヤフコメの常連だった。彼は月刊『創』にあてた手紙で以下のように書いている。

 「かつて私はヤフーニュース等のコメント欄に沢山の書き込みをして遊んだことがあります。イイネしかできないSNSと比べてワルイネ(bad)が新鮮で、赤の他人だからできる直球のコメントにも魅力を感じていました。
 ですが、気がつくと私のコメントはほとんど削除されていました。内容は『トランプ大統領は真実を話している!!』『大麻は世界で認められている!!』等々、日本の世論には反する文章でした」(『開けられたパンドラの箱』より)

 ひどい書き込みがなかなか削除されないことが問題となってきたヤフコメで(特に植松が書いていたのは16年以前)、「ほとんど削除されていました」というのだから、よほどのものだったのだろう。覚えておきたいのは、彼の日常に、ヤフコメのヘイトに満ちたコメントが当たり前に存在したということである。そして、彼にとって、書き込みをすることは「遊び」だったこと。

 一方、植松は事件前、動画サイトに自らの動画を投稿している。現在は全編を見ることはできないが、ほんの一部の断片はYouTubeに残っている。そこで彼は車の運転をしながら、「最近世界がやばい」「第三次世界大戦が始まっている」「このままでは日本が滅びる」「不幸な人ばっかり」などと語っている。

 初めてボートレースに行った日には、「じじいばばあばっかり」「死に損ないしかいなかった」「いなくなっても誰も困らない」「どうすればいいんだろ、あれでいいのかな」などと高齢者の存在を否定するようなことも語っている。

 この動画サイトでは、彼の過激な主張に対し、多くの賞賛の声が上がっていたそうだ。

 ヤフコメの差別やヘイトに満ちたコメントや、自分の動画の過激な発言(おそらく「障がい者を殺す」もあっただろう)に賛同する人々のコメントを見るうちに、「これくらいやってもいいんだ」「これがみんなの本心なんだ」「これこそが世論なんだ」と思っていったのかもしれない。

 おそらく免疫がなかったゆえに、植松はネット上の悪意を真に受け、容易に感化されたのではないだろうか。もちろん、それだけであれほどの重大な事件を起こすとは思えないが、ネット上にいくらでも転がっている「剥き出しの、暴力的な本音」じみたものとの出会いが、植松に少なからず影響を与えていることは間違いないと思うのだ。それに衝撃を受けてから、彼の「間違った使命感」に火がつくまでは、きっと早かったはずだ。

 ウトロ放火の男にも、植松に近いものを感じる。彼の中には、明らかに歪んだ使命感がある。でなければ、3件も同様の事件を起こしたりしない。

 二者ともに共通するのは、ネット情報だけで「世界の真実」を知った気になり、「自分が何かしなければ」と一人で「決起」したところではないか。どちらも、「パッとしない」日常の中にいた。そこに降って湧いたように訪れた、「壮大」な使命。使命感や正義感があれば、人間はどんなことだってできてしまう傾向がある。ウトロ放火の裁判で読み上げられた被告の供述調書には、「仕事も経済的にも不安定で、友人家族とも疎遠で守るべきものもなく、自暴自棄になっていた」という言葉もある。

 一方で、この男は植松のように、事件後も自分のしたことを正当化し続けている。今後の裁判で、彼の態度は変わるのだろうか。

 そちらについては注目していきたいが、現在のようにヘイトとデマが氾濫し、悪意が煽られ続けるネット空間を放置しておけば、同様の事件は続くだろう。

 改めて、このような状況に何ができるのか、気が遠くなりそうになりながらも考えている。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。