国を相手取って裁判を起こすような機会は、たびたびあるものではないが、その判決が最高裁裁判官15人全員が揃う最高裁大法廷で下されることは、もっと稀だろう。
しかし5月25日、その稀有な事態が、僕ら5人の原告の人生に起きた。
最高裁大法廷は、在外邦人が最高裁裁判官の国民審査に投票できないことを「違憲」と断じる判決を下したのである。また、立法措置を怠ったとして、原告一人当たり5000円の賠償も国に命じた。
僕ら原告の主張を全面的に認める、満額回答。しかも裁判官15人全員一致の判決である。日本の最高裁が法律を違憲と断じた例は過去にたった10件しかなく、本件は11件目。“超”がつく稀な事件となった。
そのためか東京新聞は、なんと号外を出して判決を報じた。また、朝日、読売、毎日の各紙は翌日の朝刊一面トップで報じた。判決を支持し、国の怠慢を叱責する社説も多数載った。NHKは判決前に僕のインタビューを撮りにわざわざ牛窓の自宅まで来訪し、判決後は何度もニュースを流した。
僕らがこの裁判を提起した目的は、法律を改正することだけではなかった。僕らは、最高裁裁判官の国民審査制度について、そして在外選挙制度について、日本の主権者に改めて考え、議論し、認識を改めてほしいと思ったのである。そういう意味では、十分に一石を投じることはできたと思う。
国民審査ってなんだっけ?
今回の判決の報道に接して、「国民審査ってなんだっけ?」と思った人も、実は多かったのではないだろうか。
国民審査は、衆議院総選挙のときに、おまけのように実施される。罷免したい最高裁裁判官にバツをつける、アレである。実は日本国憲法第79条に規定された、大事な制度である。必要とあれば、司法の最高権力者である最高裁裁判官を、主権者が罷免できる。権力をチェックし抑制する、安全装置のような仕組みである。
しかし国民審査制度は、なんとなく忘れられ軽視された存在で、正直、形骸化してしまっている。そのことは国が裁判で「国民審査は選挙に比べて重要性が低い(だから在外邦人が投票できなくてもオッケー)」と主張した事実が、如実に表している。よくもそんなことが言えたものだと呆れたが、そういう意識は社会全体にもあるであろう。
実際、日本では最高裁の裁判官はいつの間にか内閣に任命され、いつの間にか定年で退任している。誰がどのように選ばれ、どんな判決を書いているのか、報じられることは稀だし、主権者が意識することもほとんどない。
政府はつい最近、5月20日の閣議で、定年を迎える大谷直人最高裁長官の後任に、戸倉三郎最高裁判事を起用する人事を決定したが、そのニュースを知っている人が、どれだけいることか。
でも、本当にそんなことでよいのか。
日本で今でも死刑制度が存続しているのは、1948年に最高裁大法廷が合憲判決を出したからである。憲法第9条の存在にもかかわらず、自衛隊がなし崩し的に存続しているのも、最高裁が合憲性についての判断を避け続けてきたからである。
選択的夫婦別姓訴訟では、夫婦同氏を強制する現行法を「合憲」とした最高裁裁判官が、「違憲」とした裁判官よりも多かったせいで、合憲判決が出された。もし裁判官のメンバーのジェンダー・バランスなどが違っていたら、違憲判決が出されて選択的夫婦別姓制はすでに実現していたかもしれない。
このように、最高裁裁判官の人事は、国の方向性や人々の生活に大きな影響を与える。だからこそ、主権者は国民審査による罷免権を保持しているのだ。
ならば、私たちは国民審査制度がもっと有効に機能するよう、制度を改善すべきであろう。また、メディアはそれぞれの裁判官の経歴や過去に出した判決などを、国民審査の前に詳しく報道すべきではないか。
投票しにくい在外選挙制度
また、在外選挙制度も、現状ではお世辞にも投票しやすいとは言えない。
在外投票を行うためには、日本の自治体へ転出届を出し、住民票を抜かなければならない。そして海外に住み始めたら在外公館(日本大使館や領事館)に在留届を提出し、最低3ヶ月間、海外に住み続けなくてはならない。そうして初めて、「在外選挙人証」の交付を申請できるのである。
この「在外選挙人証」は、在外選挙を行うときに必ず必要な書類である。在外邦人には、さまざまな事情で日本の住民票をそのままにしている人も多い。だからそもそも在外選挙人証そのものを持っておらず、投票できない人が多い。実際、18歳以上の在外邦人約100万人のうち、在外選挙人証を持つ人は約9万6000人(2021年10月)にとどまっている。
在外選挙人証を持っていても、投票するのも一苦労だ。特に在外公館から離れた遠隔地に住んでいる人は、投票することが極めて難しい。
というのも、遠隔地に住む人は郵便投票を行うことになるのだが、そのハードルが高いのだ。
郵便投票を行うには、まず自分の在外選挙人証を日本の選挙管理委員会に国際郵便等で郵送し、投票用紙を請求しなければならない(しかも投票日の4日前までに必着)。すると選管から投票用紙と封筒が返送される。それが届いたら、投票用紙に記入して、選管に直接送付して投票が完了する(しかも投票日の投票終了時刻までに必着)。
つまり投票するには、2度も自費で日本へ国際郵便を送らなくてはならないのだが、選挙期間はたいてい短いので、締め切りを守るためには最速のサービスを使わざるを得ない。これが住んでいる国によっては、非常に高くつくのだ。
僕も一度だけアメリカから郵便投票をせざるを得ないことがあったのだが、そのときは合計1万円くらい郵送料にかかった。いまアメリカの郵便局のサイトを確認してみたら、一番早い国際速達便が$70.95(9283円!)もするので、今なら1万8566円かかるはずである。
しかも郵便事情の悪い地域に住んでいたら、最速のサービスを使っても投票が間に合わないこともある。そういう事情があるため、在外邦人の投票率は、現状では在外選挙人証を持っている人の約20%にとどまり、極めて低い状態にあるのである。
投票用紙の郵便でのやりとりを、せめて日本の選挙管理委員会ではなく、居住国の在外公館との間で行えるなら、こんな不条理は解消できるはずだ。また、日本の住民票を抜かなくても在外投票できる仕組みを、早急に導入すべきであろう。
現在の在外選挙制度は、2005年の最高裁大法廷違憲判決等を受けて、ようやく実現した制度だ。だが、制度は存在するものの、主権者の投票する権利を十分に守っているとは言えまい。
国会は、国民審査法とともに、公職選挙法を速やかに改善してほしい。原告の一人として、そのことを強く望んでいる。