第598回:参院選、始まる〜これが終わったら3年間、国政選挙がないらしく、3年後、50歳になるロスジェネの一人として〜(雨宮処凛)

 参院選が近づいている。

 この原稿が公開される6月22日公示、投開票日は7月10日だ。この参院選が終わると、3年間、国政選挙はないという。

 ということは、消費税増税をはじめとして、与党が好き勝手できてしまう「黄金の3年間」が訪れるわけである。それは多くの庶民にとって「地獄の3年間」ではないだろうか。

 このことに危機感を覚えるのは私だけではないだろう。

 さて、3年後、あなたは何歳になっているだろうか。

 現在47歳の私は50歳になっている。

 ということを、5月9日、市民連合のシンポジウムで話し、市民連合のサイトにも同様のことを書いたのだが、このことを思うだけで涙が出そうになる。ロスジェネの、いろんな「取り返しのつかなさ」に対してだ。

 ロスジェネ。現在30代後半から40代後半を指す言葉。バブル崩壊後に訪れた就職氷河期によって正社員になれない若者たちが注目されたのは、はるか昔の90年代。そして2000年代後半に私たちは「失われた世代」=ロスジェネと名付けられたわけだが、その世代がついに50代に突入するのである。

 「失われた30年」。この国の30年はそう呼ばれるわけだが、ロスジェネは20歳から50歳までがだいたいそれと重なるわけである。そんな貧乏くじを引くとどうなるか。だいたいの人間は20代から50代の間に就職し、仕事を覚えて結婚したり出産したり子育てしたりローンを組んで家を買ったりするわけだが、ロスジェネの中には、そのすべてを経験していない人が多くいる。「景気回復までのつなぎ」のつもりで始めた非正規の生活が30年近くに及び、ずーっと月収20万円以下で暮らす人々が一定数いるのがロスジェネである。

 このことに対して、政治の無策以外の言葉が見つからない。なぜなら、「30年あったなら、やれること山ほどあったよな?」と思うからだ。

 なぜなら、バブル崩壊の始まりと言えば1991年。この年に生まれた人はすでに31歳になっている。ちなみにこの年の流行語は「若貴」「僕は死にましぇーん」。若者にはまったく意味不明だろう。エリマキトカゲとかが走ってきそうなワードである。

 日本経済にいよいよ陰りが見えてきた97年の流行語は「失楽園」「たまごっち」など。まぁ、本当に遠い昔の話だ。この時代から、何もされずに放置され、「自己責任」とか言われて時に「無能扱い」さえされてきたわけである。

 そんなロスジェネだが、10年くらい前にはベビーブーム世代だということを一部の人に思い出され、「今から本気で対策すれば少子化改善の起爆剤になる」などと言われた。が、やはり政治は完全にスルー。また、私たちが40代を迎える頃には「ロスジェネ女性の出産可能年齢について」などが少し議論されたものの、やはり何の対策もなし。

 19年には、兵庫県宝塚市が氷河期世代に対して正社員募集をかけたところ、3人の枠に対して全国から1800人以上の応募があったことが注目された。このことに、世間はロスジェネの苦境を一瞬思い出したが、それは「手遅れ感」も含んでおり、以来、「見たくないもの」「忘れたいもの」という存在になった気もする。

 さて、こんなロスジェネに対して、政府はどんな対策をしてきたのといえば、本当に何もしなかった。

 何もしなかったからこそ、94年には20.3%だった非正規雇用率は今や4割近くになり、非正規で働く人はとっくの昔に2000万人を突破。そんな非正規の平均年収は175万円。そうして最近、非正規男性の生涯未婚率(50歳時点での未婚率)が6割を超えることが話題になった。これからその割合はさらに増えていくだろう。

 同時に日本社会はどんどん貧しくなり、政府の経済財政諮問会議の調査によると、94年と19年の世帯所得の中央値を比較したところ、35歳から44歳では104万円減少。45歳から54歳ではその倍近くの184万円も減っていたという。

 特筆したいのは、ロスジェネの苦境はしっかりと次世代に受け継がれているということだ。何しろ大々的に非正規化が始まれば、企業がその旨味を手放すわけがない。

 例えば21年の労働力調査によると、35〜44歳の非正規雇用率は27.1%。45〜54歳の非正規雇用率は31.0%。これが25〜34歳になると22.5%と少し低くなるものの、15〜24歳では48.8%と約半数だ。

 ロスジェネに対してだけでなく、政府は本当に何もしていなかったようなのだ。じゃなかったら、これほど日本経済が衰退しないだろう。

 そんな中で唯一国がやったことで覚えているのは2005年の「若者の人間力を高めるための国民運動」だ。

 一言で言うと、若者が非正規でしか働けないような現状を、雇用破壊の問題ではなく「若者の人間力がないせい」とし、人間力さえ高めればなんとかなる、というファイト一発有害精神論的な「国民運動」をブチ上げようとしたのである。さて、それで人間力が上がった若者が正規雇用化されたかといえば、その間も非正規率は上昇。というかその前年の04年には製造業派遣が解禁されていたのだから、もう笑ってしまうしかない。

 そうして今に至るまで、ロスジェネを救済するようなことは何もなされず、自己責任と突き放され、放置されてきた。コロナ禍のこの2年、そんな同世代がとうとうホームレス化する光景をどれほど目の当たりにしてきただろう。どれだけ多くの涙に触れただろう。

 同じロスジェネである社会学者の貴戸理恵さんが、『現代思想』19年2月号に書いた原稿にこんな言葉がある。

 「いちばん働きたかったとき、働くことから遠ざけられた。いちばん結婚したかったとき、異性とつがうことに向けて一歩を踏み出すにはあまりにも傷つき疲れていた。いちばん子どもを産むことに適していたとき、妊娠したら生活が破綻すると怯えた」

 これは多くのロスジェネの実感ではないだろうか。

 こんな状況に対して、私は06年、31歳の頃から声を上げてきた。当時の私たちはまだ若く、今から対策すれば間に合うと言い続けてきた。だけど声を上げ続けて16年、本当に放置され、3年後、私は50歳。

 正社員になれたロスジェネが安泰かと言えば、劣悪な労働環境に喘ぐ人は多い。どんなにひどい条件でも「やめたら非正規」と、今の職場にしがみつかざるを得ないからだ。ロスジェネは、正社員さえ使い捨てて使い潰すような労働環境の中でボロボロにされてきた第一世代でもある。そんな中、「結婚していても出産や子育てなんかとても考えられない」という人もいれば、「共働きで子育てしてるけど無理ゲーすぎる」という声もある。

 一方、私は40代を迎える頃から周りのロスジェネ女性と「産まなかった」「産めなかった」ことについて語る機会が増えた。子どもの頃は、大人になったら当たり前に結婚して「お母さん」になるものだと思っていたとみんな口を揃える。それが自分たちの世代くらいから、とてつもなく難しくなっていった。だけどずっと、自己責任だと言われ続けてきた。そしてこの先、「産まなかった」ロスジェネ女性は、きっとお荷物扱いされていくのだろう。

 さて、参院選が始まった。

 30年間バッシングして放置するのは政治の仕事ではない。見たくないものを見て、聞きたくない話を聞くのが政治の仕事のはずだ。

 だけどそれを放棄してきたのが今の政権である。

 こんな状況を変えたいからこそ、私は選挙に行く。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。