第599回:「あきらめて餓死するか、ホームレスになるしかない(60代男性)」。参院選で問われる命・生活へのまなざし。の巻(雨宮処凛)

 「自分の人生に嫌気がさした」「事件を起こせば刑務所に戻れると思った」

 この言葉は6月21日、埼玉県のネットカフェで女性店員を人質に5時間半立てこもって逮捕された男(42歳)が口にしたものである。男はこの2ヶ月ほど前に刑務所から出所。住み込みで土木作業の仕事をしていたものの、ここ数週間はネットカフェを転々としていたという。事件当時の所持金は数百円だった。

 「刑務所に戻りたい」。そう口にする男の年齢が42歳で自分より年下ということに胸が痛んだ。これまでも、そんな理由での事件は起きていた。「刑務所の福祉施設化」が言われて久しいが、それほどに、「こっちの世界」は高齢の人や障害がある人に厳しいものなのだろう。

 有名なのは、2006年に起きた下関駅放火事件。捕まったのは当時74歳の男性。男性は放火の前科が10件あり、22歳以降の40年以上を刑務所で過ごしていた。軽度の知的障害があるものの一度も福祉と繋がったことはなく、放火した日は刑務所を出て8日後。その8日の間に、警察に保護されたり役所で生活保護を求めるなどしていたが、公的支援には繋がれていないままだった。

 「刑務所に戻りたかった」

 犯行の動機を語る言葉に、この国の多くの人が衝撃を受けた。

 が、今回逮捕されたのは42歳の男性。報道されている限り病気や障害はないようだ。この年ならいくらだってやり直せるとも思うが、本人はもう人生を諦めてしまったのだろうか。

 ちなみに前回の逮捕は10年前。2012年、愛知県の信用金庫の職員を人質にとり、「内閣の総辞職」を求めて13時間立てこもる事件を起こしたという。刑は懲役9年。男性の背景に何があったのかはわからないが、出所してわずか2ヶ月で彼は刑務所に戻ることを自ら望み、女性店員を人質にとった。

 事件の一報を耳にして思い出したのは、このところ、困窮者支援の現場にSOSを求める中にも出所者が存在するということだ。

 ここで想像してみてほしい。もし、あなたが刑務所を出所したばかりだったとしたらどうするだろう?

 刑務作業をして得られる報奨金の平均額は月4516円。ここから日用品を買ったりしたらほとんど残らないだろうから所持金はほぼなし。頼れる人も帰れる家もない場合、まずどうするだろうか。この男性は住み込みで土木の仕事を始めている。が、もしそこを解雇されたり、あるいはひどいハラスメントなどから退職したとしたら。一気に「家なし、職なし」となり、再犯の確率が上がってしまう。その場合、どこに行ってどういう手続きをすればネットカフェ生活にならずに済むか、彼は出所時などに少しでも説明されていただろうか。

 「出所者」に関しては、思うことがある。私が貧困問題に関わり始めたのは16年前だが、06年当時、困窮者支援の現場において、「前科がある人」は非常に珍しい存在だったと記憶している。が、今は困窮による軽微な犯罪で逮捕歴のある人も少なくない。

 「日本はどんなに格差が進んでも犯罪が増えない国」。そんなふうに言う人もいるが、その神話はじわじわと崩れつつある気がするのだ。表立ってデータにはまだ出ていないけれど、現場の体感としてそう感じる人は少なくないと思われる。こういうことを放置していたら、データで増えてからはもう手遅れになるのだが、国にその危機感はまったくない。

 さて、彼のような人が事件を起こさずに済む方法は、仕事が見つかり安定した生活ができるまで生活保護など公的福祉を利用することだと思うが、ではこの国の公助が機能しているかと言えば残念ながら答えはノーだ。

 6月14日、それを思い知るような院内集会に参加した。

 それは「コロナなんでも電話相談 2年間の取り組みから見えてきたもの 1万件超の相談をふまえた私たちの政策提言」。

 この連載でも書いてきた通り、コロナ禍が始まってすぐの20年4月から、隔月で「コロナ災害を乗り越える いのちとくらしを守るなんでも電話相談会」が開催されている。私も相談員をつとめているのだが、全国の会場で弁護士や司法書士が電話を受ける無料相談会だ。2年間で寄せられた電話は、実に約1万3000件。初期は「休業手当は出るのか」など、緊急事態宣言下の混乱した状況の中での労働相談が多かった。が、時間が経つにつれ、内容は「生活苦」が主な訴えに変わっていった。

 そんな2年間の取り組みからの政策提言集会なのだが、ここで寄せられた相談の一部を紹介しよう。

 「女性。事務仕事やコールセンターの仕事をしてきたが、失業して、貯金を崩しながら1年間求職活動を続けているが仕事が見つからず、ハローワークに行く交通費も負担になってきていてとても不安」

 「倉庫作業で働いていたが、コロナで仕事が減り解雇された。今は日雇いで働き、特例貸付と貯蓄でしのいできたがそれも尽きた。手持ち金は1万円で電気代も1年分滞納している」

 「契約社員として働いていたが21年3月で契約更新されなかった。仕事も見つからず孤独で死にたい」

 「50代男性。大学講師。月収は約3万円、貯えは7万円程度。政府の支援制度は全て使ってしまい、生活費が足りない。仕事をいくら探しても見つからず、死にたい」

 いずれも切実な訴えである。そして「死にたい」という言葉が出るほどに追い詰められている人々。このような場合、生活保護の利用を進めるわけだが、中には強い忌避感を口にする人もいる。

 「20代女性、家賃滞納あり。住居確保給付金、特例貸付は使い切り、生活困窮者自立支援金も受領した。もはや使える制度もなく、この1年1日1食でやりくりしており、体調も悪い。医者に行くお金もなく、限界。生活保護世帯で育ち、生活保護を利用していたときの屈辱感が忘れられず、再び生活保護を受けるくらいなら死んだ方がまし」

 一方、生活保護を利用したいと思ったものの、追い返されたという話もある。

 「60代男性、単身。病気で働けなくなった。年金収入が月額10万円あるが、医療費が月2万円以上かかり、住宅ローンを滞納している。貯えがなくなれば自宅も競売になる予定。生活保護の相談に行ったところ、『生活保護は無理。手がない人でも足がない人でも働いているんですよ。あなたも働きなさい』といわれてショックを受けた。あきらめて餓死するか、ホームレスになるしかない」

 「70代男性、単身。収入は月6万円の年金だけで、家賃が3万5000円で、滞納が心配。前は多少のアルバイトがあったが、今はコロナでまったくない。食べるものもぎりぎりで、1玉18円のうどんを3回に分けて食べている。役所に生活保護の相談に行ったら『人のお金で食べさせてもらうのか』『働く人の上前をはねて生きるつもり』と罵倒される。体調も悪く、こんな状態で生きていても仕方ないと思う」

 私自身も電話を受けていて「死にたい」と言われることがある。そんな時はただ話を聞くことしかできないが、相談員をしていて思うのは、「これだけ追い詰められても公的福祉から排除される人がいるなら、そりゃ自殺は減らないだろう」ということだ。

 所持金ゼロ、仕事のあても住む場所もなく何日も食べていないという人から支援団体に届くメールには、「このままでは死ぬか事件を起こして刑務所に入るしかないと思っている」と切迫した思いが綴られているものもある。

 強調しておきたいのは、誰だって、安定して働けるなら刑務所なんか入りたくないしホームレスになりたくないということだ。

 この国には、弱い立場の人々の声を聞こうともしない政治家と、しっかり耳を傾け寄り添ってくれる政治家がいて、今、前者が圧倒的に力を持っている。参院選は、その力関係を変える大きなチャンスだ。

 投票まで、あと少し。当選してほしい議員が、私にはたくさんいる。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。