第602回:安倍元首相銃撃事件、そして宗教二世問題。の巻(雨宮処凛)

 「金がなくなり、7月中には死ぬことになると思った」

 安倍元首相を自作の銃で撃ち、殺人容疑で送検された山上徹也容疑者が供述したという言葉だ。

 さまざまなメディアで、山上容疑者が旧統一教会を憎んでいたことが報じられている。

 母親の入信により、献金で苦しくなった生活。食べるものにも事欠いた日々。勉強熱心で成績も良く、奈良県トップのエリート高校に入ったものの、経済的理由から進めなかった大学。2002年(21歳頃)に入った自衛隊では、兄と妹を困窮から救うために、自らに生命保険をかけて自殺を図ったこともあるという。

 「人生をめちゃくちゃにされた」

 彼のした行為は決して許されることではない。しかし、その人生を振り返ると、あまりの壮絶さに言葉を失う。

 同時にひっかかったのは、彼の41歳という年齢。彼はロスジェネの一人だった。

 05年、24歳頃で自衛隊を退職したあとは、同年から測量会社でアルバイト。2年後には測量士補の資格を取り、同年、宅地建物取引士を取得。翌年にはファイナンシャルプランナー2級を取得している。

 7年前には複雑な家庭環境の中、支え合ってきた兄が自殺。20年からは奈良県内の派遣会社に登録し、京都の工場で働いていたという。フォークリフトの資格をもっていることで派遣されたらしい。黙々と働く人物だったが、反抗的な態度をとるようになり、体調不良を訴え、今年4月、「5月で退職したい」と派遣会社に申し出があったという。が、もともと派遣期間は今年5月15日までだったようだ(『週刊文春』7月21日号より)。

 そうして7月8日、自作の銃は安倍元首相に向けられた。

 確かに母親の宗教は、彼の人生を破壊しただろう。

 が、彼の生まれ年は、彼の人生をさらに険しくした可能性はある。

 何しろいい大学を出ても正規の職につけない人が多く生み出された世代だ。20代後半の頃、数々の資格取得をしているが、そこには彼の「なんとかしよう」という焦りと、人生を好転させたいという前向きさが見て取れる。

 そしてそんな「資格取得」は、ロスジェネの多くが挑んだものでもあり、一歩間違えば「資格地獄」に落ちるとも揶揄されてきた。資格取得に必死になりすぎるあまり、膨大な時間と金銭を無駄にしてしまった者が多くいるからだ。それでも、ロスジェネが「一発逆転」を目指す場合、資格以外に何があっただろう。

 山上容疑者もそのような思いから資格を取ったのだろう。が、報道されている範囲では、資格取得後、彼の人生が好転した様子はなく、41歳の時点で、彼は派遣で働く非正規雇用の一人だった。

 うまくいかない人生。何かあるたびに膨らんでいっただろう、旧統一教会への恨み。そこに追い打ちをかけた退職と、残金の枯渇。

 が、「金が尽きる」イコール死ではないことは強調しておきたい。

 昨年12月、大阪の雑居ビルで26人が亡くなる放火殺人事件が起きたが、事件後に死亡した谷本盛雄容疑者も経済的困窮の中にいた。残高ゼロ円の銀行口座。電気もガスも止められた生活。生活保護の相談に2度行ったものの、彼を救わなかった公的福祉。

 コロナ禍のこの2年以上、私は多くの困窮者の声を聞いている。その中には、お金が尽きたという理由から「もう自殺するしかない」と言う人もいる。また、所持金ゼロ円になったことで自暴自棄になり、「自殺するか大阪の事件みたいにたくさん人を殺して刑務所に入るしか選択肢がない」と口にする人もいる。

 が、自殺しなくても事件を起こさずとも刑務所に入らずとも、生きる道はある。そのひとつが生活保護だ。公的福祉より、自殺や刑務所や餓死が先に思いつく社会そのものが病んでいる。

 「金がなくなり、7月中には死ぬことになると思った」と山上容疑者は語っているが、お金がなくなったら福祉事務所に行けばいいのだ。もし追い返されたら、近くの支援団体に相談すればいいのだ。何もあんな事件を起こして人生を終わらせなくたってよかったのだ。それとも、彼の中にも「生活保護を受けるくらいなら死んだ方がマシ」というような偏見があったのだろうか。

 生活保護への偏見がなく、利用しやすい社会だったら。それを使って少し休むことができて、また働けるようになったら働く、というようなことが許される社会だったら。追い詰められる人はだいぶ減るのではないだろうか。

 そんな生活保護をバッシングしてきたのが自民党であり、第二次安倍政権に返り咲く前の選挙で自民党が掲げた公約が、「生活保護費の1割カット」だった。そして実際に、保護費は削減されてきた。

 もうひとつ書いておきたいのは、宗教二世の問題だ。

 これに関しては、90年代後半から00年代、「生きづらさ系」と言われる界隈に入り浸っていた私にとっても身近なものである。当時、自殺系サイトや自傷系サイトのオフ会や自殺をテーマにしたイベントがよくあり、自殺願望を抱えた若者たちが繋がり始めていたのだが、その中に一定数、宗教二世がいたからだ。多くが二世として生きる中で困難を抱えており、根強い自殺願望に苛まれていた。

 当時、そんな界隈にいた知人の中には本を出した人もいる。タイトルは『人を好きになってはいけないと言われて』。02年、講談社から出版されているのだが、著者は新興宗教信者の両親のもとに生まれ、「人を好きになる」ことを禁じられて育った18歳(当時)だった。

 近年は、そんな宗教二世がさまざまな形で告発を続けてきた。

 例えば私の家の本棚に並ぶだけでも、『カルト宗教信じてました。「エホバの証人2世」の私が25年間の信仰を捨てた理由』『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』『カルト村で生まれました』などの漫画がある。『カルト村〜』以外は、宗教団体への批判や疑問、違和感が大きなテーマだ。

 少し紹介すると、『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』は、宗教を頑なに信じる母親の顔色をうかがう子どもの苦悩が描かれている。

 楽園で暮らすため、聖書に書かれていることに従い、禁欲的な生活と奉仕活動をする日々。クリスマスは「悪いお祝い」と教えられ、誕生日を祝うことも禁止。聖書に反することをすれば、ベルトで「ムチ叩き」をされる。校歌や国歌を歌うことも禁止されているので学校行事の際はみんなが起立しても一人だけ座っていなくてはならない。人間の政治に参加してはいけないので、クラス委員を決める投票も白紙で出す。宗教に入っていない子どもと仲良くなることも禁じられているので、友達も作れない。好きな男の子に告白されても信者じゃないので付き合えない。輸血も禁止。こうして羅列するだけでも、自然な恋愛感情を押し殺し、また教室で「悪目立ち」するなんて、どれほど辛かっただろうと胸が詰まる。

 『カルト宗教信じてました。』も宗教二世による漫画だ。なんといってもサブタイトルが『「エホバの証人2世」の私が25年間の信仰を捨てた理由』。

 やはり宗教にハマるのは母親だが、主人公の女性「たっちゃん」は子どもの頃からエホバの集まりに連れ回され、同じエホバの男性と結婚(強要された結婚ではない)。子どもも生まれるが、ある日、子どもが重篤な病気になり、輸血が必要になる。が、エホバでは輸血は禁止。「たっちゃん」は悩みつつも同意書にサインするが、母親は「輸血を拒否すればエホバから永遠の命を貰えるのよ?」と輸血を必死で止めようとする。このような経験を通し、宗教をやめるまでが描かれている一冊だ。

 また、最近は漫画家の菊池真理子さんがウェブメディアで『「神様」のいる家で育ちました〜宗教2世な私たち』という連載をしていたものの、突然中止となっている。

 生まれながらに、親の信仰する宗教の教えを強要される子どもたち。宗教に反するからと、様々なイベントに参加できなかったり、他の子どもたちを「サタン」であると教えられたりと、子どもは独特の世界で育つ。連載の漫画にも、親の言うことに疑問を持たなければ「神の子」ともてはやされ、しかし、年頃になって恋愛すると「家族全員が地獄に落ちる」と親に罵倒される女性が登場する。

 そんな菊池さん自身も親の宗教問題を抱えていた。彼女は17年、アルコール依存症の父を描いた『酔うと化け物になる父がつらい』の漫画が大きな話題となったのだが、菊池さんの母親は宗教にハマり、彼女が中学2年生の時に自ら命を絶っている。

 菊池さんが数々の二世に取材して描く連載を私も楽しみにしていたのだが、今年3月、連載は急遽中止に。宗教団体からの抗議や圧力が原因か? などと注目されたが、真相はわからない。

 それにしても、宗教二世の告発などに触れるたびに、周りの大人たちはなぜ放っておいたのかと大きな疑問がわいてくる。

 紹介した漫画などからも明らかなように、二世の子どもたちは明らかに学校で「普通ではない」行動をとっている。というか、とらされている。行事に参加しない、校歌を歌わない、誕生会に参加せず、一人だけ廊下で過ごすなど。しかし、親の言うがままに信仰を受け止めている子どもに介入する大人は滅多にいない。「宗教だから」と、腫れ物に触るような形で放置されている。

 一方、輸血拒否に関しては、医療は介入しているようだ。「医療ネグレクト」という形で子どもを虐待していることになるので、病院から連絡を受けた児童相談所が家裁に親権停止処分を求めるという。即日停止して輸血するらしい。

 ここ数年、このような漫画が他にも出版され、問題はネット上でも注目を集めてきた。その背景にあるのは、多くの「二世」の苦しみだろう。告発したいことが山のようにあるからだろう。そしてその告発は、親や宗教だけでなく、「見て見ぬふりした周りの大人」にも向けられているように感じる。

 本当は、助けたかった大人だっているだろう。だけど「宗教」と言われた途端、「信教の自由」という言葉が頭を過ぎり、どうしていいのかわからなくなる。それがこの国の「普通の善良な大人」の反応ではないだろうか。

 このような二世問題について、私はこれまで、子どもに関わる仕事の人が読む媒体で原稿を書いたり、教育者の集まりで話したりしてきた。が、反応はふたつに分かれた。「自分も重大な問題だと思う」と共感の声が寄せられることもあれば、「その問題には触れてくれるな」と微妙な空気になることも多々あった。

 しかし、この社会がもっと早くからカルト宗教に問題意識を持ち、二世の問題に積極的に介入できていたら。もしかしたら山上容疑者の境遇は変わっていたかもしれないとも思うのだ。少なくとも、同じ立場の二世と会えていたり二世を支える人々と会えていたら。それだけでなく、親が宗教にハマって困窮したり様々なトラブルに巻き込まれる子どもを支援する仕組みが整っていたら。そうしたら、安倍元首相が命を奪われるようなことは起きていなかったのではないか。

 最後に。

 現在、自民党議員と旧統一教会とのさまざまな関係が注目されている。月曜日には、「#自民党って統一教会だったんだな」というハッシュタグがトレンド入りした。

 なぜ、多くの被害者が生み出されている宗教団体との関係が続いていたのか、それはどのような関係だったのか、これはこれでしっかり追及されるべき問題である。

 すべての膿を出し切り、真相を解明することが、この社会をよりマシなものに近づける唯一の道だと思っている。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。格差・貧困問題、脱原発運動にも取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『ロスジェネのすべて』(あけび書房)、『相模原事件裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』(太田出版)。「反貧困ネットワーク」世話人、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合組合員。