第614回:間一髪で2匹の犬を救出〜反貧困犬猫部、6月の奇跡~の巻(雨宮処凛)

 「昨日から、私も犬も食べてません」

 住まいを失った女性からこんなメールをもらったことがきっかけで「反貧困犬猫部」が結成されたのが2020年6月。

 以来、この2年以上、反貧困犬猫部には「ペットとともに住まいを失った人」「ペットと暮らしながら困窮する人」などからSOSが寄せられてきた。これまで犬猫部が支援にあたったのは20人以上。その中には、コロナで仕事が減り、残金が60円で猫とともに住まいを追い出されそうな段階でSOSを求めてくれた女性もいれば、役所に行くものの、「生活保護を受けるならペットを処分しろ」などと誤った説明を受け、野宿生活を強いられていたケースもある。

 人間が住まいを失うことも大変だが、「ペットと一緒」となると困難はさらに増す。なぜなら、ネットカフェもホテルも公的なシェルターも、ペットと一緒だと入れないからだ。よって「公的福祉などを利用して生活を立て直す」には、普通より多くの壁をクリアしなければならない。冒頭の女性の場合、最初の数日はぺットと泊まれるホテルを利用したが、何しろ高い。

 このような事情から、ともに「反貧困犬猫部」を立ち上げた稲葉剛氏は、自身が代表理事をつとめる「つくろい東京ファンド」で20年7月にペットと泊まれるシェルター・「ボブハウス」を開設。現在は3室に増え、これまで10人ほどがペットとともに利用してきたという。

 それ以外にも、反貧困ネットワークのシェルターでは、犬や猫、鳩、チャボなどのペットと飼い主を受け入れてきた。また、次の給料日前にペットフードが尽きてしまった人にペットフードを送るなどの支援もしてきた。

 さて、そんな反貧困犬猫部で今年6月、「危機一髪で犬の命を救う」という出来事があった。

 きっかけは、反貧困ネットワーク事務局長で、この2年半、連日「駆けつけ支援」に走り回り、また犬猫部として多くのペットと飼い主を支援してきた瀬戸大作氏の携帯が鳴ったこと。

 電話をしてきたのは男性で、「病気で入院するので犬を預かってくれないか」ということだった。その男性──仮にAさんとする──は、その時、生活保護の申請中。福祉の窓口にいるということだった。事情を話す過程で、役所の人から反貧困犬猫部のことを教えてもらったのだろうか。それとも自分で調べていたのだろうか。詳しいことはわからないが、とにかくこのような形で瀬戸氏に連絡が来たのである。

 「まずは詳しい事情を聞かせてほしい」ということで、その時は電話を切ったそうだ。

 役所のケースワーカーから瀬戸氏に連絡があったのは、その数日後のことだった。なんでもAさんと連絡が取れないので自宅を訪ねたところ、彼が倒れていたのだという。すぐに救急車を呼んでAさんは運ばれたものの、自宅には犬が2匹。ただ、福祉事務所としては犬に対しては何もできないから見に行ってくれないかということだったそうだ。

 慌てて瀬戸氏が他の支援者と駆けつけると、2匹の犬が部屋で静かにしていたという。が、フードも水の容器も空。窓が少し空いていたものエアコンはついていなかった。6月末といえども、この時期は連日30度を超える暑さ。少しでも駆けつけるのが遅れていたら最悪の事態になっていたことが予想される。

 そうしてこの日、犬2匹は無事に救出され、その日から、ペットホテルで預かってもらうことになった。

 一件落着と言いたいところだが、いつまでもペットホテルにいるわけにもいかない。

 一方、飼い主のAさんはと言えば、入院したことによって病状は落ち着いたものの、このまま犬2匹を飼い続けるには健康状態も生活状況も万全ではない。おそらく相当悩んだ末に、2匹を手放すことにし、瀬戸氏らで里親を探すことになった。

 といっても子犬ではない成犬の里親はすぐに見つかるわけではない。また、小型犬であれば比較的見つかりやすいかもしれないが、2匹とも中型犬。里親探しは難航し、その分、ペットホテル代がかさんでいくこととなった。

 そうして約3ヶ月後、2匹に理想的な里親さんが見つかった。今、2匹とも、それぞれが新しい家族に迎えられ、愛情をたくさん貰いながら過ごしているという。以下、それぞれの里親さんからのコメントだ。

 「この度は、素敵な縁に恵まれ、可愛い可愛いGくんに出逢い、我が家に迎え入れることができました。とても嬉しく感謝いたします」

 「毎日の散歩で私たちも規則正しい生活を送れるようになりました。Hちゃんと明るく楽しく生活していきたいと思います。本当にありがとうございました」

 反貧困犬猫部にSOSをくれた人の多くは、これまで、どれほど大変な状況になってもペットと離れたくないという人たちだった。だからこそ、ペットと泊まれるシェルターが必要だった。

 しかし、病気や生活上の理由によって、どうしてもペットを手放さなくてはならない時もある。それはお互いにとって悲しいことだが、「ペットの幸せ」を第一に考えれば、勇気ある英断だ。

 そんな初めてのケースでこうして無事に里親が見つかったこと。瀬戸氏をはじめとして、関わってくれたすべての人々に感謝の気持ちでいっぱいである。

 一方、今回は本当に奇跡のような偶然が重なった結果だと思っている。

 たまたまAさんが倒れる前に生活保護申請をしていたこと。それによって瀬戸氏にも連絡が入ったこと。また、ケースワーカーが連絡がとれないことを不審に思い家を訪ねたこと。そこでケースワーカーが瀬戸氏に連絡したこと。どれかひとつでも欠けていたら、猛暑の東京で、一人と2匹は遺体で発見されていてもおかしくなかった。あるいは、2匹だけが遺体で。

 さて、このようなことを通して思うのは、この国のあらゆる制度において、ペットについての明確なルールが整備されていないということだ。だからこそ、制度の穴に落ちてしまうようにペットのことは置き去りにされてしまう。

 これは福祉だけの話ではない。私自身、一人暮らしで猫を飼っているが、私が倒れたらこの子は餓死してしまう可能性があるということはいつも心の片隅にある。だからこそ、親しい人には、私と連絡が取れなくなったら猫を助けてほしいと話してある。が、このような人間関係がない人だってたくさんいるだろう。

 一方、早急にルール作りが必要だと思うのは災害時のペットの扱いだ。

 ペットと入れる避難所を作るのか、ペットだけの避難所にするのかなどさまざまな議論はあるが、この問題、もっと速やかにルールが作られるべきだろう。

 ここで強調しておきたいのは、災害時、「ボブハウス」のようなペットと泊まれるシェルターがあると必ず役に立つということだ。別に新たに建物を作らなくてもいい。災害で、ペットとともに被災して住む場所がなくなった人たちが、一時的に空いている公営住宅に入れるような仕組み。それはお金がなくてもすぐに作れるのではないだろうか。

 また、このような運用が広まれば、「ペットとともに住まいを失った人」だって利用できる。そこから生活保護申請をし、アパートに転宅するという流れだ。このような実践、多くの自治体でぜひ検討してみてほしい。日頃から住まいを失った人への対応をしておけば、そのノウハウは絶対に災害時、役に立つ。

 さて、2匹の話に戻ろう。

 これからも里親さんのもとで幸せに暮らしてくれることを祈るばかりだが、ここでひとつ、ちょっとした問題が発生している。寄付金で運営を続けている反貧困犬猫部だが、今回の2匹のペットホテル代が結構な支出となってしまったのだ。よって、寄付金が底を尽きそうになっている。

 ということで、この活動を支えたいという方がいたら、ぜひ、寄付して頂けると非常に助かる。

 振込先は最後に書いた。

 また、個人的に今後の懸念は「ペットと医療費」の問題だ。

 ペットには人間のように健康保険が適用されない。よって病気になった場合の治療費はどうしても高くなる。人間であれば困窮した場合、「無料低額診療」といって、無料または安く医療を受けられるシステムがあるが、ペットにはそのようなものがない。

 映画『ボブという名の猫2 幸せのギフト』を見ると、イギリスでは、ホームレスや困窮者のペットが無料で治療を受けられる場があるようだが、そのようなものが日本にもあれば、どれほど安心できるだろう。ちなみに、獣医さんの中にはホームレス状態の人が飼う犬猫の治療を無料、もしくは格安でやっている人もごくごく一部いるが、システムとしてそのようなものがあったら、例えば生活保護を利用していてペットとともに暮らす人もどれほど心強いだろう。

 私がともに暮らす猫のぱぴちゃんももう18歳。人間にすると90歳近くだ。最近は心臓も悪くなり、深夜に病院に駆け込んだりもした。そのたびに、「経済的な理由で受診できなかったら……」と考える。

 すべての犬や猫、人とともに暮らす動物に幸せであってほしいと願う人たちと、これらの問題を一緒に考えていきたいと思っている。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。