第118回:水道橋博士参議院議員の休職と議会の多様性(想田和弘)

 れいわ新選組の水道橋博士参議院議員が、うつ病のため休職することになった。

 ソーシャルメディアでは、「職務が担えないなら辞職すべき」「休むなら給料を返上しろ」などという声も聞かれる。

 しかし、人間誰しも、調子が良いときもあれば、悪いときもある。調子を崩したときには、休むことが必要である。そして休むからといって、いきなり給料を止められたら困るし、安心して休むことなどできない。

 国会議員である水道橋博士が病気を理由に辞職したり、給料を返上したりすることを強いられてしまったら、それが悪い見本や先例となり、社会全体が後退してしまう。病気になったときに、誰もが辞職や給料の返上を迫られるような社会になってしまう。

 水道橋博士には、まずはゆっくり、安心して休んでいただきたい。そして元気を取り戻したら、できることなら国会に復帰していただきたい。

 厚生労働省によると、生涯にうつ病を一度でも患う人は、日本では15人に1人いるそうだ。その他の精神疾患を合わせれば、非常に多くの数になるだろう。

 僕自身、30年ほど前に突然何もできなくなり、「燃え尽き症候群」と診断されたことがある。精神疾患は、特別なものではまったくない。いつでも誰でもかかりうる、国民的な病気である。

 そういう意味では、国会にはむしろ、水道橋博士のようなうつ病の当事者や経験者が15人に1人は必要である。そうなって初めて、議会は本当の意味で私たちを代表することができる。

 そう僕が思うのは、議会は〈社会を映す鏡〉であるべきだと考えているからである。世襲の政治屋やエリートばかりが集う特権的な場ではなく、社会の多様性をそのまま縮図にしたようなメンバーで構成された議会こそ、私たちは目指すべきであろう。

 男女は半々。弁護士や芸術家やエンターテイナーもいれば、会社員、主婦、飲食店経営者、農家、漁師、職人、非正規労働者、学生もいる。障害のある人も、ない人も、頭の回転の速い人も、遅い人も、病気の人も、健康な人も、異性愛者も、LGBTQも、高齢者も、働き盛りの人も、若者もいる。

 そういう多様性に富んだ議会が、僕の理想である。

 なぜなら、議会は私たちの共同体の方向性について、なんらかの当事者同士が意見や利害をぶつけ合い、すり合わせるための場であるべきだから。そうすることで、社会のさまざまな立場の人が納得いくような、あるいは最低限なんとか我慢できるような、落とし所を見つけていくのである。

 以前本欄にも書いたが、そういう議会を実現するためには、僕は議員を「くじ引き」で決める方がよいのではないかと思っている。少なくとも地方議会や、衆議院か参議院のどちらかくらいは。

 要は議会を町内会の役員会か、裁判員制度みたいな感じにするのである。「あれれ、今年はくじに当たってしまいましたか。しかたねえなあ」などと言って、議員になって議会へいく。そして議員になっている間は、日本の平均的な年収を保障される。

 無責任な妄想だと思われるかもしれないが、「くじ引き民主主義(ロトクラシー)」は、実は政治学の世界でも真面目に議論されている方法である。議会が「みんなのもの」ではなく、一部の人が権力やお金を独占するための道具になってしまっている昨今、デモクラシーを再生させるためには、どうしても必要なアイデアではないかと僕は考えている。

 話がちょっとそれた。

 そういうわけで、議会には多様性が必要だ。水道橋博士にはゆっくりと休んでいただいて、元気を回復したら、できれば国会に戻ってきていただきたいと願っている。そしてうつ病を経験した彼の視点と発想を、政治に生かしてほしい。国会を、少しでも〈社会を映す鏡〉に近づけてほしい。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ):映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。最新作『五香宮の猫』(2024年)まで11本の長編ドキュメンタリー作品を発表、国内外の映画賞を多数受賞してきた。2021年、27年間住んだ米国ニューヨークから岡山県瀬戸内市牛窓へ移住。『観察する男』(ミシマ社)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)など著書も多数。