大富豪の指先ひとつ
ぼくはもう、ツイッターを止めなきゃいけないかもしれない。なぜって?
世界一の大富豪といわれるイーロン・マスク氏がツイッター社を買収し、それによってツイッターの方向がガラリと変わりそうだからだ。
マスク氏はEV自動車企業テスラの共同創設者で、宇宙開発のスペースX社CEOとしても有名だが、なぜかSNSにも食指を動かし、ツイッター社に興味を持った。そして買収に成功した。その彼が、最高経営責任者としてツイッター社に乗り込んだ後、とんでもないことが起きている。
まず手を付けたのが従業員の大量解雇だ。マスク氏は多くの従業員に、有無を言わさず「お前はクビだ!(You’re fired!)」と宣告したのである。〈You’re fired!〉は、かつてトランプ氏が出演したテレビ番組での、トランプの決めゼリフだった。それを考えるとマスク氏の言動に、妙に肌寒いものを感じる。
朝日新聞の記事(11月6日)を引く。
従業員の半数解雇
マスク氏買収のツイッター米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が買収した米ツイッターが4日、従業員の約半分の解雇を始めたことが明らかになった。米メディアが報じた。マスク氏の投稿管理の手法への懸念から、一部の企業で広告を止める動きも出ている。(略)
米ニューヨーク・タイムズ紙によると、4日朝までに、全従業員の約半分にあたる約3700人の人員を削減したという。(略)
日本法人でも広報部門などが削減対象となった。(略)
一方で、ツイッターへの広告を止める動きも広がる。米メディアによると、米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)や独フォルクスワーゲン、米製薬大手ファイザーなどがツイッターへの広告出稿を一時的に止めた。(略)
マスク氏と今週面会した、全米有色人地位向上協会(NAACP)のデリック・ジョンソン代表は4日、ツイッターが投稿の安全面での対応をとるまで、ツイッターに広告を出さないよう企業に求める声明を出した。(略)
こんなふうに、アメリカでは大変な騒ぎになっている。マスク氏のツイッター社買収は、政治的な影響もかなり大きいとされる。
背景には、トランプ前大統領の動きも絡む。
現在、トランプ氏のツイッターのアカウントは、彼が陰謀論的で差別感むき出しの投稿を多発したために、永久凍結状態にある。それに対しトランプ氏は大きな不満を表明しているが、ツイッター社の実権を握ったマスク氏は、トランプ氏のアカウント凍結を解除するのではないかといわれているからだ。
前回の大統領選では、トランプ氏の連日にわたるツイートが、大きな話題となった。記者会見は拒否し、その代わりにツイッター上での意見表明を連発、選挙運動に利用した。そして、選挙での敗北を認めず「あれは盗まれた選挙。ほんとうはオレが勝っていたのだ」と繰り返した。
その結果、煽られたトランプ支持者らによる米国会議事堂への突入、占拠という大混乱が生じ、死者さえも出てしまった。トランプ氏のアカウント復活によって、そんな「悪夢」が再現される可能性があるし、アメリカ国民の分断に拍車がかかる恐れも指摘されている。
大富豪の指先ひとつで、分断がますます広がろうとしている。
マイノリティにとっての地獄
ウェブ上の報道機関「HuffPost」上に、Ian Kumamoto氏の署名で、ツイッターの危険な転換を指摘した記事が載っていた(11月5日)。
イーロン・マスクのTwitterは、
LGBTQにとって安心できない場所になりつつあるTwitterを買収した世界一の富豪イーロン・マスク氏は、“言論の自由”を取り戻すと宣言した。しかしどうやら、マスク氏の主張する言論の自由は、加害者が罰を受けることなくLGBTQ+などマイノリティの人々を公に誹謗中傷できることを意味するようだ。
Twitter社はこの数年、ようやく同性愛嫌悪やトランス嫌悪的な投稿への対策に力を入れるようになった。しかし、かつてドラァグクィーンのことを「グルーマー(性犯罪などの目的で子どもや若者を手なずける人物)」と呼んでアカウントを停止させられた格闘家のジェイク・シールズ氏は、マスク氏がTwitterを買収した後の10月29日に写真を投稿。「これはグルーマーだ」と書き込み、「まったく同じツイートをして1カ月前にアカウントを停止されたが、Twitterが自由になったか試してみよう」とコメントした。この投稿は今でも残っている。
またTwitter社は3月に、トランスジェンダーの人たちに対するヘイト発言を投稿していた風刺サイト「バビロン・ビー」のアカウントを停止させた。マスク氏はこのアカウント停止に強い不満を抱いたという。バビロン・ビーのセス・ディロンCEOは4月、マスク氏からアカウント停止について尋ねられ、その後Twitterを買収する可能性を示唆したとツイートしている。(略)
もしそうであれば、マスク氏のTwitter買収の目的の少なくとも一部は、トランス嫌悪的なツイートを自由に投稿できるようにしたかったからだといえる。それはLGBTQ+の人々にとって歓迎できないことだ。(略)
マスク氏自身が、反LGBTQの発信をする可能性もある。マスク氏は(10月)30日、下院議長ナンシー・ペロシ氏の夫を襲撃したのは、彼のゲイの恋人だという虚偽の投稿をツイートした(その後取り消している)。さらに「女性は災いの根源である」という思想を持つ右派のジョ-ダン・ピーターソン教授の娘から「父親のTwitterアカウント復活は認められるか」と尋ねられ、マスク氏は「些細そして曖昧な理由で停止された人は誰でも、Twitterの牢獄から解放される」と答えた。(略)
ヒューマン・ライツ・キャンペーンは10月28日に声明を発表し、「マスク氏は、過激主義や虚偽情報を発信する危険人物のアカウントを復活させると約束した。実現すればTwitter——LGBTQ+の人々を含め、社会の隅に追いやられた人々の多くにとって、コミュニティであると同時にヘイトが押し寄せる場所——はあっという間に、いまよりも敵対的になるだろう」と警告した。
また、マージョリー・テーラー・グリーン氏やスティーブ・バノン氏など、LGBTQ+の人々の権利や福祉に批判的な発言を繰り返してきた論客のアカウントも復活するだろうと言われている。(略)
マスク氏がやろうとしているのは、以前のように自由に誰かをいじめられなくなったことに怒っている人々が、再び弱い者いじめをできるようにすることだ。そして、彼らがよく知らない相手のことを論破し、見下す権利を復活させている。
マスク氏のツイッター社買収が、どれだけ社会に大きな影響を与えるか。
この論考の中で、Ian Kumamoto氏が強調しているのは、「マスク氏は、決して“言論の自由”を守ろうとしているのではない。社会の隅に追いやられている人々を“差別する自由”を復活させたいだけだ」ということだ。
歪んだ資本主義の行き着くところ
マスク氏がツイッター社で真っ先に馘首の対象としたのは、人権問題を扱う部門の社員たちだったという。そのことからも、彼の考えの方向性が見えてくる。そして真に恐るべきは、トランプ氏のアカウント復活に伴い、またしても陰謀論が、Qアノンを筆頭にSNS上を跋扈し始めることだ。
日本ではどうか。
さまざまな問題を抱えながらも、なんとか運営してきた日本法人にも、当然ながらマスク旋風が吹き荒れることになる。すでに広報部門等が削減対象になっているというが、その対象はさらに広がるだろう。
現在でも、ヘイト発言が横行しているけれど、それらのアカウントの凍結が難しいとなれば、ツイートはまさに「ヘイトの坩堝」と化す恐れがある。
例えば、沖縄ヘイトの凄まじさは、心ある人たちの抵抗にもかかわらず、いまでもSNS、とくにツイッター上を席巻している。
沖縄ヘイトを繰り広げる連中は、米軍辺野古基地工事に反対する人たちを卑劣な汚語で傷つけるだけではなく、政府のやり方に批判的な人たちへも及び、「反日」「売国」を喚き立てて、理由のない罵声を浴びせかける。
アメリカでは、かなりの大企業がツイッターへの広告出稿の取りやめを行っている。しかし日本では、残念ながら企業の人権意識が極端に鈍い。
杉田水脈などのあからさまなヘイトツイートが大手を振って歩き回れないように、日本ツイッター社に望むのは、ないものねだりか。逆に、マスク氏のツイッター社買収は、日本法人をも巻き込んで、ヘイトツイートの拡散を助長しかねない。
なにしろ、マスク氏本人がすでに、マイノリティ差別と思えるようなツイートを、自ら発信し始めているのだから始末が悪い。
たったひとりの大金持ちが「言論の自由」を言い立てながら、逆に「ヘイトスピーチの自由」を拡散させていく。「金」の恐ろしさを実感させる。これこそが、「歪んだ資本主義」の行き着く場所か。
それに抵抗する方法は、ツイッターの利用を止めてしまうしかないのか。
ぼくがこのコラムの最初に、「ツイッターを止めなきゃいけないかもしれない」と書いたのは、そういう意味である。