もう一つの住宅追い出し裁判
前回、福島第一原発事故の後に避難指示区域外から避難した人たちが、避難先の国家公務員住宅への居住権を求めて福島県を訴えた「原発事故避難者住まいの権利裁判」の様子をお伝えしましたが、東京地裁で係争中のこの裁判の他に、もう一つの住宅追い出し裁判が福島地裁で係争中です。
こちらは国家公務員宿舎に避難していたけれど、さまざまな理由でセーフティネット契約(有償で2年間の居住を認める契約)をしなかった避難者2名を福島県が提訴したもので、本来なら被災県民を保護する立場にある行政が、あろうことか避難者を提訴したアベコベ裁判です。原告が福島県で、避難者が被告にされてしまったのです。福島県は被災県として被災者と手を携えて東電と国を訴えるのが筋だと思うのですが、現県政は真逆です。国や東電に忖度し、お先棒を担いで避難者いじめにかかっているのです。
この裁判も私はずっと傍聴してきましたが、7月26日が第8回期日でした。それまでの7回は裁判官が一人だけの単独審議でしたが、この日は3人の裁判官で合議制となりました。被告代理人から出されていた証人尋問を全て却下し、この日で結審とすると言った裁判官に対して、弁護団席からは「裁判官忌避」の声が上がりました。しかし、裁判官は聞く耳持たずと言う感じで退席。この日の裁判は終了したのです。
それまでの7回の裁判では、被告が意見陳述をし、被告代理人の毎回の証言はそのどれもが納得のできる言葉でした。さらに多くの証人の言葉も聞いて欲しいと、証人尋問の申請もしていたのです。一方、原告である県の代理人は意見らしい意見も述べてきませんでした。
その後10月17日に、福島地裁は判決期日を10月27日11時と指定してきました。21日、弁護団はファックスで、福島地裁に「弁論再開申立書」を提出しました。しかし24日になっても福島地裁からの返答はなく、25日に弁護団が「忌避申立書(担当の裁判官では公平な裁判が望めないとして、その裁判官が事件に関与するのを排除することを求める申立書のこと)」を持って福島地裁に赴き申請しました。それが受理され、翌日に正式書類として番号が振られることになりました。通常ならば、この段階で裁判官に対する評価が審議されるため、通告されていた10月27日の判決日は飛ぶことになります。忌避の対象は3人の裁判官です。10月26日、弁護士に事件番号が知らされましたが、その際こちらからは、忌避受理を無視して27日の判決強行はないことを念押ししました。そういう状況で、10月27日の期日は延期になりました。
避難者の住宅追い出し裁判はこの他にも
避難者の「住宅追い出し」をめぐる裁判は他にもあります。
茨城県の例
今年9月29日に福島地裁で、茨城県の国家公務員宿舎に避難していた避難者を福島県が訴えた裁判の判決がありました。判決は、福島県が請求した284万円をその通りに支払えという不当判決でした。裁判長は上に記した「もう一つの住宅追い出し裁判」訴訟でも裁判長を務めている小川理佳裁判官です。
訴えられた避難者は、すでに公務員宿舎を退去しているため、家賃相当分の支払いについてが争点になっていました。本人は「支払う意思はある。しかし2倍請求分は理不尽である」と主張していました。裁判前の調停の場でも、「一度に払えないから減額できないか。分割払いはできないか」と持ちかけましたが、県側は全て拒否し、調停は形だけのアリバイ作りでした。ささやかな控えめの要求さえ否定した県の避難者いじめに思えます。
上記の「もう一つの住宅追い出し裁判」と同様、裁判長が福島県の原告適格性を認めて争われている裁判ですが、そもそも国家公務員宿舎は、県ではなく財務省、つまり国の管轄です。県が国に家賃を支払い続けているので、家賃2倍請求にはその損害賠償の意味があるというのですが、果たして債権者でもない県に被災者を追い出す権利があるのか、裁判所が債権者である国に代わって退去を命じる権利があるのかは、大いに疑問です。
この点で、前回お伝えした東京地裁で係争中の「住まいの権利裁判」では、裁判長が「福島県が明け渡しを求める適格性があるのか、県からの主張があればそれに対して原告から反論すればよく、双方の主張を裁判所は審議する」としています。
目黒区の例
これは原発事故による避難者ではなく、津波被災者が住宅を追い出されて訴えた例です。
2011年3月11日の東日本大震災による津波で宮城県気仙沼市の店舗兼住宅が流され、避難所で過ごしていたYさんは、被災前にがんの手術をした夫の状態が悪化したため、市に紹介された友好都市の目黒区の支援の申し出に縋ることにしました。災害救助法による仮設住宅ということで、Yさん夫婦は目黒区民住宅に入居しました。
しかし2018年3月で目黒区は応急仮設住宅供与を打ち切り、Yさんに退去を求めました。Yさんは都営住宅を申し込みましたが当たりません。その年10月に夫が亡くなり、一人になったYさんは引っ越しすることもできず、やむをえずに2021年10月まで区民住宅に住み続けていました。
すると、区はYさんが建物を占拠していると訴え、そして家賃月額19万円を39ヶ月分払えと請求し、Yさんを提訴したのです。当初、区がみなし仮設住宅として用意したのは区営住宅ではなく、元の家賃が19万円、管理費2500円という区民住宅だったのです。区営住宅ならば、都営住宅と同様に収入の少ない人にも廉価な家賃で賃貸する住宅なので、家賃はもっと低いはずなのですが……。区が請求している損害賠償額は家賃と管理費などを含め750万円以上でした。
11月9日に第6回口頭弁論が行われ、「建物占拠」の訴えは取り下げられましたが、損害賠償額は退去日までの家賃を細かく日割り計算し、820万円とさらに増額されました。年内には結審するようですが、このような訴えを行政が起こすこと自体、本当におかしいこと、腹立たしいことだと考えます。
国連特別報告者インタビュー
9月26日から10月7日にかけて、国連特別報告官のセシリア・ヒメネスダマリーさんが来日して、原発事故避難者についても調査しました。今まさに係争中のこれらの裁判についても、調査結果を報告する記者会見の中で語ってくれました。
ヒメネスダマリーさんは、強制避難者と、避難区域外から避難している自主避難者との間で支援に格差があることについて「国際法上、正当な理由がない」と言い、日本政府に是正を求めました。国家公務員宿舎に住み続ける人たちに対し、福島県が未払い家賃の支払を求め提訴していることに関しては、「現在、ある種の公営住宅に居住している国内避難民が裁判で立ち退きを迫られている場合、私はその立ち退き訴訟に賛成できません。私から見て、立ち退きはそこに住む国内避難民に対する人権侵害になりかねないと思うからです。言い換えれば、彼らは再び住む場所を奪われることになるからです。このようなことは本来の保護の姿ではありません。国内避難民の保護に反しているのです」
「衣食住」と言います。3つはどれも命を繋ぐ上でなくてはならないことです。音の響きからこの順になっているのでしょうが、私には「食住衣」と順を変えたい思いがあります。
行政が「住まい」を奪うことなど、決してあってはならないことです。私はずっと住宅追い出し裁判に支援者として関わってきましたが、これらの裁判が大詰めになってきていた時期、国連特別報告者のヒメネスダマリーさんの来日はとても心強いことでした。ヒメネスダマリーさんの真っ当な報告を力にして、避難者の生存権・居住権を行政に認めさせる裁判に、皆様の支援をお願いします。
下記、前回のコラムでお伝えした「原発事故避難者住まいの権利裁判」を支援する会の口座です。ぜひ会員、サポーターになって支えていただければと思います(個人会員3,000円、団体会員5,000円、サポーターは一口1,000円です)。
*
【郵便振替口座】
口座:住まいと人権裁判を支援する会
記号:10170
番号:94981941
※通信欄に住所・氏名をご記入ください。
原発事故避難者住まいの権利裁判を支援する会
代表世話人:熊本美彌子・村田弘・武藤類子・福島敦子・渡辺一枝
連絡先(事務局・瀬戸):setodaisaku7@gmail.com(@を半角に変えてください)