第23回:「ダメ。ゼッタイ。」の無意味さ。いいかげんにハームリダクションに舵を切れ(小林美穂子)

 「こっわ…」
 展示された300点以上のポスターを見始めた時に、思わず口から漏れた言葉だった。
 薬物乱用防止イベントの会場に並べられたポスターには、地元の中学生が描いた頭蓋骨や、落下する女性のシルエット、顔半分が溶けたり、歪んだりしている人、首に縄をかける少女などの絵が所狭しと飾られていた。「壊れる」「地獄」「最期」「闇」「戻れない」など、おおよそ思いつく限りの脅迫的文言がそれぞれの絵に添えられていて心に刺さる。
 それは、教えられた薬物の恐怖を子どもたちが正確に理解したという「成果」であるにもかかわらず、50過ぎた大の大人である私にすら直視が辛く、半分も見ないうちに会場を離れた。子どもにこんなホラーな絵を描かせるのは、果たして良い教育と言えるのだろうか? ある日突然、自分の子どもがこのような絵を描いたら、親は心配するはずだ。
 「どうしたの? 何があったの?」と尋ねるはずだ。しかし、薬物乱用防止イベントでは、むしろ褒められ、表彰される。この絵を描かせているのは東京都なのだから。
 その光景はとてもグロテスクに見えた。私はナイーブなのだろうか。

23年間続けられるポスター制作、効果はあるのか?

 東京都福祉保健局のホームページによれば、東京都では平成11年(1999年)から薬物乱用問題について関心を持ってもらうため、都内の中学生対象にポスターと標語の募集をしているそうだ。
 私が参加したイベントを主催しているのは薬物乱用のない世界を目指す東京都薬物乱用防止推進協議会の地元協議会だ。自治体で選ばれたポスターや標語は、最終的には東京都で更に選抜される。
 この啓発ポスターもすっかり私達の日常に馴染んでしまっている。学校の掲示板で、駅や商店街でたびたび見かけるからだ。
 「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか?」という有名なキャッチコピーはいつの頃だったろうか、読者の皆さんの脳裏にも焼き付いているはずだ。
 私が子ども時代にポスターを描くよう言われていたら、きっと迷うことなくヒビ割れた頭がい骨などの絵を描いたことだろう。大人たちが望む通りのものを描こうと努力したはずだ。しかし、啓発活動の甲斐あって薬物の危険性が刷り込まれた私でさえ、若い頃に市販薬の過剰摂取(オーバードーズ)で救急搬送されたことがある。協議会の人たちが言うような「軽い気持ち」や「好奇心」からでは断じてない。辛かったからだ。生きることがとても辛かったから。月曜日が来ることが耐えがたかったから、私は市販薬のオーバードーズをした。

誰だって何かに依存して生きている

 生活困窮者支援の現場にいる私は、様々な依存症者と出会う。
 私自身もタバコを止められないし、いい歳してゲーム依存でもある。ストレスが溜まるといけない。体に悪いと知りつつもタバコの本数は一、二本増えるし、仕上げなくてはいけない資料があるのにゲームに手を出したりしてしまい、気が付けば頭痛がするまでゲームに打ち込んでいたりする。分かりやすい現実逃避であるが、私は悩みやストレスが増すと意識的に依存先に逃げるようにしている。そうやって精神的なバランスを取り戻しながら日々を送っている。幸い、私の依存は日常生活に大きな影響を及ぼすほどではないので、社会からも周囲からも許されている。そう考えると、誰もが多かれ少なかれ、何かに依存して生きているのではないだろうか。
 依存症リスクのあるものの中でも、いちばん私達の身近にあるものがアルコールで、過剰な摂取は健康被害、交通事故などのリスクを高める。そのことを知らない人は恐らくいない。それにもかかわらず、薬物依存だけがとりわけ糾弾されるのは、覚せい剤や大麻などの薬物が違法とされているからだろう。
 でも繰り返しになるが、薬物と同等か、むしろそれ以上のリスクがあるにもかかわらず、アルコール度数が高い缶酎ハイなどの規制はされず、じゃんじゃんCMまでされるのに、薬物使用だけが凄まじいほどのバッシングを受けることが私は不思議でならない。

ラットパークやベトナム帰還兵から学ぶこと

 薬物乱用防止イベントで何度も繰り返されていた、「(薬物は)一度でも使うとやめられなくなる」は本当だろうか?
 結論からいうと、嘘。
 ベトナム戦争のさなか、自分がいつ誰を殺し、誰かに殺されるかも分からない極限状態の中で、少なくないアメリカ兵たちがヘロインやアヘンなどのドラッグを使用していたことが知られている。では、彼らは戦争後、全員依存症となっただろうか? 「人間やめますか?」のコピーにあったように、人間でなくなったのだろうか?
 答えはNOである。調査の結果、ほとんどの兵士が復員後には薬物を必要としない普通の生活に戻っていることが分かっている。
 今から遡ること44年の1978年、カナダのサイモン・フレーザー大学でブルース・K・アレクサンダー博士が行った「ラットパーク実験」も有名だ。「ねずみの楽園」と呼ばれるこの実験で、薬物依存は外部的要因(生活環境)が原因で引き起こされるという仮説が裏付けられた。
 様々な研究、そして厳しく処罰する方法では薬物問題は解決しなかった敗北経験から、欧米諸国をはじめとする国々では、とうの昔に「ダメ。ゼッタイ。」とは決別をし、ハームリダクション(被害の低減)と呼ばれる薬物問題へのアプローチに舵を切っている。

80以上の国や地域で実践されるハームリダクション

 もう何年も前になるが「ハームリダクション」を知った時には心底驚いた。それまでの私は薬物の中毒性を疑っていなかったし、「ダメ。ゼッタイ。」は自分の意識の中にも沁みこんでいたからだ。
 薬物の過剰摂取による死亡や注射器の使いまわしによる感染症を予防し、その人の命を守るために始まったハームリダクション。この対策に切り替えた国々では、衛生的な注射器や、薬物使用救命キットの配布、薬物使用室の設置など、今の日本では考えられないような取り組みを進めていった。
 カナダでハームリダクションの取り組みが始まったのは、1987年。バンクーバーにカナダ初の「薬物注射室」が開設されたのは2003年、今から19年も前のことだ。
 過剰摂取による急変が起きても対応できるよう、医療者やカウンセラーが常駐し、安心、安全な環境で咎められることもなく薬物が接種でき、この「薬物注射室」内で接種する限り、警察も立ち入ることはできない。NHKのハートネットがかつて【薬物依存を考える “ハームリダクション”の現場から 薬物をやめることより「支援につながること」を重視】と題して特集を組んでいるので是非、読んでみていただきたい。

 バンクーバーに薬物注射室が開設された2003年、日本はどんな様子だったかと振り返ってみれば、自殺者数が戦後史最悪の3万4227人を記録し、テレビではテツandトモの「なんでだろう~♪」が世を席捲していた。公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター(以下dapc)が毎年制作する「ダメ。ゼッタイ。」キャンペーンポスターは、その年に活躍した芸能人や人気スポーツ選手などを起用してきたが、2003年度版は女優の酒井美紀さんが務めている。このポスター、アイドルにいろんなスポーツをさせればいいと思ってるだろ? と勘繰りたくなるほどに爽やかで楽しそう。しかし、「殺される、殺される、殺される」と呪いのような文言入りのものもあり、起用されたアイドルが気の毒である。このキャンペーンポスター、当時の人気や世相なども表していて興味深いので覗いてみてください。2013年以降、アイドルや著名人の登用を止めているのはなんでだろう~♪

薬物乱用をなくしたいなら…

 ハームリダクションは世界各国で薬物使用による死亡者や感染者を減少させているだけでなく、尊厳が守られ、医療者やカウンセラーたちとのつながりができた結果、自発的にリハビリに繋がったり、薬物依存から脱したりするケースが増え、死者だけでなく、利用者自体を顕著に減らしている。
 薬物利用者が増える一方の日本と異なり、他国は薬物過剰摂取による死亡も、利用者そのものも減少させている。結果を出しているのだ。

「ダメ。ゼッタイ。」から一歩先へ

 冒頭の薬物乱用防止イベントで、区の教育関係者は挨拶でこう述べた。
 「小中学生の頃から自分事として考え、行動する必要があると考えている。小6を中心に薬物乱用防止教育を行っているが、そこで学んだこと、感じたことを子どもたちがポスターに表現する。『絶対ダメ』と学んだことが形になって、自分の言葉や絵で表現されていて、感動いたします」と語った。
 また、別の来賓は「芸能人など、どうして叩かれても叩かれても、社会的地位を失ってもまだやるんでしょうね」と不思議そうにおっしゃった。dapcが作る「ダメ。ゼッタイ。」ポスターからアイドルや著名人が消えた理由はそれか?

 「ダメ。ゼッタイ。」が連呼される会場で私は頭を抱えるような気持ちでいた。
 社会の隅々にまで行き渡った「ダメ。ゼッタイ。」は、違法と知り、健康を害すと分かっていても、使わずにはいられないほどに苦しい日々を生きている人たちから「助けて」を奪い、事態を悪化させ、それでも相談できないようにさせなくしまっていることを知っているからだ。
 恐怖とスティグマを植え付ける方法に効果は生まれない。「ダメ。ゼッタイ。」では薬物依存を無くすことはできないどころか、利用者を追い詰める。誰にも相談できなくさせ、社会の居場所を奪い、孤立させ、回復の道を奪ってしまう。禁止薬物利用者は隠れて利用するようになるから、その身をより大きな危険に晒すようになる。
 彼らに必要なのは、安心して相談できる機関であり、厳しい罰則や社会的排除ではない。

 なぜ、薬物乱用が減らないのか。
 なぜ、社会的地位や生活が奪われても薬物を使ってしまうのか。
 その答えは、既に松本俊彦医師や、薬物依存の有名人などがSNSなどでも発信してし、書物も沢山ある。ネット上にも世界のハームリダクションの取り組みが溢れている。

ハウジングファーストとハームリダクション

 私が身を置くつくろい東京ファンドは、「住まいは人権」を旗印にハウジングファースト型支援を展開する団体である。「ハウジングファースト」と必ずセットで取り組まれるのが先に説明した「ハームリダクション」。
 薬物に限らず、アルコールやギャンブルなどの依存症が原因で社会生活を送れなくなったり、家族とも友人とも縁が切れてしまったり、多額の借金を重ねがちな人達もたくさんいる。そんな方たちに依存対象を止めろと迫るのではなく、その依存の度合いによって深刻な健康被害を起こしたり、死に到るのを防いだり、滞納や借金で家を再び失うようなリスクを予防する。その人にとって最も大きなハーム(被害)をリダクション(低減)させるのだ。 
 そして、長い時間を積み重ねて関係を築いていく。その人に関係性が増え、深まるほどに、そして、生活環境が向上すればするほどにその人には失いたくないものが増える。そして長い長い時間をかけた果てに、人との関係性や地域生活の価値の方が捨てがたいと感じた時、はじめてそれらを壊す依存対象と向き合うようになる…かもしれないということを今、実際に体験しているところである。
 私達にとって大切なのは、その人が依存対象をきっぱりやめることなどではなく、その人が生きてくれることだ。

コロナ禍で増えることが予想される薬物利用

 コロナ禍で失職したり減収したりして家庭内での暴力が増加していると聞く。家に居場所がない子ども達や、暴力の被害者たちが助けを求める環境は整っているだろうか?
 ストレスや不安、孤独や痛みが個人の耐性の限界を超える時、それでも生きるために痛みを誤魔化す何かを求める。その何かは、薬物かもしれないし、人かもしれないし、ギャンブルやお酒かもしれないし、自分の腕をカッターで傷つけることかもしれない。
 何かに苦しむ人達が、叱られず、尊厳を踏みにじられることなく、処罰されることもなく、話を聞いてもらえるような態勢は、この社会にあるだろうか?
 「ダメ。ゼッタイ。」から一歩踏み出さない限り薬物乱用は減らない。そして、薬物によってではなく、社会的排除によって、もともと苦しんでいた人たちが更に追い詰められる。そんなことに加担するのはdapcや東京都、そして協議会にとっても、そしてポスターを描いた少年少女たちにとっても不本意なことではないだろうか。
 「ダメ。ゼッタイ。」から一歩踏み出し、どうして薬物が必要になるのか。その人が何に苦しんでいるのかに思いを至らせる社会であってほしい。スティグマを植え付けることでもなく、恐怖で脅すことでもなく、その人の命を守るため、まずは知ることからだと私は考えている。

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小林美穂子
1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。