第620回:不況、氷河期、イラク戦争。ロスジェネを描くドラマ「First Love 初恋」の巻(雨宮処凛)

 2022年もあと数日だ。

 あとから振り返っても「激動」と言われるだろう年だった。

 2月にはロシアによるウクライナ侵攻が突如始まり、7月には安倍元首相の銃撃事件が起きる。コロナ禍でただでさえ現実感がない中、多くのウクライナ人が戦争から逃れて世界に散り、元首相が統一教会にハマった母親を持つ41歳の男に殺害される。

 こうして書いてもなんだか映画のようで、今も現実感がない。そうして7月以来、次々に明らかになる自民党と統一教会の癒着ぶり。こちらもあまりにも映画っぽくて、考えるほどにリアリティが揮発していく。

 そんな22年の暮れから年始を、あなたはどう過ごすだろうか。

 私は例年通り、都内や関東近郊の炊き出しや越年現場を巡るつもりだが、「何もすることがない」という人にオススメしたいのが、ネットフリックスのドラマ「First Love 初恋」(全9話)だ。

 満島ひかりと佐藤健がダブル主演をつとめるこのドラマ、普段、日本のドラマにまったく興味がないのでネットフリックスで配信が始まっても当たり前のようにスルーしていた。が、ある日、ロスジェネ女子と飲酒したところ、激烈に勧めてくるではないか。しかも彼女も日本のドラマに興味がない層なのに激推しだ。「とにかくロスジェネの話なんですよ! 普段ロスジェネとか言ってるんだったら絶対観るべき!」という言葉に押されて観たところ、「なにこのロスジェネ地獄!」「ロスジェネ鎮魂歌?」と止まらなくなって2日で見終えてしまった。

 いろいろネタバレになるのでここから先は要注意だが、舞台は私の出身地でもある北海道。ロスジェネ世代の男女の1990年代から今までの四半世紀が描かれるのだが、北海道という土地柄、主人公は自衛隊に入るわ、東京のチャラついた大学生に「初めて(自衛隊の)ホンモノ見た」とか茶化されるわ、そのうちイラク戦争が始まるわ、渦中のイラクに派遣されてしまうわとまさかの展開。

 ドラマには、当時の小泉首相の「どこが非戦闘地域でどこが戦闘地域かと今この私に聞かれたって、わかるわけないじゃないですか!」と開き直った国会答弁も登場。それを複雑な顔で見つめる自衛隊員たちのあどけなさの残る顔がたまらない。そうしてイラクから戻って数年、この国を東日本大震災が襲う。「First Love 初恋」はバリバリの恋愛ドラマでありながら、いやが応にも日本のこの四半世紀を振り返る作りとなっているのだ。

 ドラマを通して何度も繰り返されるのが、宇多田ヒカルが歌う「First Love」。90年代後半の代表的な曲だろう。そして当時大ヒットした映画『タイタニック』も随所に登場する。

 この曲と映画が流行った90年代後半、私は北海道から上京して数年のフリーターで、普通のバイトじゃとても食えなくて中野のキャバクラで働いていて、いろいろうまくいかないことばかりだった。だけど、少なくとも90年代後半の日本は今よりずっと豊かで、リストカットしていた女の子たちは「豊かな国で生きづらい私たち」という認識で、実際そう口にしていたし、私もそう思ってたし、何より当時のアイドルたちは「ニッポンの未来は(WowWowWowWow)世界が羨む(YeahYeahYeahYeah)」と歌ってたし、「どんなに不景気だって恋はインフレーション」だったし、911テロやアフガン戦争はまだ起きてなくて、バブル崩壊後の不況と言われつつも、なんだか時代は今よりずっと明るかった。

 特にロスジェネでバイトをしていた層は、私も含めてみんな「景気回復までのつなぎ」だと信じていたし、そんな状況がまさかそれから20年以上も続くなんて、そして30代、40代になる頃には一部がホームレス化するなんて、誰も思ってなかった。

 だって「First Love」が発売された99年の2年前、97年は日本の民間平均給与が史上最高額で、同年の雑誌の販売数も過去最多を記録。同じ頃、CDの売り上げも過去最多。バブル崩壊と言っても、メディアではバブルっぽい「過去最多」がしょっちゅう取り上げてられていて、だからこそ、生活は苦しく、バイト生活から抜け出せなくても「日本は貧しい」という感覚などなかったのだ。経済大国日本に住んでいる限り、何かよほどトンデモないことをやらかさなければ食いっぱぐれることなど絶対にない。そんな安心感を、90年代後半、20代前半の私は確実に持っていた。だからこそ、フリーター生活が長引いてもそれほど不安じゃなかった。

 一方で思うのは、91年にバブルが崩壊したのに97年に民間平均給与が史上最高額となるような「時差」がロスジェネを楽観視させ、その人生を大きく狂わせたのではないかということだ。

 ドラマを見ながら、いろんなことを思い出した。

 世代なのに、宇多田ヒカルにもタイタニックにもまったく乗れなくてサブカルに行った身だけど、そんな私もあの時代の空気を確実に呼吸していた。

 就職氷河期なんて言われていたけれど、90年代の頃のロスジェネには、「ラッキー、懲役40年から逃げられるじゃん」みたいな解放感も漂っていた。24時間働くなんてごめん、と多くの若者が思っていて、「フリーター」という言葉が「自由な生き方・働き方」ともてはやされていた。結局、私たちが求めたささやかな「自由」の代償は恐ろしいほどに大きかったけれど、まだまだ若かった私たちはこの国が自分たちを見捨てるなんて思ってもいなかったし、当たり前に明るい未来を信じていた。

 だけど、不況が長引き、自殺者が増え、イラク戦争が始まり、格差社会が定着し、日本津々浦々にシャッター通りが増え、あらゆる不遇が「自己責任」と突き放される時代の中、私たちは少しずつ、見捨てられていることを知っていった。

 そんなロスジェネは数年後、50代を迎える。

 数年前、政府は「20〜22年の3年間でロスジェネ30万人を正社員化する」とブチ上げたものの、正社員となったのはわずか3万人。

 「First Love 初恋」を観て、ロスジェネの叶わなかった夢の数々に思いを馳せた。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。