第24回:「中高年シングル女性の生活状況実態調査」報告書から聞こえる悲鳴(小林美穂子)

コロナ禍の影響を最も受けた女性たち

 12月22日木曜日は、私が担当している「カフェ潮の路」の年内最終営業日だった。
 カフェでは経済的に余裕のある人が、余裕のない人のために料金を先払いする「お福わけ券」というシステムがある。
 コロナ禍でこの券を利用する人たちが急増したのだが、特に若い女性の増加がずっと気がかりだった。
 カフェのポリシー上、相手のご事情はこちらからは聞かない。関係性が構築され、本人が相談したいと思った時にいつでも速攻でサポートできるよう、気持ち的にはクラウチングスタートの姿勢で鼻息荒くSOSを待ち受けている。しかし、2年くらい待って、ようやく相手が相談してくださったときには、既に借金が巨大な雪だるまになっていることもある。それでも、生きてさえいれば解決不能なことなんてないから、とにかくお弁当を食べてもらう。毎週、顔を見てホッとする。本人の力を信じて、見守る。

必死に生きる女性たち

 短い会話の中で、彼女たちがシングルマザーだったり、コロナ禍で失職していたり、なんらかの深い傷を負いながら生き延びてきたことが分かる。
 最初は緊張して恐々カフェの階段を上がってきて、背中を丸めて身を固くしていた女性たちと、何度か会ううちに顔見知りになり、二言三言交わすようになる。
 スタッフたちは彼女たちの笑顔を見ては喜び、顔が見えないと心配し、その人が「今日はお金、払えます」とお福わけ券を断る時には「仕事みつかったのかな」「無理しないといいね」とこっそりエールを送ってきた。
 営業最終日に折り目正しく「本当に助かったんです。一年間、ありがとうございました」と、深々と頭を下げる女性たちと年の瀬の挨拶を交わしながら、私は新しい年が彼女たちにとって、少しでも、少しでも生きやすくなるよう祈らずにはいられない。
 週一度のお弁当や、数か月に一度のフードパントリーなんて、焼け石に水すぎる。生活困窮した彼女たちの生活をまるごと支えるなんて、民間にはできない。この国が単身女性でも生きていける、そんな国になってくれないとダメなのだ。行政が現状に即した雇用形態、最低賃金、賃金格差を改善し、働けない状況下にある人たちのためには多様な支援策を打ち出してくれない限り、どうにもならない。
 恐縮しながらやってくる彼女たちに落ち度など何もない。悪いのは、この国で生きる人たちの命や生活を守れなくなったこの社会だ。私は静かに憤っている。

私たちはここにいる…いないことにしないで

 私の手元に「中高年シングル女性の生活状況実態調査報告書」という資料がある。
 中高年単身女性が集まった自助グループ「わくわくシニアシングルズ」が、40歳以上の単身女性を対象に生活実態調査を行い、2345人ものシングルズから回答を得た調査報告書だ。
 その結果に私は驚かない。それは、私自身(シングルではないが)、全く他人事ではないし、少なくない私の友人たちが共有する日々の、未来への不安だからだ。
 回答者のうち84.6%が就労している。しかし、その形態は正規職員が44.8%、非正規職員が38.7%、自営・フリーランスが14.1%と、正規職員は全体の半数にも満たない。そして、年齢が上がるにつれて正規職員率は下がり、非正規職員率は高くなっていく。
 目を覆うのは、非正規職員の52.7%、自営業(フリーランス)の48.6%が年収200万未満という収入で生活をしているということだ。昨年の調査では年収200万円以下の割合は30.4%だったことから、コロナ禍が影響して減収した人が増えたのではないかと推測できる。

一度レールから降りたら二度と戻れない

 ここで思い出すのが、自分自身のキャリアだ。
 バブル期末期に正社員として就職して、貯金したお金で海外に飛び出した私は、20代後半に結婚を機に日本に戻ってきた。結婚相手は転勤の多い仕事に就いていた。この国では、女性が正社員男性を凌ぐ収入を得るのは至難の業だ。選択肢は限られていた。私は極端に狭まった選択肢の中で、息長く続けられる職業と活躍分野を考え、自己投資をして専門技術を学び、英語の通訳者になった。長い海外生活という経歴があったからこそ実現できたことだ。
 今から20年近く前のことで、通訳者の時給は女性が一人で生きていくに足るものだったから将来何があってもなんとかなると、その時は思っていた。この国がこれほどまでに貧しくなるなんて、想像もしていなかった頃の話だ。
 時は流れ、私は離婚し、なぜか生活困窮者支援の世界にいる。
 困窮者支援で「食う」、ましてや将来の貯金を「貯める」なんて、よほどの優良支援団体か貧困ビジネスでない限り不可能だ。でも、いざとなったらハードル低めの語学関連の仕事に戻れるかしら? と尚も楽観していた私の期待は、50歳を過ぎた頃に打ち砕かれる。
 何の気なしに就職サイトを覗いてみたところ、通訳の時給が暴落していたのだ。中にはほぼ最低賃金みたいなのもある。それでも、さすがは大都市東京。通える地域だけでも募集は何百件もあった。
 「まぁまぁまぁまぁ、時給は低くても働けるなら……」
 必死で気を取り直し、年齢欄の「50以上」をクリックしたとき、なんと何百件もあった募集が0になったのだ。一瞬、自分の目が信じられず、何度か試したが、やはり0、ゼロ、零、none~~~!!
 よく耳にする「女性活躍」という言葉が木っ端みじんに粉砕されて飛び散る思いだった。私が二階元幹事長なら「女性活躍とか口にする男性議員をたたき殺してやらないと」と言ったかもしれないが、幸い私は二階さんではないので言わない。
 キャリアを積んできたつもりの私自身も、20代から年齢が上がると共に選択肢は限定されてきた。年とって医療費もかさみ始めたし、税金払うのに精いっぱいで貯金する余裕なんてない。なのに、将来もらえる年金は7万程度と算出されている。
 アンケートに答えたシングルズも、60代前半で77.1%、60代後半で66.2%、70歳以上でも半数近くの45.9%が働いており、「いつまで働くか」の設問では、全体の65.6%が「生きている限り、死ぬまで」と答えている。

家賃が高い! 年金少ない!

 日本は収入は少ないわりに家賃が高い。中でも東京の家賃は地方とは比べものにならないほどに高い。
 報告書によれば、民間賃貸住宅に居住する人の割合は41.8%で、安価な公営住宅に住んでいる人は全体の6.9%と少ない。ほぼ4人に1人(23.5%)が7万円以上を家賃に費やしており、住居費支払い後の家計に余裕がない人が62.6%と6割を超える。
 収入は上がる見込みもないのに家賃や税金の負担は重く、年金は少ない。老体に鞭打って、生きている限り働き続けることで何とか爪に火を灯す暮らしができたとしても、今度は病気になったり、体が不自由になったらアウトである。貯金や有価証券などの資産を「ない」と答えた人数は26.3%、4人に1人だ。
 働けなくなってしまったら…そんな時のためにあるのが生活保護制度をはじめとする公的サービスなのだが、アンケートの回答結果を見ると、自治体に相談している人は極めて少なく10.9%、つまり1割しかいないことが、日本の生活保護制度の捕捉率の低さ(2割ほど)とリンクしていると感じた。

「扶養照会をやめてほしい」

 今の暮らしぶりを回答者の68.9%が「やや苦しい・大変苦しい」と回答している。
 「やや・大変ゆとりがある」と回答した人が6.4%しかいなかったことに愕然とする。
 調査では、最後のセーフティネットである「生活保護のどこを改善してほしいか」という設問もあった。そのぶっちぎりの1位は……想像するに難くないアレです。そう、扶養照会。
 「扶養照会をやめてほしい」と答えた人61.5%!
 「自立、人として尊厳ある生活をするために一定の現金や生命保険等を持つことを認めて欲しい」と回答した人が56.0%と続き、「住宅扶助・生活扶助・医療扶助などを単体でうけられるようにしてほしい」48.4%、「生活保護基準額を上げてほしい」、「車保有を認めてほしい」「自立・就労支援は、個々人の状況に応じてやってほしい」「ケースワーカーの過度な生活管理をやめてほしい」などと改善要望が複数回答で挙げられていた。

 自由記述に書かれたコメントは是非行政の方々に読んでいただきたい。

■難病を患っており感染のリスクが高いから生活保護を、と考えて地元の市議さんに相談してみたが、やはり兄弟に扶養照会ありとのことで断念。(40代 独身)

■入院して無職で生活保護申請に行っても、まだ働けるでしょ。と、受付すらして貰えなかった。食べるものがないと伝えると、社会福祉協議会を教えられ、そこで何か貰えば? と言われた。めちゃくちゃ厳しく言われたし、精神的に追い詰められた。(50代 非婚/未婚の母 正規職員)

■生活保護のハードルを下げてほしい。もし生活が立ち行かなくなっても、生活保護があるから大丈夫だという安心感があれば、もっと生きやすくなるように思う。(40代 独身 非正規職員)

■ケガをして働けなくなったとき、病気をしたとき、生活保護の相談に行ったことが何回かあります。窓口では話を聞いてもらえず出直すように言われました。「ケガが治るまででも」と言ったら、カードで借金をしてケガが治ったら働けば返済できるだろうと言われ驚きました。せめて話を聞いて相談の窓口や制度について教えてほしかった。(50代 死別 非正規職員)

 福祉事務所には心あるケースワーカーや相談係の方も勿論いる。しかし、実際にひどい対応をする自治体や職員もあちこちに存在することを私は知っているだけに、とても悲しいし、恥ずかしいし、情けない。こんな思いをさせていることを申し訳ないと思うし、制度は一体だれのためにあって、福祉事務所職員の仕事ってなんですか? と、もしも私が二階元幹事長だったら……以下自粛。

貧乏になった国では風呂無し物件はライフスタイル?

 日本はめちゃめちゃ貧乏になっている。
 非正規雇用の拡大により老若男女問わず貧しくなり、反面、金持ちはとてつもなく金持ちになって格差は広がるばかり。
 先日「風呂なし物件、若者捉える シンプルライフ築く礎に」という見出しの日経新聞電子版記事がツイッターで流れて来て唖然とした。


 「風呂なし物件を選ぶ若者がじわりと増えています。家賃を抑えるだけでなく、家の機能を減らしシンプルに生きたいという志向に沿う側面も。地域とのふれあいを求め、銭湯を好む人も多いようです。」とツイッターでも発信している。え、なにいってんの?
 若い人たちが風呂のある部屋に住めなくなっている現実を、あたかも個人が好き好んで選んだライフスタイルであるかのような記事にビックリした。目ぇパチクリである。
 風呂アリ物件に住んでいても、銭湯に行って地域とふれあえるんですけど?
 銭湯が廃業したら? 体調悪くて動きたくないときは? コロナで銭湯が営業休止していた時期もありますけど、その場合、どうすればいいんですか?
 昭和あたりから銭湯は年々数を減らしていて、それは誰もが風呂アリ物件に住めるようになって銭湯の需要が激減したからで、いまや家を失くして生活保護を申請しても、風呂アリ物件を探すように言われるほどに、国が定める「最低限度の生活」にお風呂はついているからなんですけど!! え、もしかして、全体が貧しくなったから、ナショナルミニマム(憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」水準)を引き下げようとしてる? うがちすぎですか? 被害妄想ですか?
 だって、昨今、悪い冗談みたいなことが大真面目な顔で繰り出されるから油断できない。選択肢の無さを「個人の選んだライフスタイル」にすり替える記事には違和感しかない。

誰もが生きられる国を目指せ

 コロナと物価高が最も脆弱な立場に置かれた女性たちを直撃する。今この時も、たった一人、不安で眠れぬ夜を過ごす中高年女性たちがいる。先の見通しが全くつかず「長生きなんてするもんじゃない」「早く死んだ方がいい」、そんな言葉をつぶやく友人たちが私の周りにもいる。
 そんな中、政府は防衛費を今後5年間で43兆円と大幅に増やすことを閣議決定した。
 非正規雇用の拡大も政治の問題だが、貧困は私たちの責任ではない。私たちが生き方の選択を間違えたからでもない。政治の責任だ。貧困は政治によってもたらされている。
 令和の今、生き方は多様化している。正規職員の夫と妻、子ども二人というモデルと異なる生き方を選択した誰もが生きられるような支援策や雇用環境を整えるのが政治の役目だ。40代~の中高年シングルズが味わう不安や苦しみを放置すれば、更に若い世代の女性たちの未来をも摘むことにもなる。そんな国に希望はない。

データ出典:わくわくシニアシングルズ
https://seniorsingles.webnode.jp/

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小林美穂子
1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。