第250回:不同意の意思を示さなければ同意とみなす? そんなバカな!(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

いくら何でも、それはないだろっ!

 なんと、このコラム「祝 連載250回!」なのであった。よく続いたなあ。書かせてくれている編集部もエライけれど、読んでくれている(ごく少数の)読者の方たちにも、感謝の意を表します…。
 ほんとうにひどい世の中だけど、みなさんへの感謝を込めて、今回こそは楽しい文章を書きたいと思っていた。でもねえ、たまたまこんな記事を目にしちゃったものだから、やはり怒りがこみ上げた。いくら何でも、それはないよなあ…と。
 読売新聞が1月13日に配信した以下のような記事だ。

「不同意」伝えない場合、
マイナンバーと届け出済み口座をひも付け
…デジタル庁検討

 デジタル庁は、自治体などに届け出済みの年金や児童手当の口座を持つ国民に対し、マイナンバーにひも付けた「公金受取口座」への登録を促す新たな制度を導入する方向だ。口座を持つ人に、公金受取口座としても登録するかどうか、自治体が郵便などで尋ねる。本人が一定期間のうちに不同意の意思を示さなければ、同意したとみなして登録する仕組みを検討している。
 通常国会に提出する預貯金口座登録法の改正案に盛り込む。これまでも自治体などが登録の意思を確認するケースがあったが、本人の同意が必要だった。口座がない人には、引き続き自主的な登録を呼びかける。
 政府は2022年から、自ら公金受取口座の登録した人に、マイナポイント7500円分を支給する事業を行っている。しかし、22年末時点で交付済みのマイナンバーカード7127万枚のうち、公金受取口座の登録数は3225万件と、約45%にとどまっている。
 新型コロナウイルス関連の給付金は、申請時に通帳のコピーなどを添付する必要があり、支給に時間がかかったと批判された。公金受取口座の登録がすすめば、自治体などが口座情報を確認する手間が省け、迅速な支給は可能になる。

 読売新聞らしく、まるで政府広報みたいな記事だ。利便性のみを強調しているけれど、その危険性などはまったく無視だ。預貯金の口座番号を一枚のカードにひも付されることの恐ろしさに、一言も触れていない。
 それより問題なのは「不同意を伝えない場合は同意」としてしまう、ということだ。こんなひどいことがあるか。
 そんな通知がデジタル庁から来た場合、それに対応できない人がどれほどいると思っているのだろう。通知書を失くしたり、来たのを忘れたりすることだってある。また、ひも付されるのが嫌だからという理由で返事しない場合だって、当然ある。
 さまざまな理由で「同意の返事」をしなかった場合、それは「同意したと同じこと」とされてしまう、というのである。
 これまでも同じようなケースが自治体ではあったけれど、その場合は本人の「同意」が必要だったという。ところがデジタル庁の方針では、返事がなければ同意とみなす。意訳すれば、「お国の言うことに返事をしないんなら、こちらで勝手にやってしまうかんね! 返事しないお前が悪いんだかんね、文句あっか!」というわけだ。
 勝手に国民の懐具合を政府が覗こうとする。んなバカなっ!
 こんなデタラメが許されますか⁉

イヤだと言わなきゃ同意した?

 この、「不同意の意思を示さない場合は同意とみなす」というデジタル庁のロジックで、ふと思い出したことがある。「不同意性交罪」である。
 これは簡単に言えば、相手が同意していないにもかかわらず、性交に及んだ者を処罰する規定を新たに作ろうということである。
 背景には、さまざまな事件があった。2019年、福岡地裁久留米支部、静岡地裁浜松支部、名古屋地裁岡崎支部、静岡地裁で、性犯罪に関する事件について4件連続して無罪判決が続いた。普通の感覚から言えば納得しがたいけれど、いずれも現行法が男性サイドに有利に働いた。
 これに対して、2019年に東京で始まったのが抗議の「フラワーデモ」だった。またたく間に全国に拡がった。毎月11日に花を持ち、性暴力被害者に寄り添うという意味を込めたデモである。
 伊藤詩織さんの事件では、相手の元TBS記者の山口敬之氏は、結局、逮捕を免れたが、民事訴訟では「山口氏は同意なく性行為に及んだ」と認定され332万円の賠償命令が確定している。
 そこで、刑法の性犯罪規定の在り方を検討する法務大臣の諮問機関「法制審議会」が、強制性交罪などで処罰できる法律の見直しに入った。けれど、その具体的な内容に関しては議論が煮詰まらず、結局「不同意性交罪」は見送りということになってしまった。
 詳しい中身には触れないけれど、この「不同意」という状況と内容をどうとらえるのかが、まとまらなかったためだという。だが、これは是が非でも成立させなければいけない法律だとぼくは思う。
 「不同意の意思」を示すことがなかった場合でも、それを「同意」とみなすことはできないだろう。「イヤだと言わなかったから同意した」などというのは、まさに詭弁の極致である。
 つまり、前述の「マイナンバーカードの口座ひも付け」も同じことだ。「登録を呼びかけたのに返事がなかったのは、登録に同意したとみなす」というリクツ。
 官僚用語辞典ではそうなっているらしいが、一般の「国語辞典」でそんな用法は見たことがない。

タモリさんの「新しい戦前」発言をめぐって

 しかし、同じような論法を用いる人はどこにでもいる。例えば、ぼくはツイッターで以下のような経験をした。
 昨年末の「徹子の部屋」で、ゲストのタモリさんが、徹子さんに「来年はどんな年になるでしょうか」と尋ねられて「新しい戦前になるんじゃないでしょうか」と答えたことが、大きな話題になった。
 それに関連して、ある人が、以下のようなツイートをしていた。

タモリは防衛費増額を否定していません

 ぼくは、アレッ?と思った。
 タモリさんは「防衛費増額は否定しません」などとほんとうに言ったのか? それならば、あの発言の意味も相当違ってくるのではないか。そこでぼくは、その方に、こんな問いかけをしてしまった。

これ、タモリさんが、実際にそう言ったのですか?

 すると、その人はこう答えてくれた。

わざわざ「否定していない」と曖昧な表現を用いているのは、どちらともいえないからです。

 ぼくは、このツイートには反応しなかった。だって、反応しようがないじゃないか。でも他の人が、このツイートに反論らしきものを寄せていた。すると、元ツイの人は以下のように返していた。

「新しい戦前になるかも」とだけ言っているので、「防衛費増額するな!戦争になる!」とは言っていないわけです。(左派の皆さんがそう捉えただけです。)別に「新しい戦前になるかもしれないので防衛力を高めて平和にしましょう」を否定したコメントなわけではありません。

 ぼくはちょっと感心した。
 ふ~ん、こんな論法があるんだなあ。なんだか「不同意の意思を示さなければ同意とみなす」みたいな言い方だと感じたのだ。
 Aとは言ったがBとは言っていない。したがってBを否定しているわけじゃない。そりゃそうだ。Bには最初から言及していないのだから、Bは無関係なのだ。それを、AとBを無理に結び付けて論を立てるからおかしなことになる。
 つまり、タモリさんの言ったのは「新しい戦前」ということであり、防衛費増などに言及していない。だから防衛費増はここでは議論の対象にならない。それを「言っていないから否定していない」というのは、論としてはまったく成立しない。これを認めてしまうと、何にでも通用することになる。いくらなんでも、それは…。

 官僚用法がこんなところにも入り込んでいるのだなあ、と思った。
 でも、これを認めるとほんとうに議論なんか成り立たなくなる。官僚語法が一般の人にも浸透し始めたみたいだ。
 これはかなりヤバい現象だと、ぼくは思った。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。