第114回:バケツリレーと安保3文書~意味のない訓練をやる意味~(三上智恵)

 昨年11月末、沖縄県最西端の島・与那国島の「島民避難訓練」の映像が繰り返し全国ニュースで流れた。

 たったの20人しか参加しない田舎町の避難訓練が、なぜ全国ネットになるのか。それは、ミサイルの飛来を想定した訓練であり、最近実際に近くにミサイルが飛んできた島であり、「台湾有事」に最も近い島の訓練というイメージがあるからだ。が、映っているのは、コンクリートの公民館に逃げ込んで、窓のない部屋で頭を抱えるだけの間の抜けた姿。誰が見ても、こんなことでミサイルから身を守れるのか? と目が点になるような映像だ。しかし各局が大真面目に、ニュースもワイドショー含めて繰り返しそれを流したさまを見て、「こうやって利用されていくんだな」と私は苦い悔しさのようなものを抑えきれなかった。

 「国境の島は大変不安だろう」
 「いよいよ迫ってきたのか。国防をしっかりしないと」
 「これは軍事費を渋っている場合ではない。増税もやむを得ない」

 このような映像を見せられれば、視聴者の関心はどうしても国防に向けられる。危機を煽れば煽るほど、軍拡増税のハードルは下がっていく。私はその時期東京にいたのだが、与那国の映像がテレビに映し出されるたびに、軍事費が「チャリン、チャリン」と投げ入れられていく感じがした。昨年盛んに特集された、与那国の漁師たちの映像もそうだ。

 「操業海域近くにミサイルが落ちた」
 「逃げる場所もない。シェルターも必要では」

 漁協を取材しこんなセリフを引き出す「危機にある国境の島」的な企画も同じだ。スタジオではキャスターが「彼らが安心して漁に出られる、そういう国防でなければなりません」などと付け加える。

 危機が煽られれば視聴者は、軍備増強することも、日米同盟や中国包囲網を構築することも、好ましく思うようになる。しかし、戦争する国に国民を誘導する、そのアイコンのように与那国島を使うのは勘弁してほしい。島の豊かな文化や生活を描くことなく、国防に翻弄される姿だけ切り取って利用するのはやめてほしい。悶々としながら沖縄に戻ると、安保3文書が出揃い、閣議決定へとあれよあれよと進んでいった12月。この国は今まさに、振り落とされそうな勢いで軍国主義へと突き進んでいる。

 それが南西諸島にどう影響するか、安保3文書の閣議決定の内容を整理しておこう。

  • 「GDP比2%」を目指して5年で防衛費を倍増⇒世界第3位の軍事国家に。
  • 敵基地攻撃能力を持つ。敵基地に届く巡航ミサイルのトマホークと、自衛隊の「12式地対艦ミサイル」の飛距離を伸ばしたものは主に南西諸島に置かれる⇒専守防衛国家をやめたも同じ。
  • 「日本が主たる責任を持って対処」「同盟国・同志国と連携して現状変更を阻止」と明記⇒仮に米軍やNATOが不在でも、日本人が日本の国土で戦う覚悟を国際社会に宣言。
  • 「最大の戦略的挑戦」と厳しい言葉で中国を敵視⇒中国は「顔に泥を塗られた」と激怒。

 つまり日本は、敵国の攻撃も先制攻撃も可能な世界第3位の軍事国家になり、日本人が主役になって国土で中国と戦う覚悟を内外に示した。国際社会が驚くほどの変化だ。その直後に決まった予算内容も含め、これで南西諸島は軍事化の激流にさらされていくことになる。

 さっそく那覇駐屯地司令部や与那国島の自衛隊基地の地下化が発表された。シェルター建設に予算が付いたことも併せて、これは防衛省がここにミサイルの雨が降ると認めたも同然である。

 さらに今年、島々の港湾、空港の軍事用強化が動き出す。EABO(遠征前方基地作戦)という米軍の作戦を可能にするための整備だ。海兵隊は、中国の反撃を避けながら小編成部隊で島々を転々としてミサイルを撃つ。だから各島に軍艦が接岸できる港、戦闘機F35が離着陸できる滑走路が必要になる。ところが政府は、住民避難のための港湾整備のように説明している。これに反対すれば、離島の安全確保のためのインフラ整備を邪魔するのか? と言われかねない。

 沖縄じゅうに兵站基地が作られる。昨年、アメリカ軍の弾薬庫(嘉手納弾薬庫と辺野古弾薬庫)を自衛隊も共同使用する方針が固まったが、まだ足りないと、沖縄市池原の自衛隊沖縄訓練場に武器弾薬を保管する補給拠点を造る計画が発表された。ただでさえ嘉手納弾薬庫を抱えて万が一の心配をしてきたのに、と沖縄市では反発の声が上がっている。

 こうして反対の声ばかり上がるようでは防衛相も頭が痛いのだろう。今回、とんでもない「3億円の交付金」が予算化された。訓練に協力した自治体に「訓練交付金」を出すという。自分の島で戦争準備をしないで、という声を封じる札ビラとして税金が使われる。

 さらに酷い話は、米軍が沖縄に無人ミサイルを置くことだ。確かに、ミサイル発射拠点は瞬時に暴露されて反撃を受けるから、地対艦ミサイルを無人で発射すれば米兵は死なずに済む。しかし発射に使われた島々に死傷者が出るのは防げない。EABOでミサイルを撃って移動する作戦もそうだが、残った島人は反撃にさらされる。

 これら数々の恐ろしいことを、県民に知らせもせず決めていくのが「国の専権事項」だとしたら、この国は「国防は民主主義を停止させて構わない」と認めたも同然だ。それはもはや民主主義国家ではない。とんでもない状況が今、どんどん生まれているのだ。

 そんな最悪の年明けを迎えた沖縄で、新年早々嫌なニュースが入ってきた。なんとあの与那国でやったのと同じ避難訓練を、県都・那覇市でもやるというではないか。「X国から弾道ミサイルが発射された」想定で1月21日土曜日に実施されるということで、あわてた市民が5日前から毎日、那覇市役所の前に立って「危機を煽るミサイル避難訓練は即刻中止して」と声を上げた。これは団体ではなく、いち早く動いた4人が核となってはじまった抵抗で、当日の訓練現場では70人までに増えていた。

 参加者は、口々に納得できないと憤る。そもそも、ミサイルを発射するX国とはどこなのか。なぜここに飛んでくるのか。那覇市の施設の地下駐車場に住民を避難させるというが、それで安全だという根拠はあるのか。30万人余りの那覇市民が隠れる地下はないが、いざというときはどう指示をするのか。那覇市は国と一体になって戦争の危機を煽るのか。抗議を続ける人々は那覇市に回答を求めた。根本的に「備えあれば患(うれ)いなし」とはならない、市民がさらなる不安に陥るような訓練をする意味はどこにあるのか?

 先の大戦で、全国各地域で取り組まれた「バケツリレー」。地域の安全は自分たちで守ろうと勇んで消火訓練を繰り返したが、アメリカ軍が投下する焼夷弾の前に全く機能しなかった。日々の「竹やり訓練」も、実際に鬼畜米英を殺すことはなかった。両方とも、何の役にも立たなかったのだ。とんだ笑い話なのだが、しかし令和の私たちは、もう笑えない。

 「そんなことやったって無駄でしょ? それより今は必死に戦争しない方法を考えるべきでは?」

 その当たり前が言えない空気、みんなで団結するべき時に協力しないとまずいという思考停止はもう県や市町村を上げて始まっている。

 戦時中、火事も消せなかったバケツリレーが、いったい何の役にたったのか? それは、国防婦人会が地域社会の非協力的な人間を炙り出すのに役立った。いったんバケツリレーに参加したらもう、竹やり訓練に移行する流れには逆らえない。銃後の社会を乱す「非国民」は誰か。不安と欠乏は、憎悪を注ぎ込む相手を求める。「あなたのような人がいるから負けるのよ!」と叩く相手を探す。

 バケツリレーと竹やり訓練が実際に機能するかどうかは、実はどうでもよかった。心の戦争準備と思考停止、それを浸透させるツールとして見事に機能したのだ。振り返って、今回の避難訓練はどうか。映像を見てもらえればわかるように、「これでミサイルから本当に身を守れるかどうか?」は、きっと誰も真剣に考えてはいない。参加した人たちは、国に協力し、地域に協力した。自分に課せられた仕事以上の意見は言わない。何もしないよりはいい、と不安も紛れた。少なくとも、一生懸命やっている消防団員を困らせるような抗議などはしない。

 それのどこが悪いの? 何が問題なの? というかもしれない。そこが肝だ。それこそが戦争協力であり、多くの人を死に追いやった戦争を動かす原動力になっていったのだ。ここがわからないと、また戦争を起こす側になるのだと私は厳しく問いたい。災害訓練の皮をかぶっている戦争訓練に協力するのですか? またバケツリレーを始めるのですか? と問わなくてはならない。早くも非国民を炙り出したいのですか? と問わずにはいられない。

 3月には沖縄で、台湾有事を念頭に、離島住民の避難手順を具体的にたどる大規模な図上訓練が予定されている。もう待ったなしなのだ。国・沖縄県と離島の5市町村が、民間の輸送手段を使って九州まで避難させるシミュレーションを実施するという。これら「国民保護法」に基づいた訓練と称するものが、これからあらゆるレベルでどんどん繰り返されていくだろう。最初のいくつかで止められなかったら、もう異議を唱えるものは排除される、そういう空気に支配されるのは時間の問題だ。そうやって素直に「国民保護」という言葉を信じ、逃げることと隠れることに埋没した大衆には、もはや戦争を止める力は持ち得ない。だからこそ、逃げる訓練をする前に、冷静な頭のうちに戦争を止めようと抗議に集まった人たちは叫んでいるのだ。

 午前10時。ミサイルが発射された体で、サイレンが鳴る。「ミサイルが発射されたと思われます」というのっぺりとした男性のアナウンスが流れて、みんなで地下に移動。地下駐車場では壁に沿って座り、頭を抱えてミサイルをやり過ごすポーズをとった。10時8分にミサイルは通過したという。そんな「ごっこ」なのだが、地下室の様子、かつての防空頭巾のようなものをかぶった子どもたちの怯えたような顔を、ぜひ動画で見てほしい。笑い話のような訓練のはずが、78年前、暗いガマ(洞窟)の中で怯えていた子どもたちの姿を想起して絶句した人間は私一人ではないだろう。訓練に参加した、ある若いお母さんは言った。

 「参加してよかった。でも、抗議する人の声で指示が聞こえなかったのが残念だった」

 彼女は反対運動の人たちに訓練を邪魔されたと感じたのだろう。しかしお母さん。あなたがあの日聞くべきだったのは、本当に避難を指示する声だったのか?「避難より戦争を止める方が先でしょ!?」という叫びにこそ耳を傾けるべきではなかったのか?

 避難先の本土のどこかで、仮設住宅暮らしを始めてからでは遅すぎる。生まれ島で安心して子育てを続けたいと思うのなら、今こそ「そもそもなんで沖縄が戦場にならなければいけないの?」という問いに正面から向き合って、この流れを一緒に止めてほしい。いま必要なのはバケツリレーに参加することではなく、まだ間に合うから、と仲間を誘って「隣の国と仲良くしたい」と叫ぶこと。未来の子どもたちに渡す沖縄がどす黒い戦雲に飲み込まれそうになっていることを知らせあって、みんなで暗雲を吹き飛ばす行動力ではないだろうか。

三上智恵監督『沖縄記録映画』
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標的の村』『戦場ぬ止み』『標的の島 風かたか』『沖縄スパイ戦史』――沖縄戦から辺野古・高江・先島諸島の平和のための闘いと、沖縄を記録し続けている三上智恵監督が継続した取材を行うために「沖縄記録映画」製作協力金へのご支援をお願いします。
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三上 智恵
三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移住。同局のローカルワイドニュース番組のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。14年にフリー転身。15年に『戦場ぬ止み』、17年に『標的の島 風(かじ)かたか』、18年『沖縄スパイ戦史』(大矢英代共同監督)公開。著書に『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)、『女子力で読み解く基地神話』(島洋子氏との共著/かもがわ出版)、『風かたか 『標的の島』撮影記』(大月書店)など。2020年に『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社)で第63回JCJ賞受賞。 (プロフィール写真/吉崎貴幸)