第28回:増え続ける空き家と部屋を借りられない人々の不安と苦悩(小林美穂子)

 マガジン9読者の皆さん、お久しぶりです。「明日できることは明日やる」をモットーに、やらなきゃならないことも先送りして呑気に構えていたら、いよいよ仕事が積もりに積もってしまい、にっちもさっちもいかなくなって恐慌をきたし、2カ月ほど連載をお休みさせていただきました。心配してくださった皆さん、ありがとうございました。
 私は五十肩に苦しんだり、階段で滑って尾てい骨をしたたかに打ったりして落ち着きのなさは相変わらずですが、そこそこ元気にしております。ところで、「にっちもさっちも」ってなんでしょうね? 「それを考えると一晩中寝られないの」でお茶の間を温かい笑いに包んでくれた春日三球さんのご冥福をお祈りいたします。

※「にっちもさっちも」は辞書で調べましたので、ちゃんと眠れました。

「住まいは人権」ハウジングファーストとは

 さて、連載復活の今日は、部屋探しの困難について。
 私が何となく属している「一般社団法人つくろい東京ファンド」は「住まいは人権」を旗印にハウジングファースト型の支援をする団体だ。「ハウジングファースト」を大雑把に説明すると、安心安全が守られた揺るがない自分の家/部屋があってこそ、健康が保たれ、治療に専念したり、その人らしい社会生活が送れたりできるだろう、という当たり前といえば当たり前な考え方だ。
 「住まい」は人の生活の基盤である。居所を失い生活困窮する人達は、そこに到るまでにも様々な背景や困難を抱えながら生き抜いてきている。頼る人がほぼ皆無な場合も多い。これまで受けるべきだったサポートを全く受けずに自力でサバイブしてきた人達には、まずは安心できる環境を整えることが必要だ。その安心できる環境は、背景の異なる人達が雑居する相部屋施設でもなければ、生活保護費のほとんどをピンハネする貧困ビジネスでも、門限やルールでがんじがらめの監視・管理型施設でもない。
 その人の背景、疾病にかかわらず、その人の意思を尊重し、希望すれば自分名義のアパートを確保してもらう。そして、必要とする医療やサポートを付け加えることで地域生活を支える。そんなハウジングファーストの理念や支援方法はアメリカで始まり、世界各国で広がっている。

「高齢者に部屋を貸したくないのは、死ぬから」

 6月16日にツイッターを流し読みしていたら、こんな記事が目に留まった。

 「『65歳以上というだけで門前払い』家を借りられない高齢者が増加、4人に1人が賃貸の“入居拒否”を経験」(日刊SPA!/2023年6月16日)

 私は家をなくして生活困窮した人達の生活保護申請にも同行するが、家探しも同行することが多い。ちょうどこの記事が配信される数日前に、東京北東部の不動産屋から「65歳以上は厳しくなってきた」と聞かされて驚いたばかりだった。数年前なら65歳はまだまだ大丈夫で、75歳を越えると難度が上がる印象だったからだ。
 今から6年前の夏、私は生活保護利用をしている77歳男性の部屋探しに奔走していた。痛むひざを杖に預けるようにして歩く彼と一緒に汗だくになって内見をしてまわり、いざ申し込んでも、保証会社や大家審査で落とされる。予想はしていたものの、途中から「どうせいっちゅうんじゃ!」と怒りがこみあげてくる。
 真夏の太陽が照り付けるアスファルトを歩きながら、大手不動産チェーンのスタッフは「高齢者だと大家さんも嫌がるんですよね。でも、分からないでもないです。部屋で亡くなられると原状回復に100万円以上のお金がかかるから」と言った。
 それを高齢者の客の前で言うか? と、まず驚き、そして、若い人は死なないんですか? つーか、おめぇは死なねぇのかよという言葉をグッと飲み込んだ。高齢者を「死ぬから」と敬遠する大家はおいくつなのだろう? 永遠の命を授かった仙人なのだろうか。納得がいかない。
 もちろん、家主の懸念も分かる。しかし、歳を重ねることで部屋すら借りられない状況はおかしいではないか。どうせいっちゅうんじゃ! である。
 高齢者が部屋を借りられない、この困った状況は昨今始まったことではない。ならば都や国は減らす一方の公営住宅を増やすとか、孤立死を防ぐ対策をするとか、孤立死が起きた場合の原状回復費の補償とかすべきでないの? 何もしないで個人や民間に丸投げして小石蹴りながら口笛吹いているから、高齢者が部屋も見つからない状態が続く。
 結局、足の悪い77歳とは夏の間中3カ月間部屋を探し回った挙句に諦め、団体でアパートの一室を借り上げて入居に到った。

信頼のない人々(含む、私)

 部屋探しに苦労するのは高齢者だけに留まらない。外国人、シングルマザー、LGBTQ+、非正規などで働く低所得者、障害者、単身女性、生活保護利用者なども入居を阻まれることは多い。
 ちなみに私は単身中年女性枠で苦労したことがある。
 離婚をして一人で部屋を借りる際、NPO職員という社会的には知名度が低すぎる職種が災いして、気に入った物件の審査をガンガン落とされた。
 自らをシングルマザーと名乗っていた不動産スタッフは、何度目かの内見から戻る車中で「別れた旦那さんにお願いして名前だけでも貸してもらったらどうですか?」と大企業勤務の元夫名義で申し込むことを提案してきた。親切な提案をしたつもりだったのだろうが、私は車の後部座席で屈辱に耐えきれなくなっていた。この国で「女」で「単身」で「NPO勤務の40歳」は部屋を借りる信頼すらないのかと愕然とした。これまでの信頼はすべて「夫」に付与されていた信頼で、私には何もなかった。40年生きてきて、私は部屋も借りられない。
 死にたくなるほどの絶望から私を守ったのは貯金額だった。
 当時、私にはある程度のまとまったお金があった。呆れ果て、怒り狂う内心を抑えながら通帳をカウンターに叩きつけたところ、職員の動きがにわかに機敏になり、コピーを取られてから5分後くらいにすべての審査が通った。しかし、私に貯金がなかったら、私の尊厳はズタズタにされただけでなく、部屋探しの旅は延々続いていて、断られ続け、選択肢もどんどん狭まっていただろう。
 ちなみに本の著作がたくさんあるツレアイも、今の家の審査で落ちている。最終的に保証料を倍に上乗せされてようやく通ったが、普段あまり感情的にならないツレが静かに怒り狂っていた。世間のNPOや一般社団法人に対する扱いってひどい。
 ちなみに今の私にはかつての貯金は既にない。次に同じようなことが起きたら、どうやって尊厳を保てばいいのだろう。

シングル女性たちの切実な声

 6月18日の日曜日、7月で50年の歴史に幕が下ろされる中野サンプラザ(東京都中野区)で「住まいの貧困に取り組むネットワーク」が企画する報告会「ジェンダーと女性の住まいの状況-多様な住要求と支援」が開催された。
 以前、本連載でも記事にした「わくわくシニアシングルズ」の大矢さよ子さんの報告では、家賃に苦しみ、高齢になってから部屋が借りられなくなるシングル女性たちの不安が浮き彫りになった。
 非正規職で働いている35歳~54歳の子どものいないシングル女性の実に44.8%が、悩みや不安に「住まい」を挙げていた。
 そして、異口同音に「公営住宅を増やしてほしい」「家賃補助をしてほしい」「家族がいないので保証人や連絡先が部屋探しの障壁になる」と不安や希望を述べている。
 ちなみに海外の住宅事情と反比例するように、日本では年々公営住宅が数を減らし続けており、東京都では石原都政あたりから増えていない。

生活保護利用者に対する偏見

 私が部屋をなかなか借りられなかったのは、不安定な職種と低収入、今後も低賃金就労しか期待できないであろう性別と年齢のせいだったと思うが、ならば、自治体から安定した住宅扶助が支給される生活保護利用者はどうかといえば、これがまた大変なのだ。
 生活保護を利用し始めた方が部屋探しをする際、必ず聞かれるのが、次の質問である。
 「なぜ、生活保護を利用するに至ったか」
 んなもん、生活に困ったからに決まっとるやんけ! と言いたくなるが、部屋を探してくれる仲介業者や、審査をする家賃保証会社、部屋のオーナー(大家)が知りたいのはそこではない。実はこの質問自体が偏見の塊で、「生活に困るということは、彼らに何等かの問題があるからに違いない」という憶測に基づいている。失礼極まりないと思うが、この関所は避けて通ることはできない。
 高齢だと「死ぬから」という理由で断られる。
 じゃあ、若ければいいのかと言えば、さにあらず。若いのに生活保護ってことは、何かあるに違いないと思われる。そこで、理由を更に詮索される。
 「コロナ禍による失職」は、コロナ禍2年間ほどは印象が良く、部屋探しがスムーズだった。しかし、例えば、疾病や障害などだとあからさまに審査が通りにくくなる。
 発達障害で職場環境になじめなかった、過労からうつ病を発症している、複雑な家庭環境から逃げて来て親族を緊急連絡先にできないなど、より手厚いサポートや安心安全な環境が必要な方たちほど審査に落ちてしまう。

国や自治体はいつまでこの現状に知らん顔か

 大家が精神的に不安定な方の入居に不安を感じるのは、ある程度は理解ができる。私が関わった方のケースで、家賃滞納などでご迷惑をかけてしまったことがあるのも事実だ。しかし、精神疾患がある人も、発達障害をお持ちの方もそれぞれみんな違うのだ。誰もかれをもひとまとめにして落とすのは、いくらなんでも理不尽だと、彼らの隣で拒絶の雨を浴びながら感じるのだ。
 とはいえ、現在の日本の経済状況にあって、物件は大家さんにとっても大事な資産。そして、空き物件が多い昨今、どうすれば健全な需要と供給が実現されるかを私なりに考えた。

  1. 公営住宅を増やす。新たに建てるのは時間もお金もかかるので、民間や個人の空き物件を都や県が借り上げ、公営住宅として使う。そして、入居者資格を大きく広げる。
  2. 民間あるいは個人の物件で孤立死や大きな破損などがあった場合は、国が補償する。
  3. 民間や個人物件で高齢者や障害者などを積極的に受け入れる物件に補助金を出して貸主を励ます。

※ちなみに、2017年に高齢者・外国人・障害者など「住宅確保要配慮者」への賃貸住宅の入居を促進する目的で「改正住宅セーフティネット法」ができたが、認知度が低いうえに現実的なニーズにあっていないため、ほとんど機能していない。

 住まいを巡る差別は酷いものがあるが、それは国がすべての責任を民間や個人に押し付けてきたために起きていることだ。おかげでみんな辛い。
 社会問題のほころびはあらゆるところに出ているのに何もしてくれない。
 住まいは人が生活を送るための基礎の部分だ。住まいは人権。この国で暮らす誰もが安心・安全な部屋に住めるよう保障されるだけで、差別・偏見は緩和されるだろうし、近い将来を心配して眠れぬ夜を過ごす多くの人達がホッと安堵して生きていくことができるのだ。
 喫緊の課題である。これまで何もしてくれなかった分、10倍速くらいの速度で着手して欲しい。

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小林美穂子
1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。