第641回:関東大震災から100年の日に公開される『福田村事件』。の巻(雨宮処凛)

 エンドロールが終わっても、しばらく席を立てなかった。

 それくらいの衝撃作を観た。それは森達也監督の『福田村事件』

 今から100年前の関東大震災の時に起きた実際の事件を映画化したものだ。

 事件が起きたのは震災から5日後の1923年9月6日。

 大震災後の混乱の中、関東近郊には戒厳令が施行され、「朝鮮人が火をつけている」「朝鮮人が井戸に毒を入れている」「朝鮮人が集団で襲ってくる」などの流言飛語が飛び交い、自警団が作られるなどしていた。新聞もそれを否定するどころか煽るような記事を掲載。混乱に乗じて、警察は社会主義者たちを「保護する」と言いつつ殺害する「亀戸事件」も起きる。不穏な情勢の中、事件が起きたのは千葉県東葛飾郡福田村(現在の野田市)。

 自警団を含む100人以上の村人たちが、香川から訪れた薬売りの行商団を殺害したのだ。

 殺されたのは行商団15人のうち、子どもや妊婦を含む9人(胎児も含めると10人)。

 殺害された理由は、「朝鮮人だと疑われた」こと。讃岐弁の言葉遣いなどから「お前ら日本人じゃないだろ!」「朝鮮人だろ!」と責め立てられた果てに、暴徒化した群衆に殺害されたのだ。

 事件後、自警団員8人が逮捕されて実刑となったものの、わずか2年で恩赦により釈放される。ということは、無実の人々を惨殺した8人が、戦後の日本で普通に生きてきたのだろう。そのような事情があってなのだろうか、長らく闇に葬られ、忘れられてきた福田村事件が100年の沈黙を経て映画として蘇ったのである。

 描かれているのは、森達也氏がずっとテーマにしてきた「普通の人々の暴走」だ。

 普段は善人と言われる人たちが、集団化し、自らを防御するために過剰な攻撃の刃を外部に向ける。そこには「お国のため」「お上のため」という大義もあれば、村社会で生きていかなければならない村人たちの「村八分になりたくない」という切実な思いもある。だからこそ、誰も逆らえない。逆らえば、自らが「裏切り者」とされ、排除されてしまうかもしれないのだ。

 同時にあるのは、常日頃からうっすらと感じている恐怖だ。何かが起これば、「朝鮮人」から復讐されるかもしれないという思い。みんなの中にそんな後ろ暗さがあるからこそ、「朝鮮人が〇〇した」というデマがあっという間に広まってしまう。一人ひとりの中の怯えが、フェイクニュースに圧倒的なリアリティを持たせてしまう。

 一方、行商団は被差別部落の出で、自らを「エタ」と称する。が、「エタ」の方が「朝鮮人」より「上」だという強烈な意識もある。

 そんな彼らは福田村の男らに、朝鮮人でないと証明するために歴代の天皇陛下の名前を言え、と迫られる。戸惑いつつも彼らは歴代天皇陛下の名前を口にするのだが、これは実際にあったことで、裁判の証言として残っているという。

 「天皇」の名を出し、虎の威を借る狐のごとくひたすらイキり倒す軍服の男たち。一方で、「日本人だったらどうするんだ!」と止めに入る男たち。それに対して「朝鮮人だったら殺してもいいのか」と問い返す行商の男。

 さて、書きすぎるとネタバレになるのでこの辺にしておくが、この映画には身に覚えがありすぎる人間の愚かさがこれでもかと描かれている。

 翻って現在を見てみると、100年経ってもその愚かさは変わらないどころか、輪をかけて愚かになり、さらにSNSがそれを加速させている気がして仕方ないのだ。

 ネットに蔓延るデマは繰り返されれば「真実」になってしまい、誰かが犬笛を吹けば集団リンチが始まる。そうして関東大震災から100年経っても「朝鮮人」は名指しされヘイトの対象となり、流言飛語が人の人生を破壊する。どんなに「お国」や「お上」が不正をしても怒りはそちらに向かわず、権力と一体化して強くなったと錯覚したい人々の攻撃はより弱い方へと向けられる。そうして3・11後には福島ナンバーをつけた車が差別に晒され、コロナ禍では「自粛警察」が台頭した。

 「お前ら日本人じゃないだろ!」

 この7、8年、デモなどに参加しているとそんな野次を飛ばされるようになった。反ヘイトのデモだったり、格差是正を訴えるデモだったりいろいろだが、10〜15年前は「デモしてる暇あったら働け!」「うるさい!」などだった野次が、今「日本人じゃないだろ!」になっていることの意味は大きいと思う。

 一方、この映画は、メディアが伝えるべきことを伝えていないという問題がそのまま100年後に持ち越されていることも突きつける。

 今年、千葉県野田市(元・福田村)は事件に対し、初めて公式に弔意を表明したという。

 映画は関東大震災から100年という日の今年9月1日から、全国で公開される。

『福田村事件』
https://www.fukudamura1923.jp/

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。