第29回:37℃の炎暑の中で高齢者が働く姿にこの国の末路を見る(小林美穂子)

 7月、梅雨明けも待たずに不意打ちのように本気の夏がやってきた。いきなり強烈なパンチを連日浴びせられた私は、ファイティングポーズをとることすらできずにリングに沈んだ。秒殺である。
 食欲減退、睡眠不足、下痢、倦怠感という典型的な夏バテ症状に襲われながらも、それでもふうふう言いながら毎週木曜日のカフェ営業に勤しんでいた。料理の仕込みはガスを使うからキッチンは地獄の釜みたいになる。一心不乱。何も考えずに野菜を刻んだり重たいフライパンを煽ったり洗ったりを繰り返していたら、今度は数カ月間私に憑りついていた五十肩が、これまた突然ネクストレベルに到達してしまい、それはもう発熱するほどの酷い炎症を起こしてしまった。もはや右腕が使い物にならぬ。参った。先月、雨の日にカフェの玄関で滑って階段を落ち、全治一カ月以上かかった尾てい骨の痛みがようやく気にならなくなり始めたところに今度は腕である。なんということでしょう。
 胆石症→平均的五十肩→尾てい骨→極悪五十肩と、痛みのフルコースを喰らいながら、次はなんだろうと戦々恐々としている。もう、お腹いっぱいなのだが。
 私は元来ナマケモノだ。できることならいつもゴロゴロダラダラしていたい。家が好きだから外にも出たくない。勤勉や頑張りを美徳だとも思っていないのに、なんでこんな羽目になっているのだろう。それは、国が全然貧困対策に本腰入れないからだ。体の不調から生じる苛立ちは、貧困対策を放置し続ける国に向かう(断じて八つ当たりではない)。

お福わけ券が3000枚を突破

 毎週木曜日に営業しているカフェ潮の路では、お弁当や総菜を販売している。お金が無くてもバランスの良い食事が摂れるよう、お福わけ券(※)というシステムを用いている。
 2017年のオープンから5年間でお福わけ券(700円)は何と3000枚が購入された。ありがたい限りである。
 皆さんが購入してくださった券を使って、3000食近い食事が誰かの空腹を満たし、その人の血肉になったことになる。
 さて、コロナ禍の長い3年間があり、その傷も癒えぬうちに物価や光熱費が急激に上昇した。各地で行われる炊き出しには長蛇の列ができ、コロナ以前は路上生活者で占められていた人々の列にスーツ姿や学生、幼い子どもの手を引くお母さんの姿が目立つようになった。生活保護利用中の方も増えた。気が付けば、いつの間にか路上生活者はむしろ少数派になっている。それが炊き出し現場の現状だ。では、カフェ潮の路はどうか。

※お福わけ券:経済的に余裕のある方が、「誰か」のためのランチ代を先払いする仕組みです。「お福わけ券」はどなたでも購入でき、どなたでも使うことができます。

節約できる部分はもう食費しかない

 カフェ潮の路に来店してお福わけ券でお弁当を持ち帰る人たちも、ほとんどが生活保護利用者だ。現役路上の方は今確認できているだけで一名しかいない。
 実際、路上生活者の数は年々減っているのだ。おそらく福祉事務所の窓口がある程度は機能するようになって、路上を脱出した人も多いのだろう。それでも物価や光熱費が高騰する今、年齢層や家族構成によって異なるものの、単身でおおよそ7万円ほどの生活扶助だけでは苦しい。苦しい生活の中で節約できる部分があるとすれば、それは食費だ。だから、彼らは炊き出し現場を回る。
 政府は物価高騰を鑑み、対策を全くしていないわけではない。
 電力・ガス・食料品等の価格高騰による負担増を踏まえ、住民税非課税世帯や家計急変世帯に対して、現金や米などの食糧給付などの救済措置を行っている。
 しかし、場当たり的すぎるのだ。バラマキにも見えるこうした気まぐれな給付金や現物支給をする一方で、生活保護の基準額は10年前から引き下げてきているのだから矛盾していると言わざるを得ない。

サウナと化した町で働く人々

 生活保護は国が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するものだ。その基準もガリガリと削られていて、もはやこの国の「健康で文化的」がどんなものなのか怪しくなってきているが、ナショナルミニマムとされる「健康で文化的な最低限度の生活」水準をはるかに下回る生活を強いられている人たちがこの国にはたくさんいることを、皆さんはどう思われるだろうか。
 この国の生活保護捕捉率はたったの2割~3割と言われている。つまり、生活保護基準を満たさない収入で暮らし、制度利用の要件を満たしているにも関わらず、生活保護制度を利用していない人達が8割いるということだ。
 現役時代は自営やフリーランスで働いて生活してきたものの、高齢者になって就ける仕事が限られ、そこにコロナの追い打ちがかかった。年金額はごくわずかで生活保護基準額にすら遠く及ばない。そこで、アルバイトで不足分を補うのだが、職種は限られる。

 連日37℃を超えた7月、「危険な暑さ」と警告がなされ、日が高いうちは歩行者もまばらだった。そんな中、灼熱の太陽を全身に浴び、コンクリートから容赦ない照り返しを受けながら、交通整理や大型車両の誘導などしている警備員たちがいた。私が見たそのほとんどが高齢者だった。
 また、通学路で子ども達の交通安全を守るシルバー人材の高齢者たちは、日陰もない歩道で持参した折り畳み椅子に身を縮め、日傘で全身を隠すようにして子どもたちの下校時間を待っていた。そして、ご自身の健康よりも子どもたちの熱中症を心配している。
 こうした光景を、私はどういう思いで見たらいいのか、分からなくなっている。なぜなら、彼らは同情や心配をして欲しいと思っていないに違いないからだ。

こんな年寄りに仕事をくれるだけありがたい

 使い込んだ革製品のように日に焼け、紫外線による乾燥と皮膚組織の破壊によって、その顔に深い皺が刻まれた警備員も、子どもたちの安全を守る方々も、恐らく自由意志で働いていると言うに違いないのだ。

 家にじっとしていても体がなまるし、誰かの役に立ちたい
 身体が動くうちは働きたい
 好きでやっている、生涯現役でいきたい

 誰もが、人様の迷惑になりたくない、自分の面倒は自分でなんとかしたいと思っている。そして高齢にもかかわらずキツい仕事に従事して、不平など決して言わず、笑顔で、前向きに働く。こんな年寄りに仕事があるだけでもありがたいと感謝しながら。そして運が悪ければ、事故や熱中症で命を落とす。場合によっては、労災も下りないこともあるという。

●「おせーよ、ジジイ」過酷な労働状況で死亡する高齢者、“命を落とすシニアバイト”の実態(週刊女性PRIME)

 不平も文句も言わないで働く高齢者たちの「頑張り」に胡坐をかいているのは国や政治家たちだ。低年金で生活苦に陥る高齢者が多数いる事も、生活保護の捕捉率の低さも知っていながら、すべての無策を自己責任にすり替えて、この事態を放置し続けている。
 今後、少子高齢化は進む。年金なんてどうなることやらだし、生活困窮する高齢者が爆発的に増える要素しかない。
 竹中平蔵氏は2020年にBSの番組で「毎月7万円のベーシックインカムを導入することで生活保護が不要になり、年金もいらなくなる」という提案をしている。
 論外だ。
 高齢になり働けなくなった時、あるいは若くても継続的な医療が必要になった時、ベーシックインカムでは生活や命を支えることはできない。
 竹中氏には、働けず、医療受診の必要もある立場の人間を想定して、その人に成り代わり、7万円のみで3年ほど生活をしてもらいたい。それでも「余裕っす!」という感想だったのなら、7万円のベーシックインカム案は希望する人のみを対象に支給してもいいのかもしれない。ただし、生活保護の選択肢を失くすなんて、絶対にしてはならない。
 国がやるべきことは、引き下げた生活保護基準額をもとに戻すだけでなく、物価高に合わせて引き上げることだ。併せて、低年金で生活が成立しなくなっているお年寄りに制度利用を促すことである。
 それなのに、どうしてこうなるのか。先週、ある番組に対する批判ツイートが複数目に入った。

生活苦を知恵と工夫で乗り越えるべきなのか?

 7月18日にNHKで放送された『クローズアップ現代』の『食費節約で“低栄養”に!?~「値上げ時代」どう健康守る~』と題された番組である。私はオンデマンドで視聴した。
 物価高により、生活困窮者のタンパク質摂取が減り、深刻な健康への影響が懸念されている。経済的な理由から子どもの栄養を優先していた母親が貧血で動けなくなった事例や、持病持ちの高齢者の病状が悪化するケースが紹介され、このままだと寿命そのものに影響すると医師が警笛を鳴らす。
 番組に登場したフードバンク山梨によるアンケートでは、回答者のうち49%が食事回数を減らしたと答え、31%が炭水化物のみ、68%がおかずを一品減らしたと答えている。
 生活困窮者や育ちざかりの子ども、高齢者や病人など、弱い立場にいる人達の健康と発育、命に関わる由々しき事態である。しかし、番組はそこまで取材しておきながら、結論として提案したのは、問題の本質に斬り込むことでもなければ、政策への提案でもなく「知恵と工夫で乗り切ろう!」だったのだ。じぇじぇじぇ! である(古い)。

 ご丁寧に、低価格の食材を使ったレシピまで紹介している。これでは、まるで戦時中だ。この国で過去30年間賃金が上がっていないことを問題視せずに、安い肉を美味しく調理とか、絹ごし豆腐より木綿豆腐の方がタンパク質が多いとか、肉が買えなかったら豆でタンパク質を補えとか、そんな提案をしている場合だろうか?(しかも、紹介された料理の数々が悲しいほどに不味そうなのだ)
 なぜ、肉が買えない? なぜ、魚が買えない? 収入が健康や生活を維持できぬほどに少ないからではないのか? 年金があまりに不足しているからではないのか? 最低生活費に満たない生活を補うための社会保障はなんのためにあるのか? なぜ、公的な社会保障制度への情報がまるでないのか?

●【安い!簡単!高たんぱく!】値上げに負けないレシピ7選(NHK みんなでプラス)

 しかし、読者コメントに脱力してしまう。ダブルパンチ。
 皆さん「参考になる!」と喜んでいて、私は落ち込んでしまった。これでは、私達はこれまで以上の我慢を強いられることが目に見えてしまうからだ。
 以前、コンビニで買ったカップラーメンの値段に驚いたツイートを上げて大炎上した私だが、あの時も「スーパーなら安い」とか「自炊が安い」という的外れなアドバイスが相次いだ。NHKも同じことをしているのかと心底驚いた。これからも物価高が進み、賃金は上がらない日本で、次は「食べられる雑草で元気に過ごす!」とか「絶食であなたもサドゥー!」みたいな番組が作られるのだろうか?
 もう、いい加減にして欲しい。無茶な前提しか提供せずに、これ以上、我慢や知恵と工夫を市民に強いるな。意図的なのかどうか知らないが、問題の本質を誤魔化すのはやめてほしい。

 皆さんも、そろそろ我慢するのをやめませんか。気持ちの持ちようだとか、知恵と工夫だとか、ポジティブさで苦痛を誤魔化し続けていても、このままだと私達はゆっくりと国に殺されてしまう。自分の苦しさは何によってもたらされているのか。その相手をしっかりと見極めて健全に怒る。誰もが生きられるように要求する。それでしか、私達の生活は良くならないと断言します。

 

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小林美穂子
1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。