第274回:原発の現在、処理汚染水放出へ(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

3首脳の災害への対応の違い

 「台風一過の青空」なんて言い方もあったのだが、最近はそんな言葉も廃れてしまった。だらだらと居座って被害を与え続けたり、台風本体は日本から去って行っても、ぐずぐずと影響を広い範囲に及ぼしたり、なんともイヤな感じに変わってきた。これが地球温暖化(沸騰化だとの警告も)の表れなのだろうか。
 かつての台風は、なんとなく秋のイメージだった。だから「台風一過の青空」という言葉も生きていた。「たいふういっか」の語呂合わせで「台風一家ってどんな家族?」なんてふざけたりもしていた。今は、とてもそんなギャグは飛ばせない。
 台風6号は日本を通過した後、韓国をも襲った。
 14日、韓国の尹錫悦大統領は閣僚らを集めて対策会議を開催、被災地を特別災害地域に指定、迅速な支援実施を行うよう指示した。ハワイ・マウイ島では壮絶な山林火災が住宅地に及び、未曾有(みぞうゆう、ではない)の大災害を引き起こした。バイデン米大統領は「現地を訪れ被災者を見舞う」と発表している。
 我が岸田文雄首相は、15日の戦没者慰霊の式典には参列したが、16日の「首相動向」では「終日公邸で過ごす」と1行だけ。夏休みということで、公邸でITの入門書や『アマテラスの暗号』などの読書にいそしんでいたらしい。うーむ…。
 台風や大雨暴風での大被害。新幹線や電車の大遅滞、帰省から戻る足も奪われ、駅や空港で眠れぬ夜を過ごす観光客や帰省客。そういう事態は、岸田首相の頭には思い浮かばなかったようだ。バイデンさんとの顔合わせの際のお土産を考えるのに忙しくて、他のことには考えが及ばなかったのか。

核のゴミ最終処分場

 そんな中、イヤなニュースがあった。朝日新聞(8月17日付)を見てみる。

核ごみ調査推進 請願採択
処分場巡り 対馬市議会委

 原発の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)最終処分場をめぐり、長崎県の対馬市議会特別委員会は16日、国の選定プロセスの第1段階「文献調査」を推進する請願を賛成多数で採択した。市議会が比田勝尚喜市長に、国に応募するよう迫った形だ。

 〈市長は慎重姿勢 判断焦点〉
 特別委では、土建業などの4団体が6月に議会に提出した、文献調査の推進を求める請願について採決し、9票対7票の賛成多数で採択した。
 最終処分場の選定プロセスは3段階あり、文献調査は過去の論文などから処分場の候補地にふさわしいかを調べる。応募した自治体には、約2年間で最大20億円の交付金が国から入る。(略)これに対し、市民団体や漁協が反対の請願を6件出して対抗するなど、島を二分する事態に陥っていた。
 今後の焦点は、比田勝市長の判断に焦点が移る。文献調査は市長が応募を決めなければ始まらないからだ。(略)市長はこれまで文献調査について慎重な姿勢を崩していない。5月の定例会見で「手をあげて『20億円もらったからもうやめる』という考えはない」と述べていた。(略)
 一方、今回の結果について、政府や処分場計画を進める原子力発電環境整備機構(NUMO)は歓迎する。
 経済産業省幹部は「(すでに文献調査を受け入れている)北海道の寿都町と神恵内村に加えて、対馬でも一歩進んだのは大きい」と話す。(略)

 またも、政府は過疎化に悩む地方自治体の苦境につけ込んで、「金をやるから調査をさせろ」と、札束で頬っぺたを引っ叩いた。だいたい「文献調査に応じれば国から20億円」などと言うが、それもしょせんは税金、もしくは電気料金に上乗せされて、ぼくらの肩にのしかかるのだ。

 最終処分場選定のプロセスは3段階ある。
  • 文献調査=机上調査
  • 概要調査=ボーリング調査
  • 地下施設での調査・試験

 この3段階を経て本格的施設建設地の選定に至る。ここまでの期間を政府やNUMOは約20年間と想定している。ただし、それぞれの段階で当該地域の意見を聴き、反対の場合は先へは進まないという。
 もしこれが先に進めば、総計で100億円を超える金が地元に交付されるし、処分場建設工事費の一部も地元に落ちるから、多分、少なくとも数十年にわたって、地元は「原発マネー」で潤うことになるだろう。
 だが、その後はどうなるか? 原発立地自治体を見ていれば分かるように、建設が終了して金が落ちなくなれば、またも衰退への道。それがイヤなら「もっと原発を造ろう」である。実際、福島では原発事故の前には「福島第3原発」の要望もあったのだ。
 「迷惑施設」のある所へ好んで移住してくる人もいないだろう。町はただ、処分場があるだけの寂れた地域になってしまう。それでも今がよければ、それでいいのか。また、政府もNUMO は「それぞれの段階で反対されれば先へ進まない」と言っている。そんな約束など、とても信用できるものではない。
 多分、ある程度進んだ段階で「ここまで金をかけてやってきたんだから、引き返すのは無理」という、辺野古基地工事や六ケ所村の再処理工場建設のように「ここまでやってきたから論」を振りかざして突破を試みるだろう。それがこれまでの自民党政府の「原発政策」なのだから。

核のゴミ中間貯蔵施設でも

 同様のことは続く。今度は「核のゴミ中間貯蔵施設」の受け入れ問題だ。これは、各紙もテレビニュースもかなり大きく伝えた。その中から毎日新聞(8月19日付)を見てみる。

山口・上関町 調査受け入れ
中間貯蔵計画 中国電に回答

 中国電力(広島市)と関西電力(大阪市)が山口県上関町で建設を計画する、原子力発電所の使用済み核燃料を一時保管する「中間貯蔵施設」を巡り、西哲夫町長は18日、調査の受け入れを決定し、中国電力側に回答した。施設が完成している青森県むつ市に次いで、国内2例目となる中間貯蔵施設の計画が動き出すが、完成まで紆余曲折も予想される。(略)
 議長を含む町議10人全員がそれぞれ意見を述べ、7人が賛成、3人が反対だった。西氏は、その場で調査受け入れを最終判断し、閉会後に中国電力側に町としての決定を伝えた。
 調査は中国電力と関西電力が共同で実施。町内の中国電力所有地で、建設用地として適当かどうか半年程度かけて文献調査やボーリング調査などを行う。(略)
 西氏の表明を受けて西村康稔経済産業省は談話を公表し、「一定期間の後には使用済み核燃料は必ず搬出される。最終処分場となることはない」と強調。(略)

 西町長は、中国電力からの打診から、たった16日間で“決定”してしまった。当然、裏で話がついていたとしか考えられない。
 またここでも、西村経産相は「最終処分場になることはない」と言っているが、同じ西村氏が福島では「関係者の理解」を得ていない段階で処理汚染水の放出を行う考えを再三にわたって述べているではないか。上関町の「中間貯蔵施設」がやがて「最終処分場」に変身させられる恐れがないはずはない。
 それがもし決定される頃には、西村氏も西町長も現職にとどまっているとはとても思えない。みんな、その場しのぎのデタラメなのである。
 むろん、金の問題が大きい。
 事前調査段階では毎年1.4億円が国から交付される。さらに山口県知事が同意すれば2年間で19億6千万円。建設段階では、貯蔵量が1トンにつき毎年50万円。貯蔵施設が稼働した後は、同じく1トンにつき毎年62万5千円(19日の東京新聞による)。
 いったい何トンを貯蔵する予定なのか分からないけれど、数百トン単位であることは間違いない。こうなると逆に「もっと廃棄物をよこせ」ということにもなりかねない。原発マネーに依存した町予算を組むのであれば、いずれそうなるのは必至であろう。

“狂気の沙汰”も金次第、か?

 もはや政府の「核ゴミ処理」についての姿勢は科学もへったくれもない。
 対馬市は日本海の島である。つまり、海の真ん中に位置する。考えてみてほしい。もし、この施設で事故が起きたり、大地震が襲ったりしたらどうなるか。当然のことながら、甚大な放射性物質による「海洋汚染」を引き起こす。日本海が汚染されるのである。日本のみならず、韓国や北朝鮮、中国なども大きな被害を受けることは間違いない。日本海は「死の海」と化すだろう。
 「中間貯蔵施設」候補の上関町の、複雑な地形の半島に中国電力の所有地がある。ここに中間貯蔵地を造ろうというのだから、対馬と同じことが言える。
 さらに付け加えれば、すでに「最終処分場」の調査に同意した北海道の寿都町と神恵内村は、どちらも海辺の町だ。もし事故が…と考えれば対馬と同じだ。
 原発だってすべて海岸じゃないか、という意見もある。しかし「最終処分場」は、管理期間が10万年(『100,000年後の安全』=フィンランド・オンカロ最終処分場を描いた映画)とも言われる施設だ。たかだか60年(それも政府は延長するつもりだ)の稼働期間の原発とは根本的に発想が違わなければならない。
 島や海岸べりが、強固で万全な岩盤を持っているとは考えにくい。そんな場所に「核のゴミ最終処分場」を建設しようなどと、まさに“狂気の沙汰”としか思えない。
 ともかく「今をやり過ごせればいい、後のことは知っちゃいない」というのが政府自民党の施策だ。国民のことなんか、これっぽっちも気にしちゃいない。

処理汚染水放出と地元の理解

 岸田首相は8月24日に、福島事故原発「汚染水の海洋放出」をすると、またも関係閣僚等会議で決めた。
 しかし、今も政府の「地元の理解が得られない限りどんな処分も行わない」という約束は、厳然として存在する。地元の漁業組合は「絶対反対」の旗を降ろしていないし、日本漁業組合(全漁連)も、とりあえず反対姿勢を崩していない。むろん、地元住民にも「放出反対」の意見は根強い。
 こんな記事もあった(東京新聞8月9日付)。

首相の「信頼関係深まっている」発言
福島漁連会長「分からない」

 東京電力福島第一原発の処理水海洋放出に向け、岸田文雄首相が「漁業者との信頼関係は少しずつ深まっていると認識している」と七日発言したことについて、放出に反対している福島県漁業協同組合連合会(県漁連、いわき市)の野崎哲会長は八日、「何を捉えてそう言っているのか、私には分からない」と述べた。(略)
 野崎会長は」、「関係者の理解なしに処分しない」とした政府の約束に触れ、改めて放出反対を伝えた。(略)

 つまり「約束は今も生きているんですよ」と、野崎会長は政府に念押ししたのだ。だが、岸田首相は日米韓首脳会談での理解を取り付けて、放出へ持って行くことを決めた。岸田内閣は「地元の理解を得なくても放出」に踏み切ったのだ。
 8月20日、岸田首相はアメリカから帰ってすぐに福島を訪れた。むろん、放出を国民へアピールするためのパフォーマンスだ。しかしこれが逆に炎上した。
 岸田氏は福島へ行きながら、東電関係者とは会って「ALPS(汚染除去装置)」の説明等を聞いたけれど、地元の漁業関係者や住民とは会おうとしなかった。
 地元では「放出反対」の意見が強いことを側近から伝えられ、面と向かって「反対」を言われるのを避けたのだ。その上で21日、首相官邸へ全漁連(全国組織)の坂本会長を呼んで会談。地元よりは全国組織のほうが説得しやすいという本音がミエミエだったから、炎上するのも当たり前だった。
 ここで全漁連の言い分を聞いて「風評被害対策費」等の大盤振る舞い。地元より全国組織を優先して上から話をつけてしまおうという、なんとも姑息な手段だった。やり方がなんとも薄汚い。

 最後に付け加えておく。
 新聞もテレビも無批判に「処理水」と呼ぶけれど、それは間違いだ。ALPSで“処理”された汚染水には、トリチウム以外にも他の核種が含まれているのは分かっている。決して処理しきれてなどいないのだ。
 だからぼくは「処理汚染水」と呼ぶ。
 どちらが正しいか、それはあなたの判断に任せるが。

 これが日本の原発の現状である。
 汚い言葉で失礼だけれど、どこにも流せない最凶ウンコを溜め込むしかない原発。
 その再稼働推進者たちが、今も大声を張り上げている。

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。