第277回:一度始めたら止められない症候群(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

間違っていたら考え直す

 海の向こうでは『悲惨な戦争(Cruel War)』(ピーター・ポール&マリー)が始まってすでに1年半が過ぎた。だが終結の兆しはまるで見えない。
 それどころか、その戦争に便乗するかのように「日本も危ない」「だから軍備を拡張しろ」「抑止力が必要だ」「敵基地攻撃能力だ」「武器輸出だ」「沖縄にミサイル基地を」「愛国心を」などといった言説が幅を利かす。
 一方で、暮らしの格差は広がるばかり。今年の春闘で多少の賃上げがあったというが、物価の高騰にはまるで追いつかない。毎月の各家庭の消費支出は逆に減少している。少子化を嘆く声がしきりだが、この格差拡大社会の中では、子どもを産めるのも「上級国民」なのかもしれない。
 世も末だなあ…と思う。
 格差を縮め、人々の暮らしに配慮するよりも、岸田政権はキナ臭い方向へばかり金を投入する。だから格差は拡がるばかりだ。ぼくらの税金が、国民の暮らしよりも、逆に暮らしを圧迫するような別の分野に使われていく…。

 「一度決めた約束は守ろうね」というのは、まあ、幼児の頃の教えとしてはそれなりにいいのかもしれない。しかし、少し大きくなって“物事の道理”というのが分かるようになったら「一度決めたことでも、間違っていたら考え直そうよ」というのが普通の思考方法ではないだろうか。
 けれど、どうも最近の「政治の世界」では、そんな考え方は通用しないようだ。いったん決めたら、雨が降ろうが槍が降ろうがイケイケどんどん、暴走機関車みたいに突っ走る。しかもそれを、裁判所までが後押しする。

永久工事 その①

 典型的なのが、沖縄県名護市辺野古の米軍基地建設工事である。
 9月4日、最高裁第一小法廷は、この工事に関して沖縄県側の訴えを退け、県側の上告を棄却した。
 これはどういうことか。
 簡単に言えば、辺野古米軍基地工事について、まだ手付かずの大浦湾側に、まるでマヨネーズ状といわれるようなグズグズの「軟弱地盤」が見つかり、防衛省側としては仕方なく、それまでに沖縄県に提出していた工事の設計の変更を申請した。その変更について、県側が「この設計変更は不十分であり認められない」としたことを、最高裁は「違法」であると断じたのだ。
 しかも、この決定を下すのに、最高裁は一切の審理を行わなかった。つまり、国側の言い分を、まるで調べもせずにそっくり認めてしまったのだ。
 こんなデタラメが罷り通る。沖縄に関する限り、司法(裁判)は完全に死んでいる。今まで、米軍基地等をめぐって、沖縄では多数の裁判が提起されたが、そのことごとくが国側の勝利に終わっている。それでは、県と県民の主張に一切の理はないのか。そんなことはあり得ない。
 かつて選挙のたびに「辺野古基地反対」を訴える候補が勝ち続けて来たし、基地工事の是非を問う県民投票でも、7割もの人たちが辺野古基地反対の意思を表明した。それでも国は頑として耳を貸さなかった。逆に、賛成する側を優遇して補助金を与え、反対する県や市には補助金を与えないという、飴と鞭の露骨なやり方をしてきた。
 苦しむ行政は、次第に国に膝を屈していく。切ない光景だ。
 デタラメ判決では国が勝ったかもしれない。しかし、問題がそれで終わったわけではない。この工事に投入される費用や期日の問題は、ますます不透明になりつつある。マヨネーズ地盤に投入されるのは、ぼくらの、つまり日本国民(むろん、在日外国人も含まれる)の税金なのだ。
 この件については、先週のこのコラムで詳しく触れているので、そちらを参照していただきたい。

 辺野古米軍基地工事は費用だけではなく、その工事期間も疑問視されている。
 当初は5年間という期間が設定されていた。2018年に工事が開始されたのだから、遅くとも2023年中(つまり今年だ!)には完成する予定だった。
 けれど、現在の進捗状況はたった14%、とても完成にはほど遠いし、これから取りかかることになる大浦湾側のマヨネーズ状地盤の工事は、ほとんど完成予測が立たない。というより、完成すること自体が疑問視されているのだ。
 県側の予測では、控えめに見ても、少なくとも13年間はかかるという。つまり、完成はどんなに早く見積もっても、2031年ということになる。いや、20年かけても終わらないだろう、と言う工事関係者も多い。とすれば、完成時期は2040年前後か。
 もはや“永久工事”というしかない。
 その時に、現在の政治家のうち、いったい何人が現役として生き残っているか。ほとんど責任の取りようもない。むろん、担当官僚たちもその頃は引退していて、そんなのオレらの知ったこっちゃない…。

永久工事 その②

 “永久工事”といえば、すぐに思い出すのは、青森県六ヶ所村の「核燃料再処理工場」の建設である。これも、もはや誰も完成すると信じていない。それでもなぜか延々と“工事ごっこ”を続けている。まことに不思議な工場である。
 原発で使用された後の核燃料、すなわち使用済み核燃料には燃え残りのウランやプルトニウム、その他の核分裂生成物が含まれており、その中からプルトニウムを取り出してそれを原発で再利用する、というのが日本の原子力政策「核燃料サイクル」の核心である。
 青森県六ヶ所村で、そのための「再処理工場」の建設が始まったのが1993年だった。当初は1997年に完成予定としていた。現在は2023年だが、まだ完成の見通しは立っていない。つまり、たった4年のはずの工期が、なんと30年を過ぎてもまだ完成の予定さえ立たないのだ。その間、いったい何度、完成予定時期の延期を発表したことか。実に、26回にも及ぶ。こんなめちゃくちゃな話があるか。
 しかも、その費用が凄まじいことになっている。
 当初の事業予算は、7600億円だった。1993年当時としてはこれだってすごい金額だといわれたものだが、その後、完成延期が繰り返されるたびに費用は増大し、2011年には2兆1930億円に膨れ上がった。だが、こんな程度で驚いてはいけない。
 少し古いけれど、日経新聞(2022年12月21日付)に費用の記事が出ていた。

日本原燃の再処理工場
完成予定2年先送り

日本原燃が使用済み核燃料再処理工場(青森県六ヶ所村)の完成目標時期を2年先送りし、2024年度上期とする方針を決めたことが21日、わかった。従来は22年度上期としていた。原子力規制員会に提出した工事計画が工事計画の審査が長期化しているためで、延期は26回目。(略)
再処理工場は使用済み核燃料からプルトニウムやウランを取り出し、再び燃料として使えるようにする施設。当初は1997年の完成予定だったが、延期を繰り返してきた。総事業費は14兆4300億円。(略)

 これ、みなさんはどう思いますか?
 サラリと書いているけれど、14兆円ですぞ、14兆円!
 完成延期を繰り返すうちに、事業費はまるで風船のように膨らみ、当初の事業費予算のなんと約20倍に達したのだ。それだってまだまだ膨らむ可能性が強い。多分、2024年度完成などというのは絵に描いた餅だ。もう26回も延期したんだ、もう2度や3度くらい延期したってかまわないよな…というわけで、完成時期はまたも延期されるだろう。そうすれば当然のことながら、費用も膨張する。
 普通の会社なら、とっくに潰れている。なにしろ、当初見積もりの20倍の金を投じ、工期は4年から31年に延び、それでもまだ完成の見通しの立たない事業など、あり得るはずがない。
 ヤツら(腹が立つので、そう呼ぶ)は、てめえのカネじゃねえと思っているから平気なのだ。電事連の拠出金や政府基金で賄うというのだが、それは結局、我らの税金と電気料金なのだから、腹の立ち具合もハンパない。
 とにかく、この「核燃サイクル」は、とうの昔に破綻しているのだ。だが、原発を運転し続ける限り、使用済み核燃料は出てくる。この処理をどうするかで追い込まれた政府と電力会社が絞り出したのが「再処理で新しい燃料を産む」というリクツだ。

「止められない症候群」が続々と…

 一度決めたら止められない。
 いくら金を注ぎ込んでも、できないものはできない、無理なものは無理。それを分かっていながら、延々と工事や事業を続ける。
 これを「政治」というのか!
 岸田首相は、ことあるごとに「国民生活に寄り添って」「丁寧な説明を」と繰り返す。だが我々は、辺野古工事における軟弱地盤について丁寧な説明を聞いたことがあるか! 使用済み核燃料再処理工場の、異常なほど度重なる完成延期に関しての丁寧な説明を耳にしたことがあるか!

 ほかにも「一度決めたら止められない症候群」の悪しき症例は腐るほどある。
 東京オリンピック、大阪万博、大阪カジノ、リニア新幹線、神宮外苑再開発、マイナンバーカード、そして処理汚染水の海洋放出…。
 もっと言えば、その最大最悪の症例があの「戦争」だった。勝てぬと分かっても、引き返す道を自ら封じて、大空襲、沖縄地上戦、ついには2発の原爆でいったいどれほどの民を殺させたか。そして、この国もまた占領地でどれほど多くの民を殺したか。

 引き返す論理と勇気を持たない国は亡びる。
 いま、この国はその瀬戸際、崖っぷちに立っている。
 過ちては改むるに憚ること勿れ…という格言は、自民党には馬耳東風か。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。