第649回:猛暑と物価高騰の夏、聞こえてきた悲鳴の数々。の巻(雨宮処凛)

 記録的猛暑日が続いた夏も、やっと終わりが見えてきた。

 32度とかで「涼しい」と感じるほどに、今年の暑さは異常だった。

 東京都監察医務院の速報値によると、今年8月27日まで東京23区で熱中症により死亡したのは145人。屋内は130人で、屋外は15人。屋内での死亡の場合、毎年6割程度はエアコン設置有で、未使用の状況だという。

 そこから浮かび上がるのは、電気代の節約のためにエアコン使用をためらう人々の存在だ。

 何しろ、消費者物価指数は22ヶ月連続高騰。当然、光熱費も値上がりを続けている。連日のように熱中症アラートが発令され、「なるべく外出しない」ことが呼びかけられていたにもかかわらず、室内で猛暑に耐えている人々がこの国には多く存在するのである。

 この7月末、相談員をつとめた電話相談で、私もそんな悲痛な声を聞いた。年金暮らしで貯蓄を切り崩しながら生活しているという男性は、節約のため、日中は一切エアコンをつけず、夜だけつけているということだった。その日の気温は35度超。相談会の会場に着くまで滝のような汗をかくほどだったのに、男性はそんな酷暑を部屋で一人、耐えているのである。生活保護の利用を勧めたものの踏ん切りがつかないとのことで、室内での熱中症死はこのようにして起こるのかもしれないと思ったことを覚えている。

 さて、それでは生活保護を利用すれば安泰かと言えばそんなことはない。

 10年前の生活保護基準引き下げによって、利用者は厳しい生活を強いられている。特に物価高騰と猛暑が直撃したこの夏は過酷を極めたという声が多い。保護費が引き下げられたのに物価も光熱費も上がっているからだ。

 そんな生活保護利用者の声を、「全大阪生活と健康を守る会連合会」が「2023年夏 生活保護の実態と『私の要求書』集計」としてまとめた。227人からアンケートをとったものだ。

 それを見ると、涙ぐましい節約の様子が伝わってくる。

 まず回答者のうち、食費を節約しているのは90.31%。衣類の購入は89.43%が節約し、水道・電気・ガスは86.34%が節約していると回答。エアコンは93.39%が「ある」と答えているものの、使用している冷房器具はエアコンが53.73%、扇風機が43.79%。エアコンがあるのに使い渋っている様子がうかがえる。

 そんな回答者が物価高騰の影響で困っていることや心配なことは以下。

 「スーパーに行く度に何でも値上げされていて、夕方4時ころ、シールを貼っている値下げの品を選んでいます。食べたい物、買いたい物が買えないし、食べられない。このままいけば餓死を待つだけになる」

 「食品の値上げで、買い物の時も制限される。7〜9月の電気代が不安です」

 また、生活保護には「冬季加算」はあるが「夏季加算」がない。冬季加算とは暖房代として加算される手当。冬だけでなく、夏にもエアコン代などとして夏季加算が必要との声が以前から上がっているのだが、いまだ実現されていない。

 「ここ数年、室内でも熱中症になって亡くなる方もおり、高齢者の方は特に暑さに耐えきれず、抵抗力もなくなり大変。ぜひ加算をお願いします」

 「ここ10年ほど40度近くに気温が上がり、エアコンなしでの生活は無理がある」

 「夏のエアコン代の方が冬よりも高くなるので、冬はガマンできますが夏は難しいので加算していただきたいです」

 国はこの悲痛な声にどう答えるのか。

 また、大阪府・大阪市は、国に対して生活保護世帯に医療費の一部自己負担を導入するよう求めているそうなのだが、アンケートでのそれに対する回答は以下(ちなみに生活保護を利用すると医療費は無料)。

 「医療費は助けてもらって、大変ありがたいと思っています。一部負担は、死になさいといっているとの一緒です。うちの家に国の人は見に来てください」

 「ただでさえ、生活が苦しいのに病院代までだしたら生活が出来ない」

 「医療費を負担しては生活がやっていけません。ほんの少しのお金でも、私たちには大変なのです。一部負担が導入されると病院へ行けなくなる」

 医療費の自己負担がないことに対し、「ずるい」と思う人もいるかもしれない。しかし、今、高い医療費に苦しんでいるのであれば、生活保護利用を考えてみるのもひとつの手だ。医療費のために無理して働いている人も少なくないが、お金の心配をせずに一度しっかり休んで治療することも、生活保護利用によって叶うのである。それで健康を取り戻せて再び働けるのであれば、非常に有意義なワンクッションではないか。このようにして病気を治して復帰した人も多くいる。

 さて、それでは生活保護を利用して困っていることがあるかについては、以下のような回答があった。

 「知人、友人などの付き合いができないこと」

 「冠婚葬祭の時はとても困る。身内の法事や墓参りの連絡が有ってもいけないと断り、心苦しいです」

 お金がないゆえに人間関係を失うという悩みはこれまでも聞いてきたが、特に10年前の引き下げ以降、本当に多く耳にする。

 さて、そんな生活保護引き下げについて、全国でこれを違憲とする裁判がなされていることはこの連載でも触れてきた通りだ。

 現在、地裁では11勝10敗と勝ち越し。

 10月2日には広島地裁で、また11月30日には名古屋高裁での判決が出る。

 10月1日には、名古屋高裁判決に先駆けた集会が開催され、13時半からの愛知県弁護士会館ホールの集会で私も話す予定だ。

 ぜひ、関心を持って見守ってほしい。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。