第129回:暴力に暴力で応じても解決にはならない(想田和弘)

 パレスチナのガザ地区を実効支配するハマスとイスラエル軍が、大規模で無慈悲な殺し合いを始めてしまい、毎日夥しい数の犠牲者が出ている。

 事態の推移に心を痛めながら、あらためて確信を深めたことがある。

 それは、暴力に対して暴力で応じても決して解決にはならず、かえって状況を悪化させるだけだということである。つまり暴力は倫理的に深刻な問題を孕んでいるだけでなく、戦略としても悪手だということだ。

 2007年以降、ガザ地区はイスラエルによって封鎖され、人や物資の移動が著しく制限されて、「天井のない監獄」と呼ばれてきた。その上、ときおりイスラエル軍による空爆を受け、多数のパレスチナ市民が犠牲になってきたことは、周知の通りである。それは文字通り、イスラエルによるパレスチナ人に対する暴力と言えるだろう。

 今回のハマスによる大規模な攻撃は、そうした恐ろしい暴力に対して、恐ろしい暴力で応じたものだ。音楽祭で銃を乱射したり、市民を誘拐したりと、残酷極まる、常軌を逸した仕返しをした。その行為を「やむを得ない」と擁護したり、「大成功だ」と称賛したりする声も聞かれるが、彼らはハマスの行為によってパレスチナの状況が改善し得ると、本気で考えているのだろうか。

 現実は当然、改善とは真逆の方向に進んでいる。

 ハマスが暴力に対して暴力で応じた結果、ガザ地区は前例のない、更に苛烈な暴力に晒されている。住宅や学校や病院までが空爆され、この原稿を執筆している時点で40万人以上が住居を失い、700人以上の子どもを含む2000人以上が殺された。イスラエルがガザ地区の電気を止めたため、停電で水の供給も停止してしまった。イスラエルは更なる攻撃を正当化するためであろう、住民に避難を呼びかけているが、地区は壁によって封鎖されているので、市民はどこにも逃げようがない。地獄である。

 この機に乗じて、イスラエルはハマスを壊滅させると意気込んでいるようだが、たとえそれを成し遂げたところで、パレスチナ人がイスラエルに対して抱く恨みと憎悪は深まるばかりであろう。したがってイスラエルの市民はこれからもますます危険に晒され、暴力に怯えて暮らすことになり、問題は悪化するだけである。

 ハマスの暴力も、イスラエルの暴力も、一部の人間の溜飲を一時的に下げる効果はあるだろうし、軍需産業は儲かるかもしれないが、結局は自分で自分の首を絞める愚かな行為にほかならないのである。

 ところがアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアの首脳は10月9日、共同声明を発表し、イスラエルへの支持を表明した。ハマスによる攻撃を「テロ」と断じ、「われわれはこのような残虐行為から自国と自民を守ろうとするイスラエルの努力を支援する」と述べた。アメリカのバイデン大統領はさらに、イスラエルに対して弾薬などの追加の軍事支援を開始した。

 ハマスによる攻撃が「テロ」であるなら、イスラエルによる攻撃も「テロ」であるはずだ。イスラエルによる暴力を無視するどころか支援し、ハマスによる暴力だけを問題視する欧米諸国のいつものダブルスタンダードには、落胆するしかない。

 だが、より重要なのは、彼らの「支持」や「支援」はより多くのパレスチナ人を殺すことに手を貸し、火に油を注ぐばかりで、将来的にはより多くのイスラエル市民の犠牲を出すことに寄与するだろうということだ。つまりイスラエルにとっても、本当の意味での支援にはならないのである。というより、いわゆる「国際社会」が長年イスラエルの暴力を黙認してきたがゆえに今回の惨劇は起き、双方に多大な犠牲者を出しつつあるのである。

 岸田文雄首相は10月8日、ツイッターで「ハマス等パレスチナ武装勢力」による攻撃を「強く非難」すると同時に、「ガザ地区においても多数の死傷者が出ていることを深刻に憂慮しており、全ての当事者に最大限の自制」を求めた。

 イスラエル、パレスチナの双方とつながりが深い国の首相であるだけに、アメリカなどとは一線を画すスタンスである。今後も欧米諸国に追従せず、両者に暴力をやめさせる仲裁役として努力をすることを、切に願う。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ):映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。最新作『五香宮の猫』(2024年)まで11本の長編ドキュメンタリー作品を発表、国内外の映画賞を多数受賞してきた。2021年、27年間住んだ米国ニューヨークから岡山県瀬戸内市牛窓へ移住。『観察する男』(ミシマ社)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)など著書も多数。