第285回:ふにゃふにゃの人(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

岸田文雄という人

 ぼくには「岸田文雄」という人物像が、どうしてもうまく結べない。というより、まるでふにゃふにゃな空気人形を掴もうとしているみたいで、まったく手応えがない。まあ、空気であれば、掴めるわけもないのだが。
 まず、言うことに一貫性がない。
 首相就任直後には「新しい資本主義を目指す」と言って、なにか新政策をぶち上げるのかと期待させたのだが、それもふにゃふにゃ。だいたい「分配なくして成長なし」と意気軒高だったのが、財界周辺から不評だったとみえて、いつの間にか「成長なくして分配なし」と、順序が逆転してしまっていた。
 つまり、まず賃上げを最初に行なって、それによって景気をよくして成長につなげる、というはずだったのが、日銀との経済政策すり合わせ等によって景気回復させ、その後で賃金上昇を図るという順序になってしまったのだ。明らかに、賃上げを渋る財界の圧力によるものだったろう。
 根本的な経済政策を、こんなに簡単に引っくり返してしまうのだから、あとは推して知るべし。岸田氏に知恵をつけていたのが、木原誠二官房副長官であったのは周知のことだ。それが例の一件で官邸から去って、“浅知恵”をつける人物さえいなくなった。となれば、後は行き当たりばったり、何が何だか分からなくなる。

 ことに問題なのは、考えなしに政策を乱発することだ。
 まず、最初に「防衛費43兆円」をぶち上げてしまったことから躓いた。むろん、党内極右派の安倍派への目配りから発したことだろうが、これが実質的に岸田首相の手足を縛る結果となった。
 こんな莫大な金を絞り出すには「増税」しかない。要するに、岸田内閣は誰が見ても「増税内閣」だ。それを捻出するために、社会保障費の縮小、医療保険料や介護保険料の値上げなどが目白押し。消費増税すら検討された。
 そこで誰言うともなく付いたあだ名が「増税メガネ」。これはかなり効き目があった。いつの間にかそれが「増税クソメガネ」にまで格上げ(?)され、岸田首相は大いに気にし始めた。周りの者たちに、しきりに「アレをなんとかしろ」と怒鳴りまくっていたらしい。だが、それは自分が蒔いた種、どうしようもない。

「減税」の後の「増税」

 そこで、急遽言い出したのが「減税」である。
 しかし、これも訳が分からない。来年6月までに法改正をして、ひとりあたり4万円の定額減税し、さらに低所得層には7万円と現在支給中の3万円を合わせて10万円を支給するというのだ。さあどうだ、これで「減税メガネ」に変わるだろうという目論見だったのだが、これが余計に批判に火をつけた。「そんなら何も法改正しなくても、定額給付すればいいだけじゃないか。そうすれば来年6月まで待つ必要もない」というわけだ。まったくの正論である。
 ではなぜ法改正までして「減税」にこだわるのか。それは、選挙対策で「減税の岸田」のイメージを有権者に植え付けようという魂胆だったのだ。ところがあまりにミエミエなのがバレてしまった。どうせその「減税」をした後で、防衛費43兆円についての「増税」が待ち構えているのだから、有権者だってそう簡単には騙されない。
 そのくらい、分からないかなあ…と、ぼくでさえ思ってしまう。ぼくにも分かることが、一国のリーダーであるはずの岸田氏に分からないのだから悲劇的だ、いや、絶望的だ。岸田氏のかけているメガネは曇りっぱなしで、まるで世間が見えないらしい。キャッチフレーズだった「聞く耳」なんか、どこへ行ってしまったのか。
 就任直後にこれ見よがしに持ち出していた「岸田ノート」には、いったい何が書かれているのか。実際は白紙のまんまか。いや、「こんなメガネが欲しいなあ」というメガネのイメージ画のスケッチばかりだったりして。
 ところで、毎年年末恒例の「流行語大賞」に、なぜか「増税メガネ」がノミネートされていない。へえ、「忖度」ってまだ健在なんだな、と妙に感心した。

薄っぺら

 言葉ばっかりが先行する政治スタイルも不評に輪をかける。
 「異次元の少子化対策」などというフレーズもたびたび口にするけれど、具体的な政策はまったく出てこない。それどころか、鳴り物入りで任命した加藤鮎子こども政策担当相は、就任早々、母親がらみの政治資金スキャンダルでほとんど仕事になっていない。「こども担当」どころか「自分担当」もできない状態では、とても大臣など務まるまい。
 そういえば「女性ならではの感性で閣僚の仕事を…」などと、まるで女性はお添え物みたいな発言で物議を醸した岸田首相だが、この言葉もまったく薄っぺらだった。内閣改造で5人の女性閣僚を任命して鼻高々だった岸田氏だが、「何が女性ならではの感性だよ」と一斉批判を浴びたのが、次に任命した副大臣と政務官54人にひとりも女性が含まれていなかったからだった。
 これだって「女性ゼロ」が批判されることなど、誰にでも分かりそうなものなのだが、岸田首相にはそれが理解できなかったようだ。
 なんでこの人は、次々に批判されるようなことばかりやるのだろうと、ぼくは首をかしげる。この人、どうにも理解できない。
 しかも、任命した人たちが次々にスキャンダル。おい、もう少し人間を見極めてから登用しなよ、と陰ながら気の毒になるほどだ。
 まず、山田太郎文科政務官が女性スキャンダルで辞任。
 続いて柿沢未途法務副大臣が木村弥生江東区長に選挙法違反のネット広告を指示したことが発覚して辞任。しかもその件を直属の上司の小泉龍司法務相が、本人が辞任するまで知らなかったというお粗末ぶり。
 ♪悪事は続くよ どこまでも~♪
 というわけで、お次は神田憲次財務副大臣のお出まし。この人、税理士の資格を持っているにもかかわらず、税金滞納で4回も所有ビルを差し押さえられたと週刊文春が報じた。本人も認めざるを得ない事実。
 だいたい税の元締めの財務副大臣なんだぜ、この人。本人は「辞めるつもりはない」と頑張っているが、岸田首相はなぜかずばりと断を下せない。ふにゃふにゃの人。
 「さっさと辞めさせるべきなのに、どうしようもねえなあ」と党内からも批判の声。いったい岸田文雄って人、何を考えているのかさっぱり分からん。いや、首相の地位にしがみつくこと以外は、何も考えていない、というのが本当のところか。
 やっと13日に、神田氏が「辞表提出」で、とんずら。これも、岸田首相により「罷免」ではなく、辞表提出でケリというお粗末。自分で任命したヤツを、自分でクビにすることもできない。ふにゃふにゃの2乗…。
 さらに、あの杉田水脈(コイツには敬称をつける気にならない)が何度もやらかす。法務局から繰り返し「人権侵犯」を指摘されながら、ツイッター(x)で「法務局の認定には罰則などない」「私は差別主義者と闘っている」「在日特権は存在する」などと繰り返し発言。だが岸田首相は、こんなヤツを野放しにしたまま何もできない。ふにゃふにゃの3乗4乗5乗……。

なんでいま給与増額?

 それでも国民の気持ちを逆撫でするアホさは失わない。そこだけは立派なもんだ。
 首相らの給与を引き上げる「国家公務員特別職の給与改正案」を10日、衆院内閣委員会で可決してしまった。
 この法案改定で、首相は46万円、閣僚は32万円の増額となる。国民が相次ぐ値上げと実質賃金の目減りに苦しんでいる最中に、自分らはお手盛りで給与を上げる。非難殺到は当然だろう。なんでそんなことが分からない?
 あまりの炎上に、松野官房長官は記者会見で「首相らは給与の増額分すべてを国庫に返納する」と釈明した。それなら最初からそんな法案を通さなければいいじゃないか、と思うのが普通の感覚だが、どうやら彼らの考えは違うらしい。
 ともかく、なんでこんな国民の気持ちを無視したことばかりやるのか、ぼくにはどうしてもそんな岸田首相の気持ちが分からないのだ。もし、彼に当たり前の感情というものがあれば、の話だけれど…。
 そこへ来て「維新万博」がひどいことになっている。「万博中止」の声が日に日に高まっている。メキシコなど5カ国がすでに「万博不参加」を決めている。これからますます不参加国は増えるのではないかと予想される。
 ところが岸田首相は「国を挙げて万博成功のために全力を尽くす」と言ってはばからない。予算がほぼ2倍に膨らんでも意に介する気配もない。増税が迫っている中で、またしても2350億円(そんなもので済むはずがない)という巨額な金が注ぎ込まれるアホ万博を、なぜ止めようとしないのか。これは、維新に恩を売るためだという説が有力だ。すり寄ってくる改憲政党に少しは蜜を吸わせておこうということらしい。
 国会で、350億円もかかるという円形木造構造物の正当性を問われた自見英子万博担当相は「夏の酷暑を避けるための大屋根として必要で妥当なもの」と答えて失笑を買った。万博が終われば壊してしまう「日除け」に350億円? ええ加減にせえ、と大阪人だって言いたくなるのではないか。

ふにゃふにゃ外交

 国内問題だけならまだしも、国際的にも日本外交への疑問はかなり高まっている。
 ガザへのイスラエル軍の侵攻は、いつの間にか本格的な地上戦に発展した。ガザ住民に凄まじい数の死亡者が出ている。
 ガザ地区の2つの大きな病院は、イスラエル軍の激しい攻撃で機能停止。保育器も燃料不足で使用できず、未熟児たちが次々に亡くなっている。イスラエルがいくら「病院地下にはハマスの司令部がある」と言い立てても、だからと言って子どもを死に追いやるリクツにはなるまい。微かに漏れてくる子どもたちや負傷者の惨状の写真や動画を見て心を動かされない者がいるとすれば、その人らには「ひとでなし」という言葉が相応しい。
 国連のグテレス事務総長が、顔を真っ赤にして「ガザは子どもたちの墓場になった」と、イスラエルの無差別爆撃を非難している。しかし日本はいまだに「ハマスのテロを非難する」を主眼に置いた発言に終始している。
 なぜ、即時停戦を訴えないのか。
 国連では安保理事会がほとんど機能停止に陥っているが、それでも国連総会は10月26日に「人道的停戦を求める決議」を賛成121カ国の多数で採択した。ところが日本は棄権に回ったのだ。それには、世界各国から失望の声が漏れた。
 日本はこれまで、パレスチナとも良好な関係を保ってきた。アメリカのイスラエル一辺倒にそれほど引きずられることなく、独自の姿勢を保ってきた。それはアラブ諸国からの石油輸入が裏にあったからではあったが、それなりの評価を受けてきたのだ。だがそれも、このふにゃふにゃ外交で大暴落。
 各国では「パレスチナ連帯」の大デモが繰り返されている。イスラエルによる病院や学校への爆撃が連日報じられ、ことに子どもの死者数が4000人を超えるという状況になってきて、デモの高まりは激しさを増している。ロンドンでは11日、30万人を超える大デモがあった。英労働党は、イスラエルを支持するスターマー党首に対して反対の声が強く、党分裂の危機さえささやかれている。
 そんな世界状況の中で、ぼ~んやりの岸田首相はなんの具体的な動きも見せず、年内の解散総選挙は諦めました…なんて頭の中はからっ風。

 ぼくには、この岸田さんという人がよく理解できないのです。

 このところ、地方選挙では市長選で自民推薦候補の敗戦が目立ち、地方議会選挙でも自民党の退潮が著しい。
 永田町ではとうとう、岸田降ろしの風が吹き始め、次の総裁候補は誰かと騒がしくなってきた。「アホ万博」の大失敗が目に見え始めて、維新の勢いにも陰りが見え、最近の調査では維新支持率もじり貧である。
 こんな時こそチャンス到来、野党が勢いづかなければならないのに、立憲泉健太代表は、連合芳野友子会長に首根っこを押えられてものも言えない。

 ぼくには、この泉さんという人もよく理解できないのです。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。