第658回:『NO 選挙, NO LIFE』〜そのジャンルへの抑えきれない愛に溢れた求道者の布教が一番効くという事実の証明〜の巻(雨宮処凛)

 選挙について、あなたはどんなイメージを持っているだろう。

 名前を連呼する選挙カー。なんらかのコミュニティに属している人だけが参加する祭り/戦争。金と利権。ドブ板。土下座。そしてデザインセンスを疑うのぼりや旗、といったものだろうか。そういうものを総合した果てのイメージキャラクターとして浮かぶのは、私の場合、鈴木宗男氏だ。

 ちなみに私は25歳で物書きとしてデビューするまでは、投票の紙が届いても当たり前のように捨てていた。選挙に行くようになったのは2000年からだ。

 それが2007年、『生きさせろ! 難民化する若者たち』を出版して以降、突然「選挙」なるものに巻き込まれるようになり、非常に面食らったという経験を持っている。

 巻き込まれるというのは、非正規雇用の問題などに取り組む候補者から「応援してほしい」と声をかけられたり、なんなら「選挙に出ないか」と声をかけられたりということだ。

 もちろん選挙に出ることは固辞したものの、頑張ってほしい議員の応援には顔を出したりするようになった。そのようなことによって、それまでものすごーく遠く、そして「関わりたくないもの」だった「選挙」は、少しだけ身近なものになっていった。同時に、候補者がどんな思いで出ているのかとか、選挙の仕組みとか、そういうことが少しはわかるようにもなった。が、そんな機会が持てること自体が特殊なこと。多くの人にとっての選挙はおそらく「面倒なもの」「うるさいもの」「迷惑なもの」、そして「鈴木宗男みたいなおじさんが暗躍するセレモニー」ではないだろうか。

 では、なぜ私が選挙に行くようになったかと言えば、環境の変化という一言に尽きる。

 例えば投票の紙が届いても捨てていた24歳までのフリーター時代、周りの同世代には、「選挙に行く」「行ったことがある」なんて人は一人もいなかった。

 それが行くようになったのは、物書きデビューして周りの人間関係が変わったことによる。関わるのは年上の編集者や同業者などが多くなり、その人たちは「選挙に行かないのはカッコ悪い」的な空気を漂わせていたのだ。

 このようなことにより、私はただ単に「流されて」選挙に行くようになったのだが、自分の経験上、「選挙に行かない人を責める」気持ちにはあまりなれない。なぜなら、私が当時責められたとしても、「では投票に行こう」という気持ちにはまったくならず、反感だけが残ったと思うからである。ちなみに、全然政治に興味のない人が周りに「行け行け」言われて行った結果、私調べでは100%の割合で自民党か維新に投票しているという事実も書いておきたい。

 さて、そんな選挙に関する映画が公開されたので観てきた。

 それはフリーライターの畠山理仁さんを追った『NO選挙, NO LIFE』

 公式サイトには以下のような言葉が躍る。

 「畠山理仁50歳。取材歴25年、平均睡眠時間2時間、選挙に取り憑かれた絶滅危惧種ライター」

 その言葉通り、選挙取材に命を賭けている人である。

 ちなみに私は畠山さんを勝手に「選挙の風物詩」と呼んでいる。選挙と名のつくものが始まると、SNSなどで畠山さんを見かけることが増えるからだ。そのたびに、「ああ、また選挙が始まったのだなぁ」という気分が込み上げる。

 そんな畠山さんの選挙取材に対する情熱は知っていたのだが、少し前、イベントでご一緒する機会があり話を聞いて驚いた。なんと選挙取材では赤字も多く、バイトまでしながら活動を続けているというではないか。しかも妻子あり。子どもは2人いるという。

 目の前の、人当たりが良く、常識人に見える畠山さんが私の中で「ある種の変態」に変わった瞬間だった。

 映画はそんな畠山さんの選挙取材を追うのだが、その手法には驚かされるばかりだ。

 まず、記事にするためには候補者全員を取材するという信条。国政ともなれば膨大な「泡沫候補」がいるわけで、その人たちにも一人ひとり話を聞くのである。時間もかかるしお金もかかる。そんなことを自らに課していること自体驚きだが、さらに驚くのは泡沫候補の世界のカオスっぷりだ。

 自らを「超能力者」と名乗る者がいれば、「トップガン政治」という謎のキーワードを掲げてバッティングセンターに通う者がいる。政党名もすごい。バレエの衣装を着た男性が掲げる「バレエ大好き党」、「炭を全国で作る党」などなど。スーパーマンの衣装に身をまとったおじさんなんかもいて、人間の「業の深さ」に圧倒される思いだ。

 選挙なんてつまらない。そう思う人にこそ、観てほしい。その道25年の求道者が、私財を投げ打ち、膨大な時間と労力をつぎ込んできた「推し(選挙)」の素晴らしさをプレゼンするのだから、こちらも傍観者でなどいられない。本気で何かを愛する者の姿ほど、人の心を動かすものはない。

 観ているだけで、「こんな生き方もあるんだ」「ここまで自由でいいんだ」「ここまでハチャメャでいいんだ」と俄然、勇気がわいてくる。みんなタガが外れているけれど、もっとも外れているのが畠山さんだ。

 畠山さん、ぜひこの映画でブレイクして、まずはバイトせずに選挙取材に専念できるようになってほしい。本当に、こういう人の存在は宝なのだから。
 『NO 選挙, NO LIFE』は、現在、ポレポレ東中野で上映中。全国でも順次公開される。

映画 『NO 選挙, NO LIFE』
ポレポレ東中野(東京)ほか全国順次公開
https://nosenkyo.jp/#modal

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。