第661回:今年を振り返り、ハリウッドや西武のストライキを思う。の巻(雨宮処凛)

 今年も残すところあとわずかだ。

 なんだかあっという間の一年だった。

 そして多くの大切な命を失った一年だった。

 1月には父親のように慕い、なついてきた鈴木邦男さんが逝き、2月には18年をともに生きた愛猫・ぱぴが旅立った。そのすぐあとに「だめ連」ぺぺ長谷川さんの訃報が届き、夏が近づく頃、頭脳警察のPANTAさんが亡くなった。

 そうして今年も終わりに近づく頃、10代の頃から大好きだったバンドのメンバーが立て続けに逝った。BUCK-TICKのあっちゃんこと櫻井敦司、そしてX JAPANのHEATH。いまだに大きな喪失感を抱えたまま、信じられない気持ちだ。

 7月には、タレントのりゅうちぇるさんも亡くなった。

 ネット上の誹謗中傷問題が指摘されたが、今もそれは日々対象を変え、野放しにされている。人の命を奪う危険なものがこれほど放置されていていることには疑問を禁じ得ないが、何人も犠牲者を出しながらも、今日もSNSでは誰かが吊し上げられている。りゅうちぇるさんの問題に限らず、ネットでの誹謗中傷で日々、人の心に消えない傷を残している加害者は、今すぐまとめて法の裁きを受けてほしい。人を殺傷する凶器がこれほど野放しにされていいはずがないのだ。

 それ以外にもいろいろなことがあった。

 「新しい戦前」という言葉が注目され、「軍拡より生活」を掲げた集会やイベントが多く開催された。入管法改悪反対デモに多くの人が集まった。一方、4月には岸田首相に手製のパイプ爆弾が投げつけられる襲撃事件も起きている。逮捕されたのは24歳無職の男性。詳しい動機などはいまだにはっきりしていない。

 そうして10月。突然の、ハマスの蛮行に世界が言葉を失った。以来、イスラエルによる猛烈な報復が続き、多くのパレスチナ人の命が奪われている。昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻が始まった時、こんな光景をリアルタイムで見る日が来るなんて、と愕然とした。しかし今、日々、大虐殺の映像がSNSを通じてリアルタイムに届けられている。イスラエルによる虐殺に抗議して世界各国でデモが起き、日本でも、連日のようにデモや座り込み、抗議のアクションが続いている。私も行ける限り参加しているが、とにかく一刻も早く、この悲劇が止まることを祈ることしかできない。

 そんな2023年は、「ストライキ」が注目された一年でもあった。

 7月には、アメリカ・ハリウッドの俳優組合によるストライキが世界中なニュースとなった。

 動画配信大手などに公正な利益配分を求めるもので、俳優組合のストライキは43年ぶり。また、5月からは脚本家のストも行われていた。俳優と脚本家のストが同時に行われるのは実に63年ぶり。そんな俳優組合の組合員は16万人。このストライキは日本にも影響を与え、トム・クルーズ氏の来日が中止になるなどした。

 映画やドラマの制作、宣伝活動も中止されるなどエンターテイメントの世界に大きな影響を与えたストライキだが、11月、制作会社側と新たな労働協定を結ぶことで暫定合意。協定には、最低賃金の引き上げや、出演作が動画配信された際のボーナス、「AIの脅威からメンバーを守る前例のない同意や報酬の規定」が盛り込まれ、一連のストは終結となった。

 華やかなハリウッドスターも組合に入り、自分たちの権利を求めてストライキという手段を使う――。このことに新鮮な驚きを感じた人も多いのではないだろうか。

 が、「権利」は自動的に守られるものではないことは俳優だって同じだ。時代の流れによって変わっていく状況――今回のことであれば、動画配信がポピュラーになったり、AIの発達によって俳優の待遇が悪くなったりすること――に対して当事者が訴えないと問題は「なかったこと」にされる。それどころか、そもそも気づかれもしないのだ。

 さて、日本でも大きく注目されたストライキがあったことを覚えているだろうか。

 それは8月31日、そごう・西武の労働組合による西武池袋本店でのストライキ。

 日本の百貨店でストライキが行われるのは実に61年ぶりということで、多くのメディアにも取り上げられた。「たった1日のストライキ」だったが、好意的に受け止める意見が多かったことが印象に残っている。

 そんなストライキの日にはデモが行われたのだが、それを報じるニュース映像を今もはっきりと覚えている。デモにはそごう・西武の組合員たちだけでなく、伊勢丹や高島屋の組合員の姿もあったからだ。

 ライバル店なのに、なぜデモに参加したのか――。取材陣のそんな問いに、高島屋の男性は「ライバルだけど、仲間が困ってたら助けるのは当たり前だから」というようなことを口にした。

 その言葉を聞いて、涙が出そうになった。そんなまっすぐな言葉を、映画とかアニメ以外で久々に聞いた気がしたからだ。

 同業者で競争相手だけど、同じ業界で働く仲間だから、助ける。何かあったら駆けつける。そんな真っ当な言葉を、「大人」の口から耳にしたのはいつぶりだろう? そこまで思って、なんだか悲しくなった。

 なぜなら、子どもの頃から今に至るまで、いわゆる「大人」から聞かされてきたのは、隣の誰かは助け合う対象ではなく、蹴落とし、出し抜く対象であるということばかりだからだ。ちょうど社会に出る頃が就職氷河期だった私にとって、それは正しく現実を反映していた。「助け合い」なんて悠長なことを言ってたら、あっという間に奈落の底に突き落とされる。とにかく椅子とりゲームの椅子に自分だけは座らないといけない切迫感。誰かを思いやる余裕なんてなくて、椅子から漏れた人間は「自己責任」と放置された。そんな中でこの「失われた30年」を生きてきた。

 そんな私にとって、百貨店で働く「おじさん」が、当たり前に口にした連帯の言葉は、シビれるくらいの感動を呼び起こしたのだ。

 さて、日本では絶滅寸前となっているストライキだが、現在、アメリカではむちゃくちゃ増えているという。今年、アメリカでストライキに参加した人は、少なくとも45万7千人(共同通信23年12月5日)。22年と比較して倍増しているという。背景にあるのは、物価高。収入の伸びが追いつかない生活苦を背景に、労働組合の結成が相次いでいるというのだ。

 翻って日本を見渡すと、20ヶ月以上にわたる物価高、そして先進国で唯一、30年間賃金が上がっていないという、アメリカよりもずーっと悲惨な状況である。が、組合結成も相次いでいないし、ストライキのニュースなんてない。

 それは、このような状況に対して「組合を作って抵抗する」という回路が共有されていないからだろう。本来であれば、「物価上がってるのに給料上がらないなんておかしいじゃないかコンチクショー!」と立ち上がってもいいところだ。が、いつからか、この国ではそれが非常に難しくなっている。自分の要求を訴える人は「わがまま」とみなされ、ネットなどで時に潰れるまでブッ叩かれる。

 しかし、声を上げずに「自分が悪いんで」と行儀よく生きていたら、ガチで30年間賃金が上がらない状況にまで追い込まれたわけである。

 お上に逆らわず、不満はネットの誹謗中傷で発散し、多くの人が冷笑的で意地悪という状況――。なかなかに絶望的だが、来年は、そんなどん詰まりを少しでも打破できたらと思っている。

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!

       

雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。