第131回:独立系映画館のピンチと可能性(想田和弘)

 全国の独立系映画館、いわゆる「ミニシアター」とか「アートハウス」と呼ばれる映画館の多くが、現在かなり大きなピンチを迎えていることをご存じだろうか。岩波ホールやテアトル梅田、名古屋シネマテーク、京都みなみ会館などが閉館を余儀なくされたことは記憶に新しい。

 ミニシアターはだいたい、いつでもピンチといえばピンチなので、「何を今更」と思われるかもしれない。しかし今多くの映画館が同時に存続の危機に立たされているのには、いくつか理由がある。

 第一に、コロナ禍。

 パンデミックは終わったとはいえ、3年以上にわたる「禍」の影響は大きい。今ごろになって、ボディブローのようにミニシアターの経営に響いているという。

 第二に、コロナ禍を経て変化した、人々の意識や習慣。

 映画館の支配人たちによると、お客の入りがコロナ禍前の水準に戻っていないそうである。特にコロナ禍前には常連だった人たち――その多くは高齢者だが――そういう観客が映画館に戻ってきていないという。その背景には、コロナ禍で一気に普及した配信の影響もあるのだろう。

 第三に、高価なDCPプロジェクターの入れ替え問題。

 映画館のデジタル化が一気に進んだのは、2013年あたりのことだった。それまでは35ミリフィルムを映写機にかけて上映するのがスタンダードだったが、この年に大半の商業映画がDCPというデジタル規格で配給されるようになり、したがって映画館はDCPを上映するためのデジタル・プロジェクターを導入せざるをえなくなった。

 このプロジェクターの値段がかなり高くて、だいたい500万〜1000万円くらいした。そうでなくても経営の苦しい独立系映画館には、重い負担である。しかも新しいプロジェクターを入れたからといって、売り上げが増えるわけではない。そのためプロジェクターを導入することを諦め、廃業した映画館もあった。しかしミニシアターの多くは、なんとか踏ん張ってプロジェクターを導入したのだ。

 これで、ひと安心。

 のはずだと僕は思っていたのだが、そうは問屋が卸さないのが、デジタル資本主義の恐ろしさである。

 呆れたことに、せっかく大枚はたいて買ったプロジェクターの寿命は、わずか10年なのだそうだ。といっても、10年経つとプロジェクターが壊れて使えなくなるわけではない。メーカーのサポートが終わるのが10年なのだそうだ。つまり万が一プロジェクターが壊れても、部品がなかったり、直してくれなくなったりする。

 これは映画館としては致命的である。だから泣く泣く、プロジェクターを買い換えざるをえない。2023年の今、そういう状況が一斉にミニシアターへ降り掛かっているのである。

 しかもこの10年の間にプロジェクターの値段が下がったのかといえば、下がっていない。新しいプロジェクターは、今も500万〜1000万円くらいするそうだ。ということは、映画館を続けるなら、10年ごとにそういう出費を覚悟せねばならないということである。適切にメインテナンスすれば半永久的に使えるフィルムの映写機とは、なんという違いであろう。

 いずれにせよ、そうした苦境をしのぐため、あるいは名古屋シネマテークのように一度閉館した映画館を復活させるため、各地のミニシアターが募金やクラウドファンディングを始めた(このコラムの末尾のリンクを参照)。

 そのうちのシネマ尾道とシアターキノは、すでに目標額を超えて終了した。その他の映画館も順調に寄付金を集めている。映画館で映画を観る人が減っているとはいえ、「映画館がなくなっては困る」と身銭を切って応援する人たちは、まだまだ健在なのである。

 映画と映画館を愛する僕としては、その事実に勇気づけられる。その一方で、独立系映画館に来る観客が高齢化していることも紛れもない事実であり、若い観客を獲得しない限り、ミニシアターに未来はないことも認めざるをえない。

 と思っていたら、興味深い記事を読んだ。

 「トロントで独立系映画館がブーム “シネコンで観るのとは違う体験”」と題する、カナダの日刊紙「トロント・スター」の英文記事である。

 記事によると、現在トロントでは「Revue on Roncesvalles」「Paradise on Bloor」「Fox in the Beaches」といった独立系映画館が、Z世代に人気なのだという。Z世代といえば、現在13歳から22歳くらいまでの若者である。

 これらの映画館ではレトロスペクティブが人気で、「ホラーナイト」「フィルム・ノアール」「クイア・シネマクラブ」といった毎月のシリーズを組み、過去の名作だけでなく埋もれた過去作も積極的にプログラミングしている。それらに音楽のライブやスタンドアップ・コメディなども組み合わせて、イベント性を高めているそうである。

 その結果、コロナ禍が明けて以来、トロントの独立系映画館では観客動員数が増え続けているという。Netflixで配信中の過去作でさえ客席が埋まるというのだから、驚きである。つまり観客は明らかに「映画館で映画を観る」という、もはや特別になりつつある“体験”にこそ、お金と時間を費やしていると言えるだろう。

 日本の独立系映画館も、工夫とプログラミング次第で、再び若い観客を惹きつけることができるのではないだろうか。

ミニシアター存続のための主な募金・クラウドファンディング

●この場所で映画館を続けたい! 閉館待ったなしの横浜のミニシアター〈シネマ・ジャック&ベティ〉にご支援をお願いします
https://motion-gallery.net/projects/HelpJandB

●新しいミニシアター、「ナゴヤキネマ・ノイ」(旧・名古屋シネマテーク)スタートに向けて!
https://motion-gallery.net/projects/nagoyakinema-neu

●浜松シネマイーラ 維持強化ご寄付のお願い
http://cinemae-ra.jp/kifu2023.html

●映画の街・尾道の映画館「シネマ尾道」の未来へ向けたプロジェクト(目標額を超えて終了済み)
https://motion-gallery.net/projects/cinema-onomichi1018

●札幌シアターキノ40周年に向けて、デジタル映写システム更新にご支援を!(目標額を超えて終了済み)
https://motion-gallery.net/projects/theaterkino

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ):映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。最新作『五香宮の猫』(2024年)まで11本の長編ドキュメンタリー作品を発表、国内外の映画賞を多数受賞してきた。2021年、27年間住んだ米国ニューヨークから岡山県瀬戸内市牛窓へ移住。『観察する男』(ミシマ社)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)など著書も多数。