第124回:“慰霊の日”は誰のため?~沖縄県庁が事前に掲示物・配布物チェック~(三上智恵)

 私は自分の耳を疑った。沖縄県が、市民団体の掲げる横断幕や配布物の内容を事前にチェックするなんて、これまで聞いたことがない。そんなお達しが紙にまで書かれて渡されていた。国が、ではない。沖縄県が。慰霊の日の行動に関してなぜ沖縄県庁に事前に許可を得る必要があるのか?

 慰霊の日を2日後に控えた沖縄県庁前広場。3年前から同じ時期にここにテントを建てて、ハンガーストライキ(ハンスト)をしながら戦没者の遺骨を守る活動をしてきた具志堅隆松さん。沖縄県保護・援護課から渡された紙を前に動揺を隠せない。6月23日の慰霊の日には、毎年平和の礎に場所を移動させて、そこで遺族と遺骨を繋ぐDNA鑑定を呼びかけてきたのだが、今年は規制が厳しくなったという。

「今年はテントも建てさせないと言われたんです。それはない、となんとか頼み込んで、やっとDNA鑑定の呼びかけだけならという話になった。そしたら、それ以外の行動は一切だめ、配布物の文言や横幕の言葉は,県の了解を得たものしか認めないと。事前に県庁が表現内容をチェックするなんて、それは検閲ですよ。行政機関が一般市民にそういう表現の自由を奪うようなことをしていいのか」

 動画にあるような掲示物や配布物は、ここ県庁前広場では認めるけれど、慰霊の日には認められないという。糸満市摩文仁周辺には、岸田総理をはじめ政府要人が数多く訪れる。安倍総理や岸田総理の襲撃など不穏な出来事があったせいか、この数年、慰霊の日の式典には県外からも大勢の機動隊が動員され、かつてなく物々しい空気に変貌しつつある。

 しかし、そればかりではないだろう。沖縄県民の平和を求める声、戦争の島にしないでくれという声は、翁長県政以降のこの10年、国によって全く踏みにじられてきた。そんな忸怩たる思いが県民の側にはあるので、総理大臣や国会議員が来てくれる機会に県民の思いを意思表示しようと横断幕やプラカードを持って迎えてきた。そういう人々の姿が、安全管理以上に政府をイライラさせているのだろう。しかし、政府から当日の安全管理を沖縄県が厳しく指導されたとしても、わかりました、と従うことでよいのか。これまで許されてきたそれぞれの形の慰霊の日の過ごし方が、行政によってこれは良い、あれは駄目、などと規制を始めてしまうことは、とても恐ろしいことだ。

 今回の保護・援護課の通達では、DNA鑑定の呼びかけ以外は一切認めないという。南部の土砂には遺骨が入っているから埋め立てに使わないでくれと言うのもダメ。「埋め立て」という言葉が入っているチラシの配布も認められない。さらにハンストや集会も認めないという。とくに式典開催前後の時間帯は「周知」の行為も禁止。理由は「静謐」な環境を守るため、ということだが、規制の意図は単に静かな環境のためではなさそうだ。

 今月18日、慰霊の日を前に具志堅さんは上京し、政府に直接要請行動を展開していた。南部の土砂を埋め立てに使う計画を撤回して欲しいという要請は、過去にも数えきれないほどしてきた具志堅さんだが、今回は、慰霊の日の式典に参加するために一国の総理が沖縄に来るのであれば、南部の土砂は使いませんと計画を撤回してからからきてくださいと訴えたのだ。

 「戦没者に哀悼の誠を捧げると言いながら海に捨てるなんてできませんよね? それならば、遺骨の混じった南部の土は使いませんと。それだけは約束して欲しい」

 さらに具志堅さんは警察庁の担当者にも過剰な警備をやめて欲しいと要請をした。

 戦没者の尊厳を守ってほしいと同時に、平和の礎に手を合わせに来るご遺族を不審者扱いするような過剰な警備は不謹慎で不要だと具志堅さんは言う。要人警護のために県外からも機動隊を入れて、式典会場から遠い場所に恒例の遺族らの車を止めさせて、炎天下かなりの距離を歩かせるなど、本末転倒なことが現場では起きていた。

 「18日の政府要請の際には警察庁も呼んで直接聞いたんです。全国からどのくらい警察を呼ぶのか。どのくらいの税金を使うのか。でも答えられないと。それは沖縄県警に聞いてくれと」

 「岸田総理のための慰霊の日ではないんだから、そんな負担を県民に強いるならもう来ないでほしい、といったんです」

 現在、沖縄出身の奥間勝也監督のドキュメンタリー映画『骨を掘る男』が、全国の映画館でまさに公開中で、具志堅さんはその主人公だ。彼が40年以上にわたってコツコツと掘り出してきた戦没者の遺骨が何を語るか。その行動的慰霊行為が生みだす場はすさまじく感性に訴えるものがあり、見る人たちの気持ちをしっかりつかんでいる。そんな人物が、いまや政府や警察庁にまでものを言うようになっていることを、恐れている人たちがいるのではないか。具志堅さんは、このままでは県民が死者に思いをはせる慰霊の日ではなくなってしまうと危惧しているにすぎないのだが、かなり説得力を持ってしまった具志堅さんの存在や振る舞いに、国、もしかすると県庁までが過敏になっているように感じるのはうがちすぎだろうか。

 遺骨を家族のもとに返したい。シンプルに愚直にそれを願っている具志堅さんは、筋が通っているからイデオロギーを問わずに広く支持されてきた。そこは何も変わっていないのに、政治的だと警戒したり、行動を封じたり、危険分子のようにカテゴライズするようなことは絶対におかしい。死者との向き合い方は人それぞれだ。去年できた慰霊の日の行動が、今年は事前検閲でできないというのを、そうですかと認めるわけにはいかない。自由な表現は、縮小を始めたらあっという間に小さくなって干からびて、手の中から零れ落ちてしまうだろう。よくよく考えてみて欲しい。「沖縄の慰霊の日の行動を、沖縄県庁が規制するようになった」。私たちはこんな明確なサインを見過ごすわけにはいかないのだ。

 具志堅さんは多くのことを、国民に、遺族に、政府に訴えたいから今年もハンストをやっている。でも一方で具志堅さんの中には、年に一度くらいは戦没者の苦労に近づこうという思いがある。最後の苦しみを少しでも分かち合いたいという意味も込められている。

「それでも僕は……日本政府や岸田総理の人間性を信じたい。日本人の心というのを信じたいですよね」

 具志堅さんは最後に遠くを見つめてこう言った。

「ましてや、沖縄県庁の職員の心をね、信じたいですよ」

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標的の村』『戦場ぬ止み』『標的の島 風かたか』『沖縄スパイ戦史』――沖縄戦から辺野古・高江・先島諸島の平和のための闘いと、沖縄を記録し続けている三上智恵監督が継続した取材を行うために「沖縄記録映画」製作協力金へのご支援をお願いします。
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三上 智恵
三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移住。同局のローカルワイドニュース番組のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。14年にフリー転身。15年に『戦場ぬ止み』、17年に『標的の島 風(かじ)かたか』、18年『沖縄スパイ戦史』(大矢英代共同監督)公開。著書に『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)、『女子力で読み解く基地神話』(島洋子氏との共著/かもがわ出版)、『風かたか 『標的の島』撮影記』(大月書店)など。2020年に『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社)で第63回JCJ賞受賞。 (プロフィール写真/吉崎貴幸)