第314回:都知事選、この人だけは勘弁してほしい(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

驚きの動画

 都知事選が盛り上がっている。何しろ56人もの候補者が乱立、しかも候補者ポスター掲示板のデタラメな使い方まで話題になっている。テレビ各局は面白おかしく騒ぎ立てるが、都知事選の本質などは、どっかに置き忘れたままだ。
 「小池先行、追う蓮舫」というのが、報道各社の現在(6月25日)の見立てである。そうなのか、とぼくはやや首をかしげる。
 少し古い動画がSNS上に流れてきた。2018年6月15日の、小池百合子都知事の都庁での記者会見の様子である。それを視聴して、さすがにぼくはビックリした。こんなやり取りがあったのである。

記者:最近、一部報道で、雑誌のほうで、知事のご経歴の中で、カイロ大学を首席で卒業された、という経歴について疑義を呈する報道が出ているわけですが、この件についての知事のご見解をあらためて伺います。

小池都知事:カイロ大学は卒業証書もあり、また大学側も認めております。また、首席云々のことについてですが、むかーしの話なので、なんと言われたかひとつひとつは憶えておりませんけれど、「いい成績だったよ」と言われたので、これは事実でございますので、よろこんでその旨を書き込んだと、そのように思っております。

記者:今のご説明ですと、首席ということについては、いい成績と言われたというお話だったんですけど、では首席で卒業ということははっきりしないと…。知事としては、経歴等で首席というのをあまり謳ってこられなかったという…。

小池都知事:全部調べてはいないのですけれど、最初に書いた本にはそのように書いた記憶がございます……というか、そういうふうに書かれております

記者:では、首席卒業ということは断定できないと…。

小池都知事:非常に生徒数も多いところで、ただ先生から「非常にいい成績だったよ」というふうに、アラビア語で言われたのをよく憶えております。それを書いたというようなことだったと思います。

 どうですか、これ? ぼくはこの小池さんのレトリックに仰天したのである。
 例えば「昔」を「むかーし」と強調する。つまり「そんな昔のことなんか憶えていないわよ」である。
 ハンフリー・ボガートが映画『カサブランカ』の中で、「昨日なにしてた?」と問われて「そんな昔のことは憶えちゃいない」と返すセリフは有名だが、小池さんにはまったく似合わない。
 だいたいが「『いい成績だったよ』と言われたのは事実でございますので…」って、なぜそれが「首席」と結びつくのか、あまりに強引過ぎるヘリクツだろう。
 その上「最初に書いた本にはそのように書いた記憶が」ある、と明確に言っている。最初の本に書いてしまったことは、さすがに消せないと思ったのか、言い訳のしようがなくなって「いい成績」と「首席」とを、強引に結びつけるという、なんともアクロバティックなエクスキューズ(小池さん得意の横文字を羅列してみた)を展開せざるを得なくなったというわけだ。しかし、これはどう贔屓目に見ても無理だ。
 しかもそこを強調するために、ことさら「アラビア語で言われた」と強調している。アラブの大学でアラビア語を学んでいたのだから、先生(なんで教授じゃないのか?)がアラビア語でいうのは当然だろう。それをことさらに言わなければならないところに、小池氏の焦りが見て取れる。
 そんなことを言うのだったら、「先生にアラビア語で言われた」ことを、会見の場でアラビア語で再現してみせたらよかったのにね、とぼくは思った(笑)。

 さらに、ぼくが注目したのは、次のフレーズだ。
 「最初の本にはそのように書いた記憶がございます…というか、そういうふうに書かれております」
 なんだ、これ?
 最初の本って自分の本でしょ? 「そういうふうに書かれております…」?
 自分で書いておきながら、そういうふうに書かれております、という言い方はないでしょう。つまりこれは、「最初の本は自分で書いたものではない」ということを、何の気なしにポロリと告白してしまったのだ。
 出版界ではよくあることだが、ある著名人にインタビューしたものをまとめて文章化し、それを、○○著、という形で刊行する形だ。いわゆる「聞き書き」というやつだ。タレント本などには多い。それが、リライターとかゴーストライターといわれる人たちの活躍の場でもある。
 しかしその場合であっても、著者とされる人物は、自分の名前で出版されるわけだから、インタビュー後の文章化されたものをよく読んで、間違いや事実と違う部分はきちんと指摘する。だから、事実関係については、あくまで「著者本人」に責任がある、ということになる。とすれば、この小池氏の「最初の本」というものが、かなりデタラメだったことがよく分かるのだ。
 「そういうふうに書かれております…」 つまり、私が書いたものではありません、ということだ。

 小池百合子という人は、このひとつの記者会見からも分かるように、自分の人生を虚飾と虚偽でまぶして生きてきたのだ。
 むろんここから類推されるように、今回の都知事選立候補に際しても、カイロ大学卒業という「虚飾」を脱ぎ捨ててはいない。元側近に告発されても仕方ない。

虚偽と隠蔽の小池都政

 「虚飾の人」が、どんな都政を行ってきたか。
 例えば、なんだかやたらと金を注ぎ込んでいる都庁の“光のお遊び”について、都議会でのやり取りがすごい。6月23日、東京都議会での審議の様子を見て、本気で怒り心頭だった。こんなやり取りだ。この動画は、ネット上でずいぶん拡散されているが、忘れないようにここに書き止めておく。

池川友一議員(日本共産党):都庁のプロジェクトマッピングの実行委員会、人数は何人で、メンバーは誰ですか。入札に関わる資料というのが、都民や都議会に一切明らかにされていない。実行委員会の設置要綱、入札に関する資料をなんで出せないんですか。

坂本雅彦産業労働局長:東京プロジェクションマッピング実行委員会は、都とは別の主体でございまして、都が実行委員会に関する資料を公表することはできません(と、ペーパーを読み上げる)。

池川議員:だって、東京都の税金100%でやっているんですよ。出せないということは、どういう意味ですか。

坂本局長:東京プロジェクションマッピング実行委員会は…(同じペーパー読み

池川議員:東京都の入札ルールは適用されない、資料を出せといったら、実行委員会だから出せない。こんなことありえないでしょ!

坂本局長:東京プロジェクション…(一言一句同じ答弁を繰り返す

池川議員:実行委員会はたった3人です。実行委員会メンバーがいいと言えば、資料は出せるはずです。東京都は出すと言えばできる。これ、観光財団と新宿区に確認したんですか。

坂本局長:東京プロジェクション…(一言一句同じペーパー読み

池川議員:公表する意思はあるのか、そういうことを観光財団と新宿区に問い合わせる、ということをしなかったんですか。

坂本局長:東京プロジェクション…(一言一句同じ

池川議員:そんなこと、通用しないですよ。要するに確認しなかったんですか。もう一度お答えください。

坂本局長:一言一句同じ

池川議員:さっきから予算の額、みんな聞いていて高い高いと思っている。そしたら東京都の正規の手続きじゃなくて入札が行われている。都民や都議会に資料を出せないと。こんなの都民が納得できるわけないじゃないですか。知事の1丁目1番地は「情報公開」でしょ! 知事の指示でちゃんと資料を出してほしいと言ってください。

坂本局長:東京プロジェクション…(一言一句同じ

 もう、書いていてあほらしくなった。なんじゃこれは!
 あの河野太郎デジタル相の「所管外です」連発も負けそうな坂本局長の答弁である。まるで傷のついたレコード盤(古いけれど、最近復活の兆し)のように、下を向いて(とても恥ずかしくて質問者の顔なんか見られないのだろう)一言一句同じ答弁を、それもペーパーに書かれた文章を読み上げ続ける。
 ここまで隠し通さなくてはならないとは、何かよほど薄汚い金にまつわる秘密が、小池氏の周辺に隠されているということなのだろうか。この気の毒な茶坊主局長が、どんなに批判されようと問い詰められようと、ひたすらペーパーに目を走らせる姿には、怒りを通り越して哀れを感じてしまった。
 家に帰ればフツーの夫であり父であるだろう“局長”が、帰りに居酒屋で涙ぐみながら「バカヤロー、俺だってあんな答弁、やりたくてやってるわけじゃねえや、バッキャロー」と、やけ酒を食らっている、なんて状況が目に浮かぶ(んなことはないか…)。

ジャーナリストへの「排除の論理」

 これに限らず、神宮外苑の樹木伐採や築地市場跡地の問題も積み残したままだ。ぼくはそれ以上に「関東大震災における朝鮮人虐殺被害者への追悼文の送付中止」も、国際的な重大な過ちだと思っている。
 「7つのゼロ」と称した前回の公約は、検証すればほとんど無に等しいのがよく分かる。しかも、それを正そうとするジャーナリストには得意の「排除の論理」を振り回す。自分に都合の悪い記者には、質問どころか、記者会見の場にさえ入れさせない。仕切るのは、お気に入りのマスメディアの人たち。
 その様子は、今回の都知事選演説会場でも遺憾なく発揮されている。
 小池氏に聞こえるように大きな声で質問を投げかけるジャーナリストに、「それは選挙妨害だ」と威嚇してくるお付きの茶坊主たち。
 SNS上に出回る動画を見る限り、正当な記者の質問としか思えないが、「つばさの党と同じだ」と質問を遮り威嚇し、警察を呼ぶぞと脅す。演説妨害なんかではなく、まさに「質問妨害」と言わざるを得ないような光景が現出している。

ぼくは呼びかけ続ける…

 そんな小池百合子氏が、現職の強みを発揮して都知事選の戦いを有利に進めているのだという。
 ぼくは、小池氏のこれまでの態度は許せないと感じている。だから今回は、蓮舫さんに投票する。
 ぼくのささやかな“自民党の小池”への抵抗である。抵抗が勝つこともある。
 この戦い、まだまだ時間はある!
 投票日前日まで、ぼくは知人の都民に「蓮舫さんに投票しよう」と呼びかけ続ける。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。