第682回:いろいろとタガが外れた都知事選〜「注目される」ためなら手段を選ばない人たち。の巻(雨宮処凛)

 あと少しで都知事選の投票だ。

 今回の都知事選ほど「タガが外れた」光景を私は見たことがない。

 言わずもがな、悪ふざけを超えた候補者たちの存在だ。

 怪文書と化した選挙公報。「放送事故」と言われたいのが丸わかりの、だけど少しも笑えない、センスのない政見放送。そして東京のあらゆる場所に貼られた稚拙なポスター。

 しかし、皮肉なことに、いつも若者に見向きもされないポスター掲示板の前にはかなりの確率で若い世代の人だかりができている。悪趣味なポスターが話題となり、また地域によっても「バリエーション」が違うことから(NHK党のポスター)、関心を呼んでいるのだろう。しかし、これは「選挙への関心が高まっている」わけでもなんでもない。注目されるためなら手段を選ばない、いい年をした大人たちの動向を呆れつつ見ている人が大半だろう。

 一方、「ほぼ全裸」ポスターの女性の顔と名前を、私はこの短期間ですっかり覚えてしまった。またしても、「選挙に絡めて何かすれば一気に全国区になれる」という悪しき前例ができたことになる。彼女はすでに一部の世界では「スター」だろう。そうなれば、あと数年はそれをネタに稼げるかもしれない。

 さて、そんなものを見ていて思うのは、やはりこの「失われた30年」で荒みきったとしか思えない人心だ。

 どうしたら今のような社会が変わるのか。そう問われるたびに、私は「頑張ってる人がそこそこ報われる社会が復権したら変わると思う」と答えてきた。

 なぜなら、この30年は「どんなに頑張っても一定数の人は絶対に報われない社会」が確立してきた年月だからだ。そういう社会は当然、歪んでいく。人は「頑張ったら報われる」という最低限の信頼があれば頑張れるが、それがことごとく裏切られる社会ではコツコツまじめに働くなんてできない。そんな中、社会はゆっくりと衰退し、日本は確実に貧しくなってきた。また、組織への忠誠心も当然失われ、これまでにない偽装や不正を目にするようにもなってきた。

 一方、報われないことは人の心を病ませていく。よって、「こいつらが諸悪の根源だ!」という形で陰謀論も流行りやすくなった。自らが苦しい理由と「敵」がわかれば、人間は救われるからだ。それがたとえ嘘やデマだとわかっていても、今、「痛み止め」が必要なのだ。

 一億総中流が終わり、剥き出しのサバイバルが続いてきたこの30年。そんな中で台頭してきた「成功者」と言えば、ホリエモンやひろゆき氏や前澤友作氏といったトリッキな一発逆転系ばかり。

 稼いでさえいれば誰も文句を言えない社会の中、「金儲けに長けている」だけの人々がご意見番的に政治を語り、社会を語る。そんな光景を、この国に暮らす人々は日々見せられている。一方、若く、コネも人脈もない中で稼いでいるのはユーチューバーくらい。そうなると、多くの人は「まずは知名度」と思うだろう。

 そうしてビューやインプレッションが金に換算される世界で、「バズること」がもっとも「コスパのいいこと」になっていった。

 特にこの数年、NHK党などの台頭により、政治や選挙と絡ませれば、「数が稼げる」ことを一部の人々は「学習」している。

 それが「つばさの党」であり、今回の一部候補者たちだろう。ヘイトだってなんだって、金になれば利用する人たち。その存在は、「失われた30年」が産み出したグロテスクな副産物にも思えるのだ。

 今、私たちが目にしているのは、人からいろんなものを奪うと、社会には「格差」というわかりやすい形以外でもひずみが出てくるという、ひとつの典型例である。

 選挙結果ももちろん気になるが、それ以上に気になるのは、これほどまでに「壊れた」社会で、デジタルタトゥーなどものともしない人々の今後である。

 これほど顔と名前が知られてしまった以上、彼らはその路線で生きていくしかないだろう。また今回の件で新規参入してくる人も多くいるだろうから、こういった人たちは減ることなく増えていく一方だろう。

 今から私は、次の大きな選挙の光景がちょっと、怖い。今回の都知事選で、「まっとうに生きる人々が希望を持てる社会」実現の重要性を、改めて突き詰められた思いでいる。

 ということで、私はすでに期日前投票を済ませてきたのだが、まさにそんな都知事選中、毎週土曜日に都庁下で開催されている食品配布の行列は、過去最多の807人となった。

 また、6月25日には東京新聞が、東京都における料金滞納による給水停止が21年度には10万5000件だったのが22年度には18万件となり、23年度は24年1月までで14万件となったことを報じた。

 この連載の第680回「コロナ禍、冷酷だった小池都政を振り返る」にて、2021年度までは検針員が水道料金を払えない人のもとを訪問していたのを、22年度からは「業務の効率化」のためやめたことに触れたが、命にかかわる水がこうして無残にも止められているのである。

 都の水道局の担当者は「大半の方は停止するとすぐに支払ってくれる。費用対効果は大きい」と強調したというが、「大半の方」から漏れる人はどうなるのか。しかも、これから本格的な夏となるのだ。

 トップを選ぶ時、私はいつも、もっとも痛めつけられている人に目を向ける。そうすると、おのずと答えが出る気がするのだ。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。