第138回:選挙が終わった後に選挙特番をやるのが当たり前になってしまってよいのか(想田和弘)

 先日の東京都知事選挙の様子を遠く牛窓から眺めながら、改めて痛感したことがある。マスメディア、とくにテレビが、報道機関としての責任をほとんど放棄しているのではないか、ということである。

 その最たるものが、選挙特番である。

 テレビ各局は軒並み、恒例のごとく選挙が終わった後で選挙特番を放映し、候補者と中継をつなぎ、インタビューをしたようだ。

 その結果、2位につけた石丸伸二氏の、人を馬鹿にしたような高圧的な態度と話法が多くの人々の目に留まり、それはそれで意味がないわけではなかったが、なぜテレビ局はあのようなインタビューを選挙期間中に放映できなかったのか。選挙が終わった後に放映されても、投票は済んでしまっているのだから、後の祭りであろう。逆に言うと、もし選挙期間中に放映されていたら、得票数や選挙結果すら変わっていた可能性があるのである。

 こう申し上げると、テレビ局は決まって「公平性の担保が難しいから」と言い訳するのは承知している。総務省から放映のための免許をもらっているので、政府与党に首根っ子を掴まれているという事情があるのも知っている。

 だが、そうしたリスクがあるからといって、選挙期間中に選挙特番を行うことを諦め、選挙後にアリバイ的に行って、あたかも報道機関としての役目を担っているかのような幻想を作り出してよい理由にはならない。

 公平性の担保が難しいのなら、どうしたら公平性を担保しつつ、主権者が投票先を選ぶ上で有益な情報を提供できるのか、知恵を絞るべきであろう。それがプロの腕のみせどころであるはずだ。

 そして公平性を担保しているのに総務省が横槍を入れてくるなら、堂々と戦えばよい。それが報道人としての矜持であるはずだ。

 僕はなにか無理なことを言っているだろうか?

 また、石丸伸二氏についての報道に関しては、もうひとつ不可解なことがある。

 投開票があった7月7日の翌日(7月8日)、報道各社は石丸氏が選挙ポスター代の未払い問題で、最高裁で敗訴したというニュースを報じた。

 だが、記事にもある通り、この最高裁の決定は5日付で出されている。

 もしその情報が5日か6日に広く報じられていたとしたら、投票先を再考した主権者もいたのではないか。そう思えるくらい、主要候補者に関する重要な情報である。それがなぜ8日になって報じられたのか。これもなんらかの忖度が働いた結果なのか?

 報道各社は説明をすべきだと思う。

 国境なき記者団が発表した「2024年報道の自由度ランキング」で、日本は前年から2ランク位置を落とし、70位に沈んだ。https://eleminist.com/article/3483

 選挙の報道すら自由に行えないのだから、当たり前である。

 いずれにせよ、衆議院選挙や参議院選挙など、大きな選挙が迫ってきている。日本社会の方向性を決める大事な選挙なのに、今のような報道でお茶を濁して良いはずがない。

 報道機関の皆さんには、よーくご自分たちの使命と責任について、考え直していただきたい。デモクラシーの存続のために。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。93年からニューヨーク在住。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。監督作品に『選挙』『精神』『Peace』『演劇1』『演劇2』『選挙2』『牡蠣工場』『港町』『ザ・ビッグハウス』などがあり、海外映画祭などで受賞多数。最新作『精神0』はベルリン国際映画祭でエキュメニカル賞受賞。著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』『観察する男』『熱狂なきファシズム』など多数。