第685回:猛暑の中の相談会ツーデイズ〜物価高騰に上がり続ける悲鳴〜の巻(雨宮処凛)

 35度を超える猛暑となった週末、ふたつの相談会で相談員をした。

 まず7月27日に参加したのは、「いのちと暮らしを守るなんでも電話相談会」。

 コロナ禍に始まり、以来、隔月で開催されてきた電話相談会だ。全国の弁護士や司法書士、支援者らが無料で電話を受ける相談会にはコロナ禍の3年間で1万5000件以上の悲鳴のような声が寄せられてきた。

 「コロナで失業し、食べるものもない」「電気、ガスも止まって所持金50円」「既に住まいを失い携帯も止まり、公衆電話からかけている」というような切迫した状況の人からの電話を私も幾度も受けてきた。緊急の場合は、近くの支援者がその人のもとに駆けつけて給付金を支給する、生活保護申請に同行するなども行われてきた。コロナ禍、ひっそりと飢え、命の危機に晒される人たちが大勢いることを何度も痛感した。

 昨年5月、新型コロナは5類に移行したわけだが、相談内容の深刻さは変わらないどころか、2年以上にわたる物価高騰、また26ヶ月連続の実質賃金低下を受けてさらに深刻になっているというのが私の実感だ。

 それを裏付けるように、今年に入ってから、都内の炊き出しや食品配布に並ぶ人々の数は過去最多を更新している。

 2024年6月末には都庁下で開催されている食品配布に過去最多の807人が並び(コロナ以前は50〜60人)、池袋の炊き出しにも500人を超える人が訪れている(コロナ前は150人ほど)。どちらも減る気配は微塵もない。

 さらに現在はコロナが猛威を振るい、感染が全国で広がっている。そんな「第11波」の中で開催された電話相談。私は東京の会場で電話を受けたのだが、会場に着いた瞬間から電話が鳴り止まず、着席と同時に電話を取ることに。結局、電話は相談終了時間までほぼ途切れることなく鳴り続けたのだった。

 この日、私が受けた相談の、どれもが深刻なものだった。

 この猛暑の中、エアコンが壊れているという人。物価高騰で明日の食費もままならない、何か給付金はないのかという声。中でも辛かったのは、生活保護を利用しているものの、13年の保護費引き下げで本当に生活が苦しくなり、そこにこの物価高騰でもう生きていけない、という声だ。

 第2次安倍政権発足後すぐに生活保護費の引き下げが進められ、最大1割カットとなったことが利用者を10年以上にわたって苦しめていることはこの連載でも触れてきた通りだ。食費を削り、衣類を買わず、真夏でもエアコンをつけないなどして涙ぐましい節約を続けてきた人々を、この2年以上、凄まじい物価高騰が直撃している。

 香典やお祝い金を持参できないことから冠婚葬祭に行きたくても行けなかった人々が、お金がかかるから日常的な人付き合いをまったくしなくなるなど、その引き下げは「孤独・孤立」にも拍車をかけている。政府自身がまさに「孤独・孤立対策」に力を入れているというのに、一方で生活保護利用者の孤独・孤立を促進するようなことになっているのだ。

 しかも、引き下げの旗振り役の一人である世耕弘成氏は裏金問題で自民党を離党。離党勧告というもっとも重い処分を受けたのに6月末には都内のホテルで政治資金パーティーを再び開き、顰蹙を買っている。

 そんな世耕氏は「超特権階級」と言っていい生まれだが、いったい、生活保護利用者の実態をどれほど知っているのだろう? 半数以上が高齢者であり、約8割が高齢や病気や障害という理由で働けないことなど、生まれながらにすべてを持つ世耕氏にとっては「異世界の話」なのではないだろうか。

 一人ひとりに生活保護利用に至るまでの背景がある。例えば現在、生活保護引き下げに異議を唱えて全国で裁判が行われているが、神奈川の原告の女性が生活保護を利用したきっかけは、薬害。もともと学校の先生だったものの薬害によってB型肝炎を発症し、働けなくなってしまったのだ。そんな生活での唯一の楽しみは「エッセイの会」に通うことだったのたが、保護費引き下げで参加費が払えなくなりそれも行けなくなってしまった。そうして裁判の原告の一人に加わり活動していたものの、B型肝炎からガンとなり、50代にして裁判の途中で亡くなってしまった。このように、保護を利用する一人ひとりに失業だけでなく病気や障害など本当に様々な事情がある。

 そんな保護利用者からは、日々、この引き下げによってどれほど生活が破壊されたか、またどれほど今の物価高騰が「恐怖」であるかということを聞いている。常にお金の心配をし、お金のことばかり考えなくてはいけない日々。今、毎日毎分毎秒、何をするにしてもお金の心配をしなくていいという人は、お金に余裕がある人である。「お金について考えなくていい」だけで、どれほど恵まれていることか。私自身、フリーター時代はずーっと「お金のこと」ばかり考えていた。

 この日、電話をくれた保護利用者の一人は、そんな辛さについても語ってくれた。

 それだけではない。現在は夏休み。テレビをつければ海外旅行や国内旅行に行く人たちの姿が映し出されるわけだが、それが辛いとため息をもらした。その人も、お金がないことから人付き合いもすべてやめたという。生きる意味がわからない、死にたいという声を聞きながら、何も救いになるようなことが言えないことが辛かった。

 これが生活保護を利用していない人が苦境を訴えるという状況であれば、生活保護の利用を勧めるなどすればいい。場合によっては私が役所に同行することもある。しかし、すでにこの人は最後のセーフティネットを利用しているのだ。にもかかわらず、それが「健康で文化的な最低限度の生活」とは到底言えないようなものになってしまっている。どれだけ話を聞こうともこちら側にできることはないことに、歯噛みしたくなるような思いが何度も込み上げた。

 ちなみに前述した生活保護基準引き下げ違憲訴訟、全国の地裁で現在17勝11敗と原告勝利が続いている。

 が、裁判で勝っても保護費がすぐに引き上げられるわけではない。いったいいつまで待てばいいのか。いつになったら元の基準に戻るのか。この日、そんな声を幾度も耳にした。

 さて、その翌日は「女性による女性のための相談会」。

 コロナ禍で女性の相談者が増えたことからこれまで6回ほど開催されてきた相談会。相談者もスタッフ、ボランティアもすべて女性のこの会は久々の開催で、池袋の会場には1日で83件の相談が寄せられた。

 会場の一角には、新鮮な野菜やお花、下着や生理用ナプキン、調味料などが並ぶ「マルシェ」。また、来場者には、うどんやあんみつ、おにぎりやパンなどが提供され、くつろいだ雰囲気。私も何人かの相談を受けたが、やはり深刻な状況は変わっていないと感じた。失業や職場でのトラブルといったものもあれば、そこに介護やケアが加わるなど、女性の相談は複合的で「〇〇問題」と分類できないものが多い。

 また、前日の電話相談でも感じたことだが、高齢の女性でも年金が足りずに働いている人が多いことも印象に残った。それだけでなく、特に東京は、女性が一人で暮らすには家賃が高すぎるという問題についても改めて考えさせられた。また、物価高騰についての悲鳴にも多く触れた。

 ということで、2日連続で多くの悲鳴に触れた相談会。同時に感じたのは、政治への怒りだ。

 「岸田さんがこの年金で暮らせるのか、ご自身が一度経験してみてほしい」などの声。

 こういった庶民の声に、政治はどう答えるのか。

 この国には、今も静かに飢える人たちがいる。そのことを、政治を担う人々にまずは知ってほしいと心から思う。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。