第39回:40℃に迫る猛暑下でエアコンのない生活をする人たちがいる不公正(小林美穂子)

 今年の梅雨は短かった。
 その代わりに、火の玉みたいな凄まじい猛暑が突進してきて、体温を超える暑さは爆音のような雷を呼び、豪雨は木々の枝を落とし、あちこちで川を氾濫させている。
 年々、熾烈さを更新していく、そんな夏。
 つくろい東京ファンドでも関わっていた高齢者が、どうしても生活保護になじめず路上に戻って体調を崩し、救急搬送先の病院で亡くなった。シェルターに留まっていてくれていたら、もっと長く生きられたのではないかと思うと残念でならないが、本人の固い意思を曲げることはできない。その後も支援者らが頻繁に見守りをしていたものの、最悪の事態は避けられなかった。こんなに暑くなかったら、夏を乗り越えられただろうか。
 また、最近体調不良で家にこもりがちになっているおじさんが、エアコンは使っていたもののあまりの暑さに近所のコンビニにサクレ(かき氷)を買いに外に出て、たった数分歩いたところで倒れて救急搬送された。病院で点滴をされ事なきを得たが……。
 報せを聞いた当団体の生活相談スタッフ村田さんが、おじさんが買えずじまいとなっていた無念のサクレを買ってアパートを訪ねている。ご無事で、またサクレが食べられて、本当に良かった。

しない、しない、ナツ。

 人間は誰しもそうかもしれないが、根拠なく「自分は大丈夫」と思っている節がある。50歳を過ぎた頃からあちこちに不調を抱えているくせに私も例外ではなく、「高齢者の熱中症」にばかり目を向けていたのだが、考えを大きく改める羽目になった。
夏どころか梅雨すら始まらぬ6月はじめ、熱中症の症状に襲われて方々に心配をかけた。水を飲んでいたのに、風通しの良い日陰にいたのに……。十分注意しているつもりでも、寝不足や過労で基礎体力が落ちていると、足りない分を「気力」で補うことなどできないのだと痛切に思い知らされた。しかも、回復に時間がかかった。だから今年は、無理をしない、しない、ナツである(知ってる人いる?)。

沸騰に近づく星で

 同年代の人と話していると、「子どもの頃の夏はせいぜい暑くても30℃を少し超える程度だった」という点でうなずきあう。うちわと扇風機、そしてアイスや風呂場で冷やしたスイカやところてん、風鈴で暑さを凌ぐことができた時代だ。私たちの体が暑さに強かったのではなく、気温が昨今のような狂暴さではなかったのだ。
 実際、本当にそうだったっけ? 私たちの記憶が嘘をついているということはないかしら? そう思って、気象庁のデータを検索してみた。
 私が生まれた年、つまり55年前の7月26日、群馬県前橋市の気温は最高が30.9℃、最低は21℃である。21℃!! タオルケットでは寝冷えしそうな快適さ。

 そしてナウである。2024年7月26日の前橋の最高気温は37.6℃で最低気温は23.3℃。連日、爆音みたいな雷が鳴り、各地で川を氾濫させるほどの豪雨が続くせいで、最低気温は少し下がり気味だが、その雷雨の激しさも気候変動がもたらしたものだ。
 皆さんも気象庁のページから自分が生まれた頃の夏の気温を検索してみてほしい。当時の夏を思い出すとともに、数字が語る現代の気候変動のヤバさに気づくはずだ。

 国連のグテーレス事務総長は世界各地の猛暑に警笛を鳴らし続けているが、EUの気象情報機関によれば、世界の平均気温は今月21日と22日に2日連続で観測史上最高を記録したそうだ。同事務総長は世界的な猛暑を「沸騰に近づいている」と警告した上で、子どもや高齢者、貧困層などを保護するよう求めたと報道は伝えている。

体温超えの猛暑、エアコンがない人々

 私は最近、桐生市(群馬県)に関わることが多くなっているので、桐生市の生活保護利用者の証言を耳にすることが多い。
 桐生市の生活保護行政は隅々までひどく、そもそも過去10年間で保護件数を半減までさせるような市の保護課職員にとっては、利用者の生死や健康なんてあまり念頭になく、特にエアコンの必要性なんて考えたこともないだろう。
 利用者の多くは高齢者なので、市営住宅に住んでいる方も目立つ。市営住宅は民間のアパートと異なり、入居時にエアコンがついていない物件は珍しくないことは皆さんご存じだろうか。
 群馬の夏は全国でも有名なほどに暑く、その中でも桐生市はひときわ暑い。そんな中、命にかかわる危険な暑さを、エアコンなしで耐えている人がいることに私は憂慮しているし、腹も立てている。
 先日、普段見ないテレビを珍しく点けたら、ちょうど情報番組が熱中症を報じていた。5日連続の猛暑日で熱中症通報が3~4倍になっていると桐生市消防本部の方が答えていた。

生活保護のエアコン設置費用支給

 暑さにより命を落とす人が激増したことから、2018年6月27日に厚生労働省は生活保護の実施要領を改正し、一定の条件を満たす場合にエアコン等の冷房器具購入費と設置費用の支給を認めることとした。当然の改正である。
 ところが、である。2018年からエアコンがない世帯にばんばんエアコンが設置され、利用者の健康を守ったかというと、自治体によってその運用はまちまちで、研究者らでつくる「生活保護情報グループ」によると、2018年から2019年に全国でエアコン購入費が支給されたのは9025件にとどまり、保護世帯1千世帯あたりの件数を自治体ごとに計算すると、政令指定都市では最少0.7件から最多11件とバラつきがあったという。

「命に関わるエアコン費 生活保護世帯への支給にばらつき」(2021年7月14日/朝日新聞デジタル)
https://www.asahi.com/sp/articles/ASP7F6WGVP7FUTFL00P.html ※2024年現在、エアコン購入費の上限は6.7万円

 同じ通知をもとに制度を運用しているのに、滑り出しがおそろしく緩慢、そして自治体によって差が出るという点で扶養照会と似ているが、なぜそんなことになるのかといえば、厚生労働省通知が定める支給要件が厳しくて、分かりにくいことに起因していると考えられる(扶養照会の運用が変わった時も内容が玉虫色だったために自治体間で大きな差が出た)。

条件づけの無意味さ

 エアコン購入費の支給要件としては、以下のⒶⒷの両要件を満たす必要があるとされている。

Ⓐ2018年4月1日以降に以下の5つのいずれかに該当すること
(ア)保護開始された人でエアコン等の持ち合わせがない
(イ)単身者で長期入院・入所後の退院・退所時にエアコン等の持ち合わせがない
(ウ)災害にあい、災害救助法の支援ではエアコン等をまかなえない
(エ)転居の場合で、新旧住居の設備の相異により、新たにエアコン等を補填しなければならない
(オ)犯罪等により被害を受け、又は同一世帯に属する者から暴力を受けて転居する場合にエアコン等の持ち合わせがない

Ⓑ世帯内に「熱中症予防が特に必要とされる者」がいる場合

(生活保護問題対策全国会議HPより)

 Ⓐが曲者。「2018年4月1日以降に以下の5つのいずれかに該当すること」ということは、2018年以前に生活保護が既に開始されていてエアコンを持たない人は要件を満たさないということになるのだが、ん? なんで? エアコン支給することにした目的は、熱中症予防のためなんじゃないの? 2018年以前に生活保護利用していた人は、暑さに強い特殊な力をお持ちな方々なの? そこ、線引きする必要あった?
 この物価高の中、引き下げられた少ない生活保護費の中から一生懸命貯金して自力で買えっていうのも酷な話だと思うのだ。
 もしも、「生活保護を利用していない非課税世帯の人たちの中にはエアコンがない人もいるからバランスが大切」という考え方ならば、非課税世帯の方たちにもエアコン設置費を支給するくらいのことをしても良いのではないだろうか? こんなことをいう私を「お花畑」って思う人は、何年かエアコンの無い生活をしてから言ってくれ。
 このエアコン支給に関しては、2023年8月に生活保護問題対策全国会議が厚生労働省に宛てて要望書を提出している。是非、読んでいただきたい。

「エアコン設置費用を生活保護世帯に柔軟に支給できるよう厚生労働省通知の改正等を求める要望書」(2023年8月10日)
http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/blog-entry-488.html

一緒に生き延びるために

 つくろい東京ファンドの利用者や過去の利用者たちはみな、エアコンのある部屋に住んでいる。しかし、「電気代が高い」とエアコンを節約する高齢者は多い。口を酸っぱくして「エアコン使ってね」と繰り返しても、下着姿で過ごし、風呂の水を浴びて凌いでいるうちについに部屋で倒れ、私たちが駆けつけたら熱中症&コロナ陽性だったということもあった。
 生活保護利用者に限らず、経済的に困窮する人々は冷房代を節約するために図書館やベンチのあるショッピングセンターに集まる。公共の交通機関で暑さをやり過ごす人もいる。そういう人たちを寛容な目で見て欲しいのだ。
 そして、生活保護利用者には夏場を凌ぐための夏季加算を設けてほしい。冬場は暖房代として冬季加算がある。いまや夏の暑さの方がより命にかかわる。物価や光熱費の高騰に合わせて夏季加算を付けるのはもはや贅沢ではない。
 私が小学生だった頃、エアコンがついている家は少なく、当時は珍しいビデオデッキとエアコンのある友人宅が超豪邸に思えた。しかし、春と秋が短くなり、夏と冬しかないような昨今の日本で長く続く夏は40℃近くまで(時には40℃超え)気温が上がる。体温を超える気候の中で、お金がないから、弱いからという理由で命が切り捨てられる、そんな社会にはなってほしくない。そして、温暖化に少しでもブレーキをかけるために、これ以上木を切るな。

エアコン28℃設定で昼寝

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小林美穂子
1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。