第319回:トランプよりハリスが百倍もマシ 自民より立憲のほうが少しはマシ(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

トランプには耐えられない

 やっとジョー・バイデン氏が撤退したことで、カマラ・ハリス米副大統領が民主党候補としてほぼ確定した。ホッとしている民主党支持者は多いだろう。民主党支持者ではない米国民の中でさえ安堵の胸をなでおろしている人が多いともいう。
 ハリス氏は、これまで「無能」扱いされ、支持率も30%台に低迷していた。あんな人物で大丈夫か、という声は今でも根強いらしい。
 だが、アメリカ政治に詳しいジャーナリストの北丸雄二さんは、そういう見方は一面的だと教えてくれた。こういうことだ。
 「もともと、副大統領というのは目立たないものなんです。副大統領が前面に出て喝采を浴びるようでは、逆に大統領の無能さを表すことになりかねない。大統領に何かあったときに、その補佐をするというのが本来の役割なんですから」というわけだ。
 したがって、ハリス氏が大きな役割を果たすことがなかったからといって、彼女が無能だとか政治的手腕に欠けるなどという評価はあたらない、というのだ。なるほど、とぼくは納得した。
 しかし、百歩譲ってハリス氏があまり有能ではないとしても、ぼくはハリス氏のほうがトランプ氏よりは百倍もマシだと思う。トランプ氏がまき散らすあの傲慢さ、下品さ、虚言癖、男尊女卑、差別主義……。つまり、トランプ氏が垂れ流す悪臭には耐えられないのだ。もしトランプ氏が再び米大統領に返り咲いたとしたら、世界は今以上に戦乱と混乱と差別が横行する世の中になってしまうに違いない。それだけはなんとしても避けなければならないと思う。
 トランプ氏が大統領に返り咲けば、多分、プーチン大統領と握手し、金正恩総書記の肩を抱き、習近平国家主席とも熱い抱擁を交わし、ネタニヤフ首相には多くの武器を引き渡すに違いない。そんな人物に世界をゆだねていいのか。

イーロン・マスク氏の危うさ

 しかしそれでも、トランプ支持を表明する著名人、大富豪は相当数にのぼる。なかでもイーロン・マスク氏は、トランプ陣営に巨額の献金をするらしいし(マスク氏本人は一度否定したが)、トランプ支持は明らかだ。
 そのマスク氏、なんとツイッター(X)に、ハリス氏のフェイク動画を投稿したとして話題になっている。HUFFPOSTが7月29日に配信した記事

(略)問題の動画はハリス陣営が25日に発表した選挙広告をベースにしている。元々の選挙広告では、ハリス氏がトランプ氏を批判し、「誰もが銃暴力や貧困に苦しまず自由に生きられる国にする」と語りかけている。
 一方、マスク氏がシェアした動画は、カマラ・ハリスを名乗るハリス氏の声そっくりのナレーションが、バイデン大統領を「もうろくしている」と批判。自分は、女性で非白人であるがために選ばれた“究極のダイバーシティ採用”であり、「私を批判すれば、性差別主義者で人種差別主義者だと言われる」と主張している。
 さらに、「私は国の動かし方を何一つわかっていないかもしれないが、それは闇の国家の操り人形にとっては良いことだ」と述べて、ハリス氏を無能だと印象付ける内容になっている。
 この動画を投稿したのはYouTuberのミスター・ローガン氏で、同氏は「キャンペーン広告のパロディだ」とYouTubeとXに記載している。
 しかし、マスク氏は自身の投稿に「これはすごい」としか書いておらず、偽動画であることを明示していない。(略)

 これはかなり問題で、「X」の投稿規範にも抵触する恐れがある。だいたい、マスク氏は「X」のオーナーではないか。それが自分のところの規範に違反したとすれば、「X」自体の安全性や中立性に問題が生じる。
 このマスク氏の投稿は、すでに1億回以上再生されているというから事態は深刻だ。このようなフェイク動画は、AIの操作によって比較的容易に作成できるとされる。
 ハリス氏のフェイク動画は、その内容からして、容易に人為的に作成されたものと判別できるはずだ。それを、マスク氏ともあろう人物が認識できないはずがない。だが彼は投稿した。危険な兆候が見て取れる。
 これを見ても、トランプ陣営の危険性が分かる。ぼくはトランプを忌避する。
 何があっても、トランプよりはハリス氏がマシだと考える。

泉健太氏への不信…

 何があっても、トランプ氏よりはハリス氏がマシだ。それと同じ(ような)ことは、もう少し深刻だが、この日本にも言えると思う。つまり、自民党よりは立憲民主党がほうが少しはマシだ……と。
 自民党の腐りきった政治にうんざりしている多くの国民も似たような思いだろう。
 でもね、バイデン大統領がやっと撤退してくれたように、ぼくは泉健太立憲代表にも撤退をお願いしたい気持である。なにしろ、ぼくのささくれ立った気持ちに塩を塗り込むようなことばかり、泉代表はしてくれるのだ。
 時事通信の配信記事(7月28日)が、こう報じている

立民、安保・原発「現実路線」
リベラル系反発、代表選争点も

 立憲民主党が安全保障・原発といった根幹政策で「現実路線」化を進めている。次期衆院選での政権交代を目指し、「批判ばかり」との従来のイメージを拭い、保守・無党派層を取り込む狙いがある。(略)
 「私が代表の下、現実路線に立っている。安定政権をつくるための政策をそろえている」。泉氏は19日の記者会見で胸を張った。別の会見では「英国の政権交代はわれわれにとって勇気だ」と表明。英国が左派色の強い公約を取り下げ、穏健な中道路線に回帰して総選挙に勝利したことも、泉氏の背中を押しているようだ。(略)

 まあ、中道路線に舵を切る、という言い方はなんとなく温和、穏健な感じがする。だが中身をよく見てみると、それはほとんど自民党タカ派の主張に重なる。何が中道なものか。しっかりと右翼路線ではないか。
 上記の記事によれば、泉代表は以下のような方向なのだという。

  • 武器輸出について「日英伊3カ国の次期戦闘機共同開発」は専守防衛の観点から必要である。
  • 経済安保分野の重要情報取り扱い資格者を政府が認定する「セキュリティ・クリアランス(適正評価)制度創設法」は修正案を認めて賛成。
  • 原発ゼロ社会を目指すとの党綱領について、泉氏は「すぐに全部停止するということではない」と方針転換。

 明らかに、連合傘下の電力総連などへの配慮である。党綱領を個人の意見で無視するというのは、政党人としては許されないはずだが。上に記したこと以外にも、何やらざわざわする肌触りの泉代表の動きが、ぼくには気に障るのだ。例えば以下のような事実だ。

  • 7月22日、泉代表が芳野友子連合会長、玉木雄一郎国民民主党代表と3者会談。次期総選挙での候補者調整などについて話し合った模様。
  • 同じく7月23日、維新の会の馬場代表と会食。「非自民政権構想」について意見交換したといわれる。

 いったい、泉氏はどんな「政権構想」を模索しているのか。というより、これではミソもクソも一緒、もし政権交代が実現したとしても、自民党とも手を結ぶべきだ、憲法“改正”だ、軍備増強だ、財界優遇だ、保険料値上げだ、大労組優先だ、非正規労働者切り捨てだ、自助自立だ、あーだこーだで、しっちゃかめっちゃかになるのは目に見えている。
 いったいこの泉氏、どんな日本を描いているのか。
 東京新聞(7月30日付)は、立憲の「次の内閣」について伝えている。

立民「次の内閣」公約策定勉強会

 立憲民主党の泉健太代表ら党の政策決定を担う「次の内閣」のメンバーは29日、次期衆院選の公約策定に向けた勉強会を東京都内で開催した。
 泉氏は、野党が共通政策で連携する「ミッション型政権」を呼び掛けるが、日本維新の会や国民民主党は基本政策を巡る隔たりを指摘、原発を含むエネルギー政策や憲法などに関し、立民がどう扱うかが焦点となりそうだ。(略)

 ようやく「影の内閣」が動き出したかにみえるが、そこからどんな具体的な政策が出てくるか、まずそれを、我々の前に明らかに示してくれるのが先決だ。そうでなければ、せっかくの追い風が逆風に変わるのは目前だ。いや、すでに逆風が吹き始めているのに、泉氏はあまり気づいていないようだ。
 維新や国民と、いったいどのような政策協定ができると考えているのか。どうも危なっかしくて仕方がない。
 結局、原発容認、憲法改定、軍備増強、武器輸出……などで維新や国民に引きずられるようであれば、ミイラ取りの愚をさらけ出すだけだ。
 分かっているだろうな、泉代表!
 9月には、立憲民主党の代表選挙がある。ぼくは、新たな人が代表選に名乗りを上げることを強く期待している。そして、基本理念・基本政策を堂々と明らかにして、泉氏と争えばいい。それが政権交代への近道だと思う。

 ぼくは、政権交代と立憲の立党精神に、ほんの少しだけ期待したい。
 腐りきった自民党政治よりは、やはり少しだけでも立憲に期待したい気持ちが残っているからである。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。