第321回:電気代で拡がる格差、近未来ディストピア(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

孫台風来襲の楽しさも

 お盆明け。
 台風7号も、ようやく日本列島から離れていった……。
 我が家に襲来していた“孫台風”も去り、いつものように老夫婦の静かな日常が返ってきた。ぼくはテーブルの上で新聞をめくり、大事な記事を切り抜いてファイルする。カミさんはソファでのんびりと外国(主に英国&北欧)ミステリの文庫本を読んでいる。
 つい3日前まで、テレビを独り占め、YouTubeで幼児用番組を大音量独占視聴していた3歳児の楽しい歓声はもう聞こえない。

 来て嬉し 帰って嬉し 孫の顔…

 そんな川柳をどこかで見た記憶があるが、まさにその通りだったなあ。楽しかったけれど、ちょっと疲れた……。でも、ああ、ぼくらの娘たちにもあんな時代があったのだった……と、ふと切ない感傷にひたったりするお盆明けである。
 こういう普通の暮らしがずっと続けばいいのだけれど、世の中、そうは問屋が卸さない。

8月には「戦争が見える」

 8月は「8月報道」と言われるマスメディアにとっての特殊な期間である。新聞はそろって「あの戦争とはなんだったのか」という特集記事、テレビもまた「終戦特集」なる特別番組を次々にオンエアする。むろん、中にはとても素晴らしいものもあるけれど、この「8月報道」という特別期間が、ぼくは気に入らない。
 なぜ、これらが8月限定なのか。戦争に負けたことを国民が知ったのは、確かに8月だったけれど、完膚なき敗戦に至る過程は、日本がこの最悪の戦争を始めた時から決まっていたといっていい。様々な資料がそれを示している。ならば「敗戦特集」は、期間限定ではなくいつでもマスメディアが報じていいはずだ。
 焼けつくような暑さが続く。この時期にだけ「戦争を反省」し「平和を祈る」というマスメディアの態度に、ぼくはいつも首をかしげる。
 今年はそれに、広島と長崎の平和祈念式典のイスラエル招待をめぐってのすったもんだも重なって、なんとも暑苦しい8月になった……。

またも延期の「使用済み核燃料再処理工場」

 ところで、そんな「8月報道」の陰に隠れるように、重要なことが起きていた。
 なんと「またも延期!」という原発に関わる「使用済み核燃料再処理工場の完成時期」についてのニュースである。
 ぼくは新聞記事を読んで、呆れると同時に「やっぱりなあ…」とうなずいてしまった。ぼくのような素人にも予測可能なほどバカバカしい“失敗”なのである。26回目の延期発表の際、「次の延期発表はいつか?」と皮肉な思いに駆られたのだったが、現実はまさにその通りになった。
 東京新聞(8月18日付)の記事を見る。

原燃再処理工場 完成2年半延期
27回目、月内にも表明

 日本原燃が、使用済み核燃料再処理工場(青森県六ケ所村)の完成予定を従来の9月末から2年半程度延期し、2026年度内とする方向で検討していることが、関係者への取材で分かった。原子力規制委員会から工事計画の認可を得るのに時間を要しており、月内にも延期を表明する見通しという。完成延期は27回目。
 1993年に着工した再処理工場は、原発の使用済み燃料からウランやプルトニウムを取り出して再利用する国の核燃料サイクル政策の中核施設。97年完成の予定だったが、試運転中のトラブルが相次いだ。(略)

 つまり、日本の原子力政策の中核をなす「核燃料サイクル計画」が、完全に破綻しているということだ。だいたい、計画着工から30年以上経っても完成のめどが立たず、費用はほぼ無限大に膨らんでいく。工事期間が延長されれば、当然のことながら工事費用も増加する。この再処理工場には「金食い虫」と呼ばれるほどの金をぶち込んできた。だが、それはまさに金をドブに捨てているようなものだ。
 こんな事業が、まるで誰の責任も問われずに“粛々と破綻”していく。言い古されたフレーズだが、民間企業ならとっくに倒産して、責任を問われた担当者から自殺者が出てもおかしくないほどの惨状である。そうなってからでは遅い。
 少し古いが、6月21日の朝日新聞電子版は、以下のような配信をしていた。

青森・再処理工場の総事業費
さらに4千億円増、15兆円超に

 原発の使用済み核燃料の再処理を日本原燃に委託する「使用済燃料再処理・廃炉推進機構」(青森市)は21日、再処理工場の総事業費が昨年度から約4千億円増え、15兆1千億円になる見通しだと発表した。新規制基準への対応や、青森県が課す核燃料税の支払いなどが増加の原因だという。
 総事業費には、建設費や40年間の操業費、操業終了後の廃止にかかる費用が含まれ、電力会社が負担する。再処理で取り出したプルトニウムとウランから製造するMOX燃料の加工事業費は、昨年度の試算から200億円増え、2兆4300億円。(略)
 総事業費は当初約11兆円とされていたが、膨らみ続けている。

 何しろ金額はほかの事業と比較しても桁違いだ。工場の完成予定が延びるにつれて、天井知らずの増額が重ねられる。27回もの延期が繰り返され、それに伴い費用も巨額化していくのは必然だ。
 また、政府と電力会社が核燃料サイクルの中核事業と位置付ける建前を維持するために、ほとんど使える原発がないにもかかわらず「MOX燃料」をむりやり作り続ける。その費用もまた2兆4300億円だという。
 27回目の延期で完成すると考えている者は、もはや原子力関係者の間でもほとんどいない。「まあそうなりゃ、また期間延長、工費増額で済ませればいい」と、電力会社も政府経産省もあっけらかんと空を見上げ鼻糞をほじくってせせら笑っている(だろう)。
 どうせその金は、前記の朝日新聞記事でも触れているように「電力会社が負担」する。ということは、我々消費者の電気料金から捻出するのだから、電気料金を値上げすれば済むことだ。電力会社の懐は痛まない。

軟弱地盤に沈み込むカネと時間

 日本には現在、「2大永久未完成工事」があると言われている。上記の使用済み核燃料再処理工場と、沖縄・辺野古の米軍基地工事である。
 辺野古基地の軟弱地盤がある大浦湾側の本格工事は、防衛省側の腹積もりでは、この8月1日から開始する予定だった。しかし、埋め立て用の砕石土砂を積み出していた名護市安和(あわ)桟橋でのダンプカーによる警備員死亡事故を受けて、一旦工事は延期された。だがついに、この20日から開始された!
 しかし、大浦湾側の軟弱地盤の問題が解決されたわけではなく、90メートルもの深さにあるマヨネーズ状の軟弱地盤の解決策は、まったく示されていない。こんな海底軟弱地盤の埋め立て工事は世界でもまったく例がない。
 どれほど土砂や砕石を投入しても、それがズブズブと沈み込むという状況下で、工事が予定通り進むとは誰も考えていない。12年後には完成という防衛省の言い分に納得している研究者などいないのだ。
 さらに、沖縄本島に残された数少ない生物多様性の海と言われる大浦湾の貴重なサンゴ群体の移植も、政府防衛省にとっては頭痛のタネ。移植とは言いながら、成功事例がほとんどない。温暖化によるとみられるサンゴ白化現象も重なって、サンゴ死滅に手を貸す工事になりそうなのだ。絶滅危惧生物ジュゴンの餌になる海藻の「食み跡」も見つかっているが、むろん防衛省はジュゴンなど知ったことではないという態度。
 かくして、この日本の「2大永久未完成工事」は、それこそ当事者が死に絶えても延々と続けられることになるだろう。「俺がいない後のことなど知らないよ」と責任者たちは腹の中で嗤っているのか。
 無責任の体系である。

もうひとつの「永久未完成工事」

 「2大永久未完成工事」と書いたけれど、実はもうひとつ、原発関連での「永久未完成工事」が存在する。福島第一原発の廃炉工事のことだ。
 これも暗礁に乗り上げている。毎日新聞(8月18日付)によると、これもほぼ「永久工事」である。

燃料デブリ回収 正念場
専門家 リスク低減への道筋期待

 東京電力は8月下旬にも、福島第1原発の溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)の初の試験取り出しを2号機で始める。試験取り出しはトラブルなどで3回延期され、当初計画から約3年遅れている。燃料デブリの回収は、30~40年かかるとする廃炉の最難関で、作業は正念場を迎える。(略)
 取り出し作業に着手すれば成否にかかわらず最終段階の「第3期」に入る。ただ成功しても、今回採取するのは最大3グラムだけだ。燃料デブリは1~3号機で計約880トンあると推計され、廃炉への道のりは依然として厳しい。(略)
 核燃料デブリは非常に強い放射線を出す。作業員の被ばくを抑えるため、東電は取り出す試料の放射線量を毎時24ミリシーベルト未満に設定。一度に多くの試料を取り出すと上限を超えるため、器具でつかめる量を最大3グラムにした。つかめた試料が3グラム未満であっても、放射線量が上限を超えれば取り出さない。(略)
 燃料デブリの実態は依然よく分かっていない。(略)
 燃料デブリの研究に関わる東北大の桐島陽教授(放射化学)は「数グラムでも分析できれば、今までの推定との答え合わせが始められる。取り出し規模が徐々に拡大すれば情報が増え、リスク低減に向けた、より有効な対策につながる」と期待する。(略)

 東電によるデブリ取り出しも、すでに3回の延期を繰り返し、計画から3年も遅れている。しかも、今回の試験でも、取り出す予定は、880トン分のたったの3グラム。これが30~40年の廃炉事業計画のとっかかりだというのだから恐れ入る。試験が成功すれば、もっと多量のデブリ取り出しにかかれるというのだが、仮にそうだとしても、取り出した「超危険物質デブリ」を、どこにどう保管するつもりなのか。そんなことさえまったく考慮していない東電のやり方は「とにかくやっています感」を出すための免罪符にしか過ぎないのではないか。
 3グラムの取り出しに3年もかかっている。880トンすべてを取り出すには、いったい何年かかるのだろう? ぼくには「永遠」と同じことに思える。
 研究者は当然のことながら「期待する」と言うのだろうけれど、この方だって、30~40年で実際に廃炉が完了できるなどとは思っていまい。
 そしてまたカネの問題で恐縮だが、いったいこの福島事故原発の廃炉費用を、東電はいくらと試算しているのか。とりあえず、東電によれば約8兆円を見込んでいるという。だがこれには、原子炉建屋解体費用やデブリの最終処分費用は含まれていない。つまり、いったいいくら費用がかかるのか、当事者である東電でさえまったく予測できていないのだ。なにしろ30~40年で廃炉完了という夢物語で紡ぎ出した費用なのだから、現実と合致するはずがない。そんなことは東電だって分かっている。たった(!)8兆円で収まるはずなどない。だが、そう言わざるを得ない。
 現在、廃炉計画に携わっている関係者たちも、30~40年後にはほとんど一線を退いているはずだ。むろん、責任などだれもとらずに消えていくだろう。
 繰り返すが、これらの費用もまた消費者の電気料金に加算される。

電気料金ディストピア

 さらに輪をかけて、経産省がとんでもないことを言い出した。朝日新聞(7月24日付)の記事だ。

原発建設費 料金上乗せ検討
新電力契約者も負担の可能性

 経済産業省が原発の新増設を進めるため、建設費を電気料金に上乗せできるようにする新制度の導入を検討していることがわかった。原発事故で安全対策費が膨らむうえ、電力自由化で建設費を確実に回収する手段もなくなり、電力各社が投資に及び腰になっているからだ。国は「脱炭素電源」を増やして将来の需要増に備えるとするが、広く国民負担につながる可能性がある。(略)
 国が認可した原発の建設計画について、建設が始まった時点で、建設費や維持費などを電気の小売会社が負担。電気料金に上乗せする形で回収する。建設費が増加した場合でも、必要な経費と認められれば料金に参入できる。計画が中断した場合は、国が資金を出すなどして補償する。(略)

 もう呆れて声も出ない。
 国民には何も知らせずに、政府経産省はこんな姑息な制度を画策しているのだ。とにかく原発新増設に突っ走る自民党政府。なんでもかんでも国民負担というわけだ。

 この猛暑の中、電気代を節約しようとしてエアコンを使わず、熱中症で死亡するという痛ましいニュースが相次いでいる。貧困が引き起こした死だ。そんな悲劇が近い将来、もっと凄まじい形でやって来るかもしれない。
 天文学的な電気代高騰時代が到来し、「電気を自由に使える裕福な階層」と「まともに電気も使えない貧困層」という分断が起きているディストピア…という妄想さえ浮かぶ。ディストピア、つまり逆ユートピア=暗黒社会である。
 近未来の暗黒SF小説……。

 まあ、ぼくはもうそれほど長くはないのだから、そんな悲惨な社会を見ることもないだろうが、可愛い孫たちの時代、そんなことが起きないとも限らない……。
 猛暑の中で、ぼくはそんな妄想にとらわれている……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。