第323回:鬱陶しい夏が過ぎて…(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 酷暑の次には、日本列島をノロノロとカタツムリのように進む台風。暑さで弱った体に、激しい風雨が襲いかかる。なんとも鬱陶しい夏の終わり。
 心なしか、今年の夏は蝉の声さえ弱々しい。そんな中でも、容赦なく刻は流れる。いつの間にか9月である……。

 この夏、ぼくは妙にたくさんの仕事を抱えてしまって、どこへも遊びに行くこともできなかった。3歳になる孫がやってきたので、そのお伴で子ども用のジャブジャブ池へ出かけたのが、唯一の今夏の息抜きだった。
 その孫も帰っていった。抱えていた仕事もなんとか終わったので、ほんの数日間の旅、信州の温泉にでも行こうかと思っている。膝の具合がどうも思わしくないので、車で行こう。右膝はぴんぴんしているから、運転には支障がない。

 で、あまりまとまった考えが浮かばないので、今回は、この夏のさまざまな出来事をざっと振り返ってみようと思う。気候がどうであれ、世の中は動いている……。

◎バングラデシュで政変

 公務員採用制度をめぐってバングラデシュで学生たちの反乱が始まり、首相公邸にデモ隊が突入。政府側の弾圧も激しく、死者が約100人超という。8月5日、強権政治だったシェイク・ハシナ首相は辞任して国外に脱出、政権は崩壊した。すぐさまムハマド・ユヌス氏を首班とする暫定政権が発足。ユヌス氏はノーベル平和賞の受賞者。バングラデシュの政治社会や経済状況などは羨ましいとは思わないが、こういう人物が首席顧問として登場するということは、日本と比べてちょっと羨ましい。

◎東証大暴落、乱高下

 8月5日に、東京株式市場で、歴史的な4451円安という大暴落。だが今度はその分の買戻しが始まる。そのため東京市場は乱高下。現在はかなり戻しているけれど、専門家たちでさえ「この先どうなるかは慎重に見極めたい」と言葉を濁す。政府日銀の腰が定まらないから、今後の見通しは不透明……。

◎ハリス氏、正式指名

 米大統領選挙で混迷を深めていた民主党の候補者として、カマラ・ハリス氏が正式指名を受けた。副大統領候補にハリス氏はミネソタ州知事のティム・ウォルズ氏を指名。トランプ氏との闘いでは、一気にハリス氏優勢の声が上がっている。米大統領選は州ごとの選挙人を選出し、それで勝った方が票を総取りという不思議な制度。だから、総得票数で上回っても実際の選挙戦には負ける…という妙な結果が現れることもある。かつて民主党ゴア氏、ヒラリー・クリントン氏は、このために全体票数では勝ちながら大統領にはなれなかった。さて今回はどうなるか?

◎広島・長崎の平和祈念式典

 8月6日、9日の原爆犠牲者を悼む両市の式典は、イスラエルの招待に関連して大きく揺れた。ガザでのイスラエル軍によるパレスチナ人の大量殺害(虐殺)をめぐり、広島市の松井一實市長は反対の声が多いにもかかわらず、イスラエルを招待。だが長崎市の鈴木史朗市長はイスラエルへ招待状を送らないという対応。しかも、英米等のG7(日本を除く)6カ国は、長崎市の対応に不満だとして式典を欠席。「ガザ戦争」がこんなところにも大きな影響を及ぼした。

◎宮崎に大地震

 8日、宮崎地方を震度6弱の大きな地震が襲った。この地震に関連して気象庁は初の「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表し、今後の地震情報に注意するよう呼びかけた。これにより国民の間に大きな動揺が起こり、各地の観光地(とくに海水浴場)等は、時ならぬ予約キャンセルが相次ぎ、悲鳴を上げた。なお、これは1週間後に解除されたが、国民の不安は消えていない。

◎ウクライナ軍、ロシアへ奇襲

 5日から、ロシア西部のクルスク州にウクライナ側が越境して奇襲攻撃を開始した。それは現在も続き、ほぼ20集落を制圧したという。この報復としてロシア側がウクライナの首都キーウに大規模な空爆。さらには、今度はウクライナ側がロシアの石油パイプを攻撃、炎上するなど、両軍の戦闘は激しさを増している。なお、ロシアのクルスク原発も焦点となっているとして、朝日新聞(8月23日付)はこう報じている。
 〈国際原子力機関(IAEA)は22日、グロッシ事務局長が来週、ウクライナが越境攻撃を続けるロシア南西部クルスク州にあるクルスク原発を訪問すると発表した。(略)IAEAによると、ロシア側から同原発の敷地内でドローン(無人機)の破片が見つかったとの報告があったという。(略)グロッシ氏は発表の中で、「原発周辺での軍事活動は深刻なリスクになる」と危機感を示した。〉(※)
 原発と戦争は、これからの大きな問題になる。「台湾有事」と騒ぐ人たちもいるが、数多くの原発(裸の核爆弾)を抱える日本も他人事ではない。

※一部訂正・修正しました(9月11日)

◎米兵の性犯罪に抗議

 相次ぐ米軍兵士による性暴力犯罪に対し、沖縄では10日、2500人を超える参加者による大規模な抗議集会が開かれた。大会では、この犯罪を「隠蔽」した日米両国政府に強く抗議の意を表した。6月以降に発覚した2件の性暴力事件では日米両政府や沖縄県警までもが「日米合意の通報制度」を無視して、一切の情報を県には報告していなかったことが明らかになっている。

◎岸田首相、突然の退陣表明

 14日、岸田首相は官邸で臨時記者会見を開き「自民党が変わることを示す、もっとも分かりやすい一歩は、私が身をひくことです」などと述べて、首相を退陣すると表明した。「裏金問題」をはじめとする自民党への逆風が止まず、総裁選で勝利しても解散総選挙という手段には打って出られないということを認めたものとされる。これにより、自民党総裁選はほぼ11名とされる大量の立候補者で大混戦の様相。それを面白おかしく伝える新聞テレビによって、まさに「メディア・ジャック」状態。総裁選の投開票日は9月27日。

◎立憲民主党代表選

 自民党総裁選と時期を同じくして、立憲民主党代表選も行われる。こちらの投開票日は9月23日。現在までに、枝野幸男氏、野田佳彦氏が立候補を表明。泉健太現代表も意欲。さらに江田憲司氏、吉田はるみ氏らが意欲を示していると言われているが、推薦人20名という規則が足かせとなって、9月2日現在、まだ正式表明は2名にとどまっている。しかし野田氏に関しては、立憲支持者たちからの拒否反応も強く「#もしノダ」というハッシュタグが話題となっている。むろん「もしトラ」のパクリだが、立憲民主党支持者たちの危機感の表れかもしれない。

◎ガザ死亡者4万人越え

 15日、パレスチナ自治区ガザの保健当局は、昨年10月から始まったイスラエル軍の侵攻によるガザ地区での死亡者は、ついに4万人を超えたと発表した。そのうち子どもの死者は1万6千人を超えるという。その後も、イスラエルの攻撃は容赦なく続いていたが、ガザ地区の衛生環境が悪化。それによりポリオ蔓延が始まったため、9月1日から、子どもたちへのワクチン接種のための一時休戦が始まった。いつまで継続されるかの見通しは立っていない。またイスラム組織ヒズボラのイスラエルへのミサイル攻撃と、それに対するイスラエルの反撃などもあり、中東情勢はますます混迷、先は見えない。

◎辺野古工事、本格着手

 これまでに例のない難工事で、完成の予想もつかないとされる辺野古米軍基地の大浦湾側の本格的工事に、防衛省は20日、着手した。ここにはマヨネーズ地盤と呼ばれる超軟弱地盤が70~90メートルの海底の存在しており、7万本以上の「砂の杭」を打ち込まなければならないとされる。だがこんな工事はこれまで世界でも例がない。日本では関空や羽田空港拡張工事などで40メートル前後までの経験はあるが、関空では毎年のように地盤沈下に対処しなければならないという。ほぼ不可能と言われるこの工事に、これまで約4500億円を注ぎ込んでいるが、それでもまだ14%しか終わっていない。あとの86%の工事には単純計算でも2兆円近くの費用がかかるはず。なお、当初予算は3500億円、その後不足分を入れて9300億円と増額。まるで無尽蔵に工事費は増えていく。それでも先は見えない。「永久未完成工事」とも言われている。

◎甲子園に流れた校歌

 夏の高校野球は21日、決勝で京都国際高校が関東第一高校を破って初優勝。当然のことながら甲子園に優勝校の校歌が流れたが、これをめぐってネット右翼たちが激高。なぜならこの校歌が韓国語だったからだ。京都国際の前身は1947年創立の京都朝鮮中学で、58年に学校法人京都韓国学園、2003年に日本の学校教育法が定める学校としての認可を受け、正式に「日本の高校」となった。その歴史から、校歌が韓国語だったのは当然だったが、一部ネット右翼は「甲子園100年の歴史に泥を塗る」などとして強く反発。ヘイト行為を繰り返した。これに対し、地元京都の西脇隆俊知事は、看過できない悪質な差別があるとして、SNS管理者と法務局に削除要請を行った。

◎デブリ取り出しに失敗

 原発の処理の失敗が続く。福島第一原発で起きた核燃料溶融事故で生まれた核物質混合物(デブリ)の回収に失敗、試験を中止したと東京電力が22日に発表。これも実は3回目の延期である。しかも880トンもあると想定されるデブリのうち、3グラム程度の「掻き出し」の予定だったが、パイプの継ぎ方の順番を間違えての失敗というもの。その現場に東電社員はいなかったというから、なんといういい加減さ。しかし、廃炉作業は30~40年で終えるという当初の予定はそのまま。しかも、デブリ取り出しに成功したとしても、その保管や処理方法は未定のまま。誰もそのことには触れない、という不思議。

◎使用済み核燃料再処理工場完成27回目の延期

 まさに「永久未完成工事」の典型。日本原燃は23日、「2024年度中のできるだけ早い時期」としていた再処理工場の完成予定を、2026年12月までに延期した。なんとこれで27回目の延期となる。1993年着工ですでに30年を経過しているが、完成の見込みは依然として立っていない。費用も当初の数千億円は、すでに15兆円超と見込まれており、まさに穴の開いたバケツ状態。こんなことが許されて言い訳はないが、結局、費用は我々の電気料金に上乗せされる。デタラメの極致。

◎コメ不足続く

 スーパーのコメ売り場の棚からコメが消えて久しい。8月初旬からの減少だが、ここにきてかなり深刻な事態となっている。酷暑、続く大雨等の被害、大地震への備えとしてのコメ買い急ぎ……など複合的原因らしい。これに対し、坂本哲志農水相は「この状況は新米が出回る9月半ばには改善されるだろう。政府備蓄米は十分にあるが、放出することは考えていない。農林水産省の対応は間違えていない」と、対策の遅れなどを否定した。しかし、子ども食堂などでコメ入手が困難になって悲鳴を上げているところもあるし、貧困者への食料配布をしているNPOでもかなり深刻な事態だという。さらに、9月以降の新米もすでに2~3割以上の値上がりが予想されており、農政の失敗だとの批判も高まっている。

◎敦賀原発2号機不適合

 原子力規制委員会は26日の審査会合で「敦賀2号機は新基準に適合せず」との結論を表明し、事実上の廃炉を運営会社の日本原電に求めた。原子炉直下の活断層の存在を否定できないことによる判断。これは規制委発足以来の初の判断。これで、日本原電に残された原発は東海第2原発のみとなったが、これも防潮堤不備で審査延長となり、稼働の見通しは絶望的なまま。発電手段を持たず1キロワットの電力も生み出していない日本原電は、それでもなお「黒字経営」という不思議。原子力ムラのどす黒い底力である。

◎小池都知事の追悼文、今年もなし

 9月1日は関東大震災から101年目。あの大震災で10万人以上の犠牲者が出たが、そのどさくさに紛れて数千人の朝鮮人が「フツーの日本人」たちによって虐殺された事実を忘れてはならない。毎年この日、東京都墨田区の横網町公園で行われる「朝鮮人犠牲者追悼式」に、小池百合子都知事は今年も追悼文を送らないとした。あの石原慎太郎知事でさえ送っていた追悼文なのだが、小池氏は朝鮮人虐殺について「様々な考え方がある」として、追悼文送致を中止した。今回で8年目の中止。歴史の事実を認めない小池氏は、強い非難に値する。なお、埼玉県の大野元裕知事は9月4日の旧片柳村(現さいたま市見沼区)で行われる朝鮮人追悼式に、追悼文を送る意向だとしている。

 ほんとうに、鬱陶しい夏でした…。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。