第691回:自民党という人災〜「失われた30年」の戦犯であり、この国を衰退させた張本人たちによる総裁選。の巻(雨宮処凛)

 メディアは連日、自民党総裁選一色だ。

 過去最多、9人の候補者が乱立し、いろんなことを言っている。

 9人中5人が世襲議員、また9人中4人は選択的夫婦別姓に反対のところなどを見るたびに(反対なのは高市早苗氏、小林鷹之氏、林芳正氏、加藤勝信氏)、「まだこんなところで立ち止まってるのか……」と強制的に昭和にタイムスリップさせられたような気持ちになる。

 そんなものを見れば見るほど、「この国の政権与党は、世間の感覚とズレまくった上、日本で一番くらいに時代遅れの組織なのだなぁ……」と遠い目になる。思っていた以上に自民党が「ヤバい」ことに多くの人が気づけるので、いい機会なのかもしれない。

 しかし、そんな総裁選の報道を見るたびに、心から思う。

 どんなに立派なことを言おうとも、「失われた10年」を「失われた20年」「失われた30年」へと引き伸ばし、GDP世界2位から4位へと転落させた挙句、平均賃金を韓国に抜かれるなど、日本をここまで衰退させた張本人であり大戦犯こそが自民党議員ではないか、と。今さらどれほど耳当たりのいいことを言おうとも、「じゃあなんで今まで、これほどの崩壊に対して、何もせずに傍観していたのか」と詰め寄りたくなる。

 そんな自民党が招いた崩壊を振り返ろう。

 まず思い出すのは、バブル崩壊後、企業を守ることを優先し、当時の若者の人生を犠牲にしたことだ。そうして若年層を中心に非正規雇用が激増。1990年の非正規雇用率は2割ほどで、その多くが学生やパートの主婦だったわけだが、現在の非正規雇用率は4割近く。多くが自らが家計を支える層である。

 こうなると、当たり前だが低賃金、不安定ゆえ結婚する人は減り、少子化が加速していく。さらに貧困ラインぎりぎりの生活なので消費できない人が増えていく。これはもうずーっと前から指摘されていたことだが(そして私も声を上げていた一人だが)、恐ろしいのは誰もこれを途中で方向転換しようと言いださなかったことだ。

 その結果、日本からじわじわと国力が失われていったわけだが、目先の利益や損得だけでなく、長期的なビジョンを持った政治家がいれば決してこんなことになっていなかったのではないか。しかし、自民党議員たちは、「第三次ベビーブーム」の担い手として期待されていたロスジェネをみすみす見殺しにした。そんなロスジェネはもう50代に突入する。

 ここに、そんな衰退を表す数字がある。

 2022年3月、経済財政諮問会議が発表した調査結果だ。

 1994年と2019年の世帯所得の中央値を比較したところ、35歳から44歳では104万円減少。45歳から54歳ではその倍近くの184万円も減っていたというのだ。また、全世帯の年間所得の中央値は、1994年の550万円から2019年は372万円と、32%(178万円)も下がったという。

 それなのに、負担は増える一方だ。

 例えば80年代、国民負担率(社会保険料と税金の合計が国民所得に占める割合)は30%台だった。それが今、47.5%とほぼ5割に迫る勢いだ(2022年)。どうりで生活が苦しいわけである。しかも2年以上にわたって続く、物価高騰。今年7月に発表された国民生活基礎調査によると、「生活が苦しい」と回答した人は59.6%。調査開始からの37年で最悪の水準だ。

 このように、日本社会を壊してきた自民党だが、もっとも激しく破壊したのは「自民党をぶっ壊す」と叫びつつ、この国の雇用と生活をぶっ壊した小泉純一郎氏だろう。竹中平蔵氏とともに、どれほど「普通に働き、普通に生きる」ことを破壊してきたか、この30年くらい日本で暮らしてきた人であれば全員が痛感しているはずだ。

 しかも「既得権益の打破」を謳いながら、自身は3世議員。息子の進次郎氏を4世議員にするなど、自らが「歩く既得権益」では、と突っ込みたくなるのは私だけではないだろう。

 それなのに、この国に住む多くの人は「忘れる」ことに長けているのか、小泉親子はまだまだ人気がある模様。なぜ批判されず、ありがたがられているのか私にはまったくわからない。だって、ここまでこの国が破壊されていなかったら、失われなくていい命は確実にあったのだ。お金がなくて病院にかかれず亡くなった人や経済的な問題で自ら命を絶った人は多くいる。一方、もう少し安定した社会であれば、生まれてきた命だって多くあるだろう。このように、政治は命に直結するのに、あまりにも命を軽んじる政治が行われてきた。そして自民党は、積極的に庶民を見捨ててきたわけである。

 もうひとつ書いておきたいのは、世襲議員についてだ。

 今回の総裁選でも候補者9人中5人と半分以上が世襲議員だが、このことの異常性をもっと考えるべきではないだろうか。

 アーティストや俳優の中には、自らが「2世」であることを隠し、実力だけで成功をおさめた人も少なくない。おそらく「2世」と思われることが嫌で、自らの力だけで勝負したいというプライドがあるのだろう。そのような姿勢は潔いと思うが、では政治家の中に、2世であることを隠し、親の恩恵を受けずに勝ち上がったという人がいるかといえば、残念ながら一人の顔も浮かばない。世襲とかダサくて恥ずかしいから嫌、というプライドの持ち主はいないのだろうか。

 ちなみに小泉進次郎氏が「解雇規制の見直し」について触れ、「世襲議員が何を言う」と批判を浴びているが、世襲議員に対する規制・制限こそが必要ではないだろうか。

 さて、いろいろ書いてきたが、自民党総裁選に党員ではない私たちは投票できない。それなのに連日総裁選の様子を見せつけられながら思うのは、普段の選挙でもこれくらいメディアで取り上げてほしいということだ。

 討論会でもインタビューでもなんでもいい。いつもの選挙の、投開票日の夜になってやっと候補者の詳しいことが報じられる「手遅れ感」たっぷりな報道には多くの人がうんざりしている。

 ということで自民党の「人災」について触れてきたが、人災は他にもまだまだある。

 マイナ保険証はもちろん、社会保障費は削って軍事費だけはガンガン増える、庶民にとってめちゃくちゃ優先順位の低い改憲への前のめりっぷりなど、どこを切り取っても民意など反映されてはいない。

 総裁選を機に、今一度、自民党がしてきたことを思い出してほしい。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。