第692回:「勝ち組ロスジェネ」が世代間対立を煽った果てに起こり得る最悪な未来予想図〜「老害」「高齢者バッシング」の罠と石丸伸二氏的なもの(雨宮処凛)

 「いま、男性は平均で約193万円の公的年金を受け取っています(2022年の老齢年金受給者実態調査)。月額だと16万円です」

 9月19日の朝日新聞に掲載された「自分に最適な受給開始年齢は」という記事に書かれた一文を読んで、ひっくり返りそうになった。年金で、月16万円。夢のような数字に思えたからだ。

 翻って、フリーランスの私は20歳から年金保険料を一度もサボらず払っているが、それで将来的にもらえるのは月に6万5000円らしい。これは現在の国民年金の基準なので、将来的にはもっと下がっているかもしれないが、現在の年金生活の男性は平均でそれを10万円上回る額をもらっているのである。もちろん、国民年金だけでなく厚生年金も合わせた額なわけだが。というか、私、6万5000円でどうやって生きていけばいいのだろう?

 さて、ここにある数字がある。

 それは23年の平均年収。国税庁のデータによると、正社員の平均年収は523万円。それに対し、正社員以外は201万円(数年前までは「非正規」だったのに、なぜか「正社員以外」という括りになった)。男性の平均的な公的年金と、年ベースで8万円しか違わない。しかも正社員以外の女性に限ると、平均年収は166万円(国税庁)。働いてる方が年金よりずっと低いのである。

 ここまで読んで、あなたはどう思っただろうか?

 「年金を減らせ」と思った現役世代もいるかもしれない。私も「年金193万円」と読んだ時は、平常心ではいられなかった。しかし、条件反射的に「ムキーッ! 高齢者ばかり得してズルい!」的な反応は危険だと思っている。

 なぜそう思うかを書く前に、唐突だが、都知事選に出馬した石丸伸二氏について、書きたい。

 蓮舫氏を抑えて2位だった石丸氏は、安芸高田市(広島県)で「旧態依然とした市議会と闘う若きリーダー」的な存在として一部で有名だったことは多くの人が知る通りだ。市議会で古参議員に対して「恥を知れ、恥を!」と叫ぶ姿に「古い政治への決別」というメッセージを受け取った人は少なくない。だからこそ都知事選に出た際、「国政の代理戦争に嫌気がさしている人たち」(石丸氏の言葉)は彼に熱狂したのだろう。

 そんな石丸氏は42歳。私は彼のような「勝ち組ロスジェネ」の首長や国会議員、地方議員はこれからどんどん増えていくと思っている。

 そういう年代になったということもあるし、40代で見た目もシュッとしていて(何しろ政治の世界はハゲてない・デブじゃない・メガネじゃないだけで「イケメン」枠となる魔境)、それなりの経歴があって「改革」などを掲げていれば、「古い政治にうんざりしている層」は飛びつくと思うからだ。現在「炎上」中の斎藤元彦兵庫県知事(46歳)も、そのような期待を受けて当選したのではないだろうか。

 が、勝ち組ロスジェネは就職氷河期やその後の経済の停滞の中、熾烈な競争を勝ち抜いてきた人たちだ。恐ろしく自己責任論を内面化し、「負け組ロスジェネ」への共感など1ミリもないという人が圧倒的に多い。自分が死ぬほど苦労して努力して勝ち上がってきたがゆえに、そうできなかった者を「努力していない者」と切り捨てるのだ。

 こういう人がトップになったらどうなるかは、火を見るよりも明らかだと思う。多くのものを「改革」と言いながらガンガン切り捨てていく姿が目に浮かぶ。

 そんな人々は一定の支持を集めるとも思う。

 キーワードは「剥奪感」だ。

 ロスジェネとその下の世代は、勝ち組・負け組かかわらず、大いなる剥奪感を抱えている。「勝ち逃げしつつ、自分たちに負担を押し付ける(と思わされている)上の世代」への憎しみも募らせている。それが激烈な高齢者バッシングにつながる可能性は高い。そして私たちは、「敵」を作れば人は連帯することを知っている。石丸氏の「老害批判」が受けたことはそのいい例だ。

 しかし、それは「作られた対立」だと私は思う。

 「敵」を作って分断を煽っても、煽る方ばかりが得をするという光景をこの30年近くほど、私たちは多く見てきたはずだ。

 例えば小泉純一郎氏が叫んだ郵政民営化。

 一部の「持たざる者」は「持つ者」=正社員が引き摺り下ろされて自分たちに恩恵がくると思ったものの、そんなことは起こらなかった。というか、正規と非正規の格差をなくすなんて話になるたびに、どちらの条件も切り下げられるようなことが繰り返されてきたではないか。

 生活保護バッシングだってそうだ。「もらいすぎだ、保護費を下げろ」となれば(そしてすでに13年に生活保護基準は引き下げられている)、生活保護費だけが下がるわけではない。多くの制度が連動しているため、就学援助をもらえていた人が、収入は変わっていないのにもらえなくなったりということも起きている。

 それだけではない。最低賃金も生活保護と連動しているので、保護基準が下がれば上がりづらくなるのだ。

 日本は先進国で唯一、30年間賃金が上がらなかった国だが、その背景には、このような「自分で自分の首を絞める系バッシング」もあったのではないか。

 さて、そのようなことから、私はこれからさらに煽られることが予想される「高齢者バッシング」に警鐘を鳴らしたい。

 「高齢者ばかりずるい、年金を下げろ」となったら、自分たちの時により下がることは目に見えている。それだけではない。親世代が貧しくなったら、余裕のない現役世代が支えなければならないかもしれない。待っているのは、最悪、共倒れだ。

 と、まだ別に「世代間対立を煽る勝ち組ロスジェネがあちこちで政治家に」という現実は起きていないわけだが、石丸氏の台頭、そしておそらく今回の「炎上」までは県民人気もそこそこあっただろう斎藤知事の顔をしょっちゅう見ているうちに、暗澹たる未来予想図が浮かんできたのでこの原稿を書いた。

 ということで、私も来年で50歳、老後が不安だ。

 ちなみに私はゴールデンボンバーを長く推しているが(無名時代にライブに行ったことが人生で唯一くらいの自慢)、樽美酒研二氏の新曲タイトルは「新NISA始めます。」。

 「今の仕事失ったらどう生きりゃいいの?」と人生・老後への不安を吐露しているが、新NISA以外の道を見つけられないものだろうか――今、本気で考えている。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。